2#帰還?
イトューヒの門を潜り抜けた俺たちは、澄み渡る空の下、のどかな街道をゆっくりと進んでいた。
行きで急いだ反動もあり、帰路くらいは馬の歩みに任せて気ままな旅を楽しもうという算段だ。
太陽は心地よく降り注ぎ、雨の兆候など微塵もない。
「……で、おっさん。早く秘密の話おしえろよ」
隣で手綱を握るロゼが、口元をニヤつかせながら横目を向けてきた。
「あれだろ?リアとなんかあったんだろ?」
まったく、ゲスい探り方をする。
どっちが「おっさん」かわかりやしない。
「……ちょっと、いい感じになった……」
「えっ!?マジで!?」
ロゼが素で目を見開き、こちらを二度見した。
冷やかしておいて、まさか本気で何かあるとは思っていなかったらしい。
「……ってことは、おっさんがイトューヒの王様になるのか!?」
「いや、まだそこまでは……」
「なんだよそれ!じゃあどこまでいったんだよ!」
ロゼの興奮に引っ張られるように、馬車を引く馬の足取りまで少し早くなっていく。
頼むから落ち着いてくれ。
「……好きだって伝えて……キスした」
「やるぅ!!感動した!」
何に感動しているんだ、この子は。
「じゃあおっさんはデカイ都市まで行ったら、またイトューヒに戻るのか?」
「いや……それなんだがな……」
ロゼがジッと俺を見つめてくる。
魔王復活……そしてリアとの結婚の話……どこまで話すべきか。
俺は少し悩んだが、腹を括ってすべてを話すことにした。
「魔王が復活してる。俺は魔王討伐の旅に出る。魔王倒したらリアと結婚する」
俺が一気にまくし立てると、二人を包む空気がぴたりと止まった。
ピンと張りつめた緊張感が漂う。
ロゼは一体どんな言葉を返すのか……俺はゴクリと唾を飲み込み、彼女の反応を待った。
暫くの沈黙の後、ロゼがゆっくりと口を開いた。
「……え?どういうこと?」
まったく理解していなかった。
「……いや、だから」
「待て……一つずつゆっくりいこう」
ロゼは馬の手綱を操り、スピードを少し緩めた。
「魔王が復活してる」
「魔王が復活してる?」
ロゼは反芻するように、同じ言葉を繰り返した。
「そうだ。いつからかは分からんが、そうみたいだ」
「……こんなに平和なのにか?」
「……みたいだ。ローズバランという大陸らしい」
その大陸の名前を聞いた瞬間、ロゼの目がピクリと動いた。
「ローズバランか……」
「俺はそこに向かって、魔王討伐をしてくる」
「……少し思うんだけどな……」
ロゼは少し間を置いて考えを巡らせると、静かに語り出した。
「リアはおっさんに対して、ちょっと無理なこと頼みすぎじゃないか?」
ロゼの目は冷たい。
ただ、そこにあるのはあきれや見下すような冷酷さではない。
冷ややかな眼差しの中にも、はっきりと俺を心配してくれている色が滲み出ていた。
「魔王が復活したのは理解した。でも、それっておっさん一人に依頼するようなことなのか?」
「俺が倒してくるって言ったんだ。リアのせいじゃない」
俺はピシャリと言い放った。
たとえ気心の知れたロゼの口からであっても、リアを責めるような言葉は耳にしたくなかった。
「おっさんが強いのは私だって知ってるけどさ……相手は魔王だぞ?伝説でしか私も知らないけど、強いに決まってる。死ぬかもしれないんだ。それでも行くのか?」
まっすぐ投げかけられた心配の言葉に、俺は息を整え、ゆっくりと答えた。
「俺は一度魔王を倒してる。二度倒すのもそう変わらん」
再び二人の間の空気がピタリと停止する。
気まずい沈黙が街道に流れ、しばらくの時間を置いてから、ロゼの口がゆっくりと開いた。
「……え?どういうこと?」
……ロゼ……もう少しピンときてほしい。
「……俺は500年前の魔王を倒した勇者パーティーの一人、トール本人だ」
「……マジ?」
「マジだ」
あまりの衝撃からか、ロゼは馬車を停めてしまった。というより、自分から停めたことすら自覚のない茫然とした様子だった。
「……おっさん、500歳なの?」
「いや、それについては話すとまた少し変わってくるんだが……まあ、本人なのは間違いない」
「……わかった……信じる……」
ロゼは呆然とした眼差しで、ボーッと俺を見つめていた。
「……そりゃ、わけわからないくらい強いはずだよ……」
「今まで黙っていて悪かった」
俺はロゼに向かって静かに頭を下げた。
すると彼女はハッと我に返ったように正面へ視線を戻し、再び手綱を引いて馬を滑り出させた。
「べ、別に黙ってたのはいいんだけどさ……なんで今更……」
「秘密は無しだろ?俺らの間には」
「……まぁな」
ロゼは少し嬉しそうに、クスッと口元をほころばせた。
「それでおっさんが魔王討伐を請け負ったってことか……なんとなく分かったよ」
ロゼは軽く頷きながら、混乱していた頭を整理しているようだ。
「おっさん……私も連れてけ。その旅に」
ロゼは力強い眼差しで俺を見つめ、ハッキリと言い切った。
「私は……ローズバランの生まれだ。それでも……私は勇者に憧れてんだ」
俺はその言葉を聞いて少し首をひねり、ゆっくりと口を開いた。
「……え?どういうこと?」
真面目な顔をしていたロゼが、眉をひそめて怪訝な表情を浮かべる。
「分からん。ローズバランの生まれと、勇者に憧れるのが何か関係あるのか?」
「……ローズバランは、魔王信仰の大陸なんだよ」
「そんな国があるのか……ってことは……ロゼは向こうじゃ異端ってことか?」
「ローズバランにいたらそうなる。だから私は、こうしてルーンメルカトーレで暮らしてるんだ」
魔王信仰……昔もあったのだろうか。
俺たちが旅をした時には、そういった噂はあまり耳にしなかった。
この五百年という月日のなかで、何かが変化したのかもしれない。
「……見てみたいんだよ。魔王が復活したローズバランをな」
俺の方に向けるロゼの横顔は、いつにも増して真剣そのものだった。
「……本当に行くんだな?正直、かなりキツい旅になるぞ」
「覚悟の上だ」
「わかった。じゃあ……またよろしく頼む」
「こちらこそだ」
前を見据えるロゼの口元が、ニヤリと吊り上がる。
手綱を握る手元には、こちらからでもわかるほど強く力が入っていた。
彼女の中で感情が高ぶっているのが痛いほど伝わってくる。
「……ロゼ……」
俺は静かに、けれど切実な声をかけた。
「もうちょいスピード落としてくれ……」




