1#別離?
俺たちの正面に腰かけるミリアーナは、威厳に満ちた佇まいで静かにこちらを見つめていた。
凛としたその眼差しはまさに一国の王女そのもので、夕べバルコニーで俺の胸に顔をうずめていた可憐な少女と同一人物だとは、到底思えないほどだ。
気品の中にある微かな美しさに、俺は危うく見惚れそうになるのをぐっと堪えた。
ふと横に目をやると、ロゼの身体がまるで生まれたての小鹿のように小刻みに震えている。
背筋をピンと伸ばしすぎたせいで、今にも関節が悲鳴を上げそうだ。
酒場であれほど豪快に笑い飛ばすロゼが、借りてきた猫どころか金縛りに遭ったような顔をしている。
おいおい、硬すぎるだろ。
不意にこみ上げてきた可笑しさを殺すため、俺は必死に奥歯を噛み締めた。
確かに、俺だってこうした格式高い場が身に付いているわけじゃない。
だが、目の前で限界を迎えているロゼの緊張ぶりを見ていると、こちらまで変な緊張感を持つのが馬鹿らしくなってくるのだった。
「この度は見事な働き、よくやりました」
ミリアーナはニコリと微笑みを浮かべつつも、通るような凛とした声で言葉を紡いだ。
俺は静かに軽く頭を下げる。
隣でロゼが滑稽なほどぎこちなく礼をしているが、ここで吹き出すわけにはいかないので極力視界に入れないようにした。
「ロゼッタ・フィオーネ。この度の働きに、心より感謝をします。これは我が国からの、あなたへの贈り物です」
ミリアーナが告げると、手控えていた兵士が一人、一振りの大剣を運んできた。
それを見た瞬間、ロゼの目が弾けた。
この一週間、彼女があれこれと細かな注文を出し、毎日のように工房に通い詰めて作業を見守っていた、まさにあの大剣だ。
重厚な黒を基調とした刀身は、まだ鞘から抜かれてすらいないというのに、醸し出す殺気と鋭利な存在感でギラついているように見えた。
兵士は丁寧に大剣をロゼへと手渡す。ロゼはまるで至高の宝物を恭しく受け取るかのように、それを両手でしっかりと握り締めた。
シャリン、と静かな金属音を立てて軽く鞘から抜き、刃先の仕上がりをじっと確認するロゼ。
「うっわ……すげぇ……ヤバい……」
興奮のあまり感極まったようで、顔を紅潮させたままブツブツと独り言を呟き続けている。
「気に入っていただけましたか?」
その様子を見守っていたミリアーナが、優しく語りかけた。
「あぁ!……じゃない……はい!ありがとうなリア!……じゃない……ミリアーナ……さん……じゃない……王女……」
パニックになりながら言葉を必死に繕おうとするロゼの姿に、ついに俺の我慢は限界を迎えた。思わず盛大に吹き出してしまう。
見ればリアも同じだったらしく、王女としての威厳もどこへやら、口元に手を当ててクスクスと楽しそうに笑っていた。
リアはひとしきり笑うと、コホンと咳払いをひとつして俺の方へ視線を向けた。
「トール……あなたにも、心からの感謝を伝えます」
「有り難きお言葉、ありがとうございます」
俺は静かに頭を下げ、言葉を返す。
一瞬、お互いの視線が交錯した。
その瞳の奥には、確かな熱が宿っているように感じられた。
そう感じているのは俺だけかもしれないが、ミリアーナのまっすぐな言葉が、じんわりと胸の奥深くに染み込んでいくのだった。
「あなたには……また重荷を背負わせたかもしれませんが……信じています」
リアの語りかける言葉の一つひとつには、隠しきれない心配の色が浮かんでいた。
「……はい。またここに戻ってきます」
俺はリアの目を見つめ、力強く、静かに答えた。
ふと気配を感じて視線を逸らすと、ロゼが少し不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
魔王復活の事実は、まだ国や民には伏せられている。
混乱を避けるためにも、大っぴらに口にできる内容ではないことは重々承知していた。
そして俺自身、魔王討伐を決意したことを、まだロゼに伝えられていなかった。
その後も形式的な場は滞りなく進み、俺とロゼは長かったお堅い謁見の場から、ようやく解放されたのだった。
「めちゃくちゃ肩凝った……」
ロゼが両腕をぐるぐると回す。その動きに合わせて、身につけた薄青い鎧がガチャガチャと賑やかな音を鳴らした。
「……だな。あぁいう場は苦手だ」
俺は返事をしながら、ルーンメルカトーレまでの旅路に必要な準備品を馬車へと積み込んでいく。
「おっさんはまだしっかりしてたじゃん……私なんて、自分が何話したかすら覚えてないよ」
呆れたように溜息をつきながら、ロゼは馬車に馬を繋ぐ作業を進めていた。
「リア!って思い切り言ってたな」
「……やめろ」
蒸し返された恥ずかしさに耐えかねたのか、ロゼの顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「これでやっとこの仕事も終わりか……」
ロゼはそう呟くと、思い切り両腕を突き上げて伸びをした。
「全部で金貨300枚くらい!私たち大金持ちだな!早くデカイ都市まで帰って、しばらくのんびりしよーぜ!」
ロゼはカラカラと笑いながら、俺の方に視線を向ける。
「それなんだけどな……」
ロゼにどこまで打ち明けるべきか、俺は一瞬躊躇していた。もしすべてを話してしまえば、彼女を危険な渦中に巻き込んでしまうことになるのではないか。
確かロゼは、勇者ユーイチに憧れていると言っていた。魔王討伐の話なんて聞けば、ロゼならきっと「私も行く!」と言ってくれる気がする。だが……本当にそれでいいのだろうか。
「……まぁ帰り道も長い。ゆっくり話すさ」
荷物を積み終えた俺は、まっすぐロゼを見つめ返した。
彼女の瞳が、俺の誤魔化しを見抜くようにまっすぐに見つめ返してくる。
「……なんか秘密にしてることあるなら、全部話せよ」
ニッと不敵に笑うロゼに、俺は「当たり前だろ」と返した。
俺たちは御者台へと並んで乗り込むと、馬車を滑り出させた。
その先に待っているのは帰還か、それとも新たな旅立ちか。
俺はぼんやりとリアのいる城を見ながら、脳裏に浮かぶ顔に思いを馳せた。




