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再召喚された三人は、世界を救わない  作者: 藤山理想
外伝2ーサキという女ー

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EP.6-Ambition

「本当にありがとう、サキ。……あんたを信用してよかった」


キーラをそっと床に下ろしたイヴが、私の隣へと歩み寄って腰掛けた。


その横顔は、一週間前に大衆酒場で出会ってから一度も見せたことのないほど、憑き物が落ちたようなスッキリとした表情をしていた。


「気にしないで。これから私の国盗りの相棒になってくれるんだから、これくらい安いものよ」


私は手の中で転がしていた、呪式を閉じ込めた指輪をテーブルの上に置き、優雅に足を組んでソファの背もたれによしかかった。


私の言葉を聞いたイヴは、少しだけ真面目な顔つきに戻り、腕を組む。


「メギドレイブンは血縁継承で王になれる国じゃない。……だが、王座へと至る壁は、サキが想像している以上に厚くて高いぞ」


「あら、基本は貴族制度でしょう? 段階を踏んで貴族にさえなれれば、いくらでもやりようはあるわ」


「その、貴族になるための壁が一番高いと言っているんだ」


イヴは困ったように眉根を寄せ、難しい顔をした。


そんな彼女の太ももの上に、キーラが嬉しそうにちょこんと座り込む。


なんとも微笑ましい光景だが、私たちがしているのは血生臭い国盗りの話だ。


この大陸メギドレイブンにおいて、貴族の爵位を得るためには、国に対して多大なる「貢献」を示し、現王から正式に認定されなければならない。


一般人が国への大貢献を認められるなど、それこそ何十年もの歳月か、天文学的な奇跡が必要だった。


「真っ当に挑めばそうね。だからこそ、そこは裏技を使うわ」


「……裏技?」


怪訝そうに片眉を上げるイヴの瞳に、私の姿が映る。


「そう……」


私は唇の端を吊り上げ、この上なく不敵な笑みを浮かべた。


「ーー魔王討伐の名声よ」


私の口から飛び出した一言に、イヴは言葉を失い、深く考え込むように視線を落とした。


「ここ数日、この国の上層部が行っている各国首脳との通信をいくつか傍受したけれど、どこもかしこも話題は魔王のことばかり。挙句の果てには『魔王を倒した国が7大陸すべてを統べるべきだ』なんて、信じられないほど話が盛り上がっているのよ。国を挙げての大事業に、これを利用しない手は無いでしょ?」


