五話目:今日から共犯な
「お前らこんなことしてタダで済むと思ってるのか?!」
縄で縛り上げられた、鎧姿の兵士が叫ぶ。
税の取り立てにやってきた4人組だが、今は俺の足元で無様に転がっている。
「お、お願いします……王国に知られたらこの村は終わりです……」
村の老人が、今度は俺の足元でガタガタと震えながら縋り付いてきた。面倒なことだ。
俺は呆れ半分に、老人の視線を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「ジジイ、よく聞けよ」
俺は努めて穏やかな声で、説教のように言い聞かせた。
「事件ってのはな、誰かが報告するから発生するんだ」
俺は指先から、黒く濃密な「無界魔力」を立ち上らせた。
空気がビリビリと震え、老人が息を呑んで硬直する。
「こいつら、ここで姿形も無く消えちまえば、事件なんて最初から発生しない。理屈は簡単だろ?」
俺は縛られた兵士たちを見下ろした。
その目には、死の淵を覗き込んだ者特有の、濁りきった恐怖の色が滲んでいる。
「おいルーベ!あの馬車から荷物を全部降ろしたら、その馬車を解体しておけ」
「へい!」
ルーベと野盗共は、俺の意図を察して素早く行動に移る。
「ここで皆殺しにされるか、俺の下に付くか選ばせてやる」
俺は一番階級が高そうな兵士の顎を蹴り上げ、そのまま問いかけた。
恐怖で言葉を詰まらせている。
「二秒で答えろ。答えがないなら、そのまま皆殺しでいいな」
「わ、わかった……!お前の、お前の下に着く……!」
俺はしゃがみこみ、兵士の頭を無造作に掴んで顔を覗き込んだ。
「リュウだ。次俺を『お前』と呼んだら、その肩から頭を引き抜いてやる」
兵士は死の恐怖に引きつった顔で、ひたすらに無言で頷くことしかできない。
俺は満足げに手を離した。
「な、何者なんだよあんた……!」
少し離れた場所で見ていたあの女の子が、青ざめた顔で俺を凝視している。
その目には、恐怖と困惑、そして奇妙な好奇心が入り混じっていた。
「俺か?過去の英雄だよ」
俺はニヤリと不敵に笑うと、フラフラと歩み寄って彼女の目の前に立った。
「お前、名前は?」
「……タルト」
「俺はリュウだ。心配してんのか?これからどうなるか」
俺は笑った。
「あ、当たり前だろ……!王国に逆らったら、生きていけない……」
タルトは拳を握りしめ、必死に俺を睨みつけている。
「バカだな、タルト」
俺はわざとらしく大きなため息をついた。
「今、すでに食べるものもロクにないくらい追い詰められてるんだろ、お前ら。じゃあ大人しくしていても、結果は『死』だ。それなら逆らって少しでも可能性を掴み取ったほうが、圧倒的に得だろうが」
俺の言葉に、タルトもさっきまで縋り付いていた老人も、返す言葉を失ったように無言で聞き入っている。
「ジジイ。あの馬車から食べ物出して飯にするぞ。村の連中全員呼んでこい」
「わ、私達も食べていいんですか……?」
老人は我が耳を疑ったのか、目を丸くして慌てながら問い返してきた。
奪う側の人間が振る舞うなど、この世界の常識では考えられないのだろう。
「当たり前だ。ほら、さっさと用意しろ。俺も腹減ってんだ」
俺が背中を叩いて追い払うと、老人はようやく事態を飲み込み、喜びを通り越して混乱したような足取りで他の村民を呼びに走っていった。
「さて、タルト。お前は今日から俺の女な」
俺は目の前で固まっている彼女の肩に腕を回した。
タルトは身体を硬直させ、恐る