メギドレイブンが国を挙げて喉から手が出るほど欲している最大の『功績』。


それが復活した魔王の首だ。


「確かに……サキの言う通り、それが成せれば一足飛びで王座に近づくだろうが……相手はあの『魔王』だぞ? 本当に倒せるのか?」


イヴが当然の懸念を口にする。


しかし、私の表情は微塵も揺るがなかった。


「それに関しては全く問題無いわ。だって私、一度倒してるもの」


「……あぁ、そうだったな」


イヴは思い出したように小さく首を振った。


彼女にはすでに、私が500年前、勇者パーティーの一員として世界を救った魔術師『サキ』本人であるという事実を伝えてある。


現代の人間からすればおとぎ話の化け物でも、私にとっては一度クリアした相手に過ぎない。


「それにしても、魔王討伐すら特権階級の権力争いの道具、ね……昔はそんなこと、ちっとも分からなかったわ」


私は自嘲気味に笑い、小さく溜め息をついた。


かつては純粋に世界を救うために戦っていた。けれど、再召喚されて、大人の社会の汚さを知った今の私なら理解できる。


魔王という絶対的な脅威すら、見方を変えれば民衆を扇動し、最高位の権力を手に入れるための極上の『カード』でしかないのだということが。


「ただ、少し急いだ方がいいかもしれないのよね……」


私がそう言って視線を険しくすると、イヴは膝の上のキーラを優しく抱きしめ直しながら、怪訝そうに聞き返してきた。


「なんでだ? 何かマズいことでも聞こえたのか?」


「イトゥーヒの王女様が、トールと接触したわ」


口にした瞬間、イヴの目が細められた。


「あの王女か……」


膝の上のキーラは、さすがに政治や世界情勢の難しい話にはついていけなかったようで、イヴの温もりに包まれながら目をうつらうつらとさせている。


そんな愛らしい様子とは裏腹に、私たちの会話は緊迫度を増していく。


「イトゥーヒの王女といえば、若くして一人で国を動かし、イトゥーヒを7大陸の中でも上位の強国へとのし上げた相当なやり手だぞ」


「……通信の会話を聞いている限り、まさにそんな感じの人ね」


ただの世間知らずの姫君なら放置してもよかった。


けれど、そんな底知れない野心と手腕を持った女が、あのトールと接触したのだ。


かつて私と共に魔王を倒した、天魔無碍(てんまむげ)流の使い手。


王女の狙いは火を見るより明らかだった。


魔王を討伐し、自国を世界の頂点へと押し上げるための、これ以上ない最強の「手駒」として彼を引き入れようとしているに違いない。


もしトールがその神輿に担がれ、先に魔王を討伐してしまえば、魔王の首という最大のカードはイトゥーヒに奪われ、私の国盗り計画は根底から崩れ去る。


「悠長に構えている暇はなくなったわね」


私はテーブルの上の指輪を人差し指でコツンと叩き、冷徹な笑みを浮かべた。


かつての仲間が別の誰かの切り札になる前に、こちらの手札も進めなくてはならない。


「まずは私がメギドレイブンで市民権を得る。その間に貴方が裏で金を集める。ーーこれが今のところ、最速のルートかしらね?」


幸いメギドレイブンの市民権は、お金で買える。


市民になるだけなら大した障害はない。


私はソファから立ち上がると、両手を天井に向けて大きく上げ、通信傍受で凝り固まった身体をぐっと伸ばした。


「……私も魔王討伐に行ったほうがいいか?」


イヴが腕の中で完全に寝入ってしまったキーラをそっと抱きかかえ直し、真剣な眼差しで問いかけてくる。


元Aランク冒険者の彼女の戦闘力は、間違いなく強者の部類だ。


それでもーー


「正直に言うと……イヴじゃ力不足、かな……」


私は少しだけ申し訳なさそうな顔を作って見せた。


意地悪で言っているわけではない。


500年前に命懸けで本物の魔王と戦った私だからこそ、はっきりと分かるのだ。


どれほど腕が立とうとも、あの領域の化け物には通用しないという現実が。


「そうか……。なら、他に宛はあるのか? サキ一人で戦うわけじゃないんだろ」


イヴは気を悪くした風もなく、冷静に次の戦力を尋ねてきた。


「んー……ブランスクラッドの方でね、国を相手に大立ち回りを演じてる野盗が暴れているらしいのよ」


「……野盗? 国を相手にか?」


「ええ。通信で聞く限り、軍も手を焼いていて名前すら掴めていないみたいだけど……。そんな命知らずな真似をやる奴を、私は一人だけ知っているわ」


ーーリュウ。


かつて共に魔王を討伐した、あの型破りな男。


トールがイトゥーヒの王女側に回る可能性がある以上、あの男の並外れた暴力をこちらの手札として借り受けるしかないかもしれない。


「はぁ……」


私は深く、大きく溜め息をついた。


あの脳みそまで筋肉なんじゃないかと思うくらいのバカ人間に、この私が頭を下げる日が来るなんて、昔の私なら夢にも思わなかったわ。


「……まぁ、私の壮大な野望のためだもの。頭の一つくらい、いくらでも下げてやるわよ」


不敵に唇を吊り上げながらも、内心では今から憂鬱極まりない再会に向けて、私はやれやれと首を振る。


「それに、のんびりしていられない理由がもう一つあるのよね」


私がそう言って手元の魔導書を軽く叩くと、イヴは抱きかかえたキーラを起こさないよう、静かに視線で先を促してきた。


「通信を傍受していたら、他の国でも私に施されたような『召喚術式』が使用されたという報告が上がっていたわ」


「召喚術式……サキのように、英雄を呼び出したということか?」


「おそらくね。魔王の復活を前にして、どこの国もなりふり構っていられなくなったんでしょう。私と同じように、化け物じみた連中が、別の国の上層部に囲い込まれている可能性があるわ」


かつての仲間が敵に回るかもしれないという懸念、そして見知らぬ怪物たちが現代に解き放たれているという事実。


トールを擁するイトゥーヒの王女だけでなく、他にも強力なライバルたちが世界中で産声を上げているのだ。


「やっぱり、リュウの力が必要不可欠になりそうね……」


私は小さく舌を打ち、ブランスクラッドで暴れているという野盗の情報を頭の中で整理し始めた。


世界は確実に、私を中心にではなく、魔王討伐という巨大な渦に向けて急速に回り始めている。


その激流に飲み込まれる前に、まずはこのメギドレイブンで確固たる足場を固め、最強の駒を揃えなければならない。


私は窓の外、遥か遠くのブランスクラッドの空へと視線を向け、次なる一手への決意を新たにするのだった。

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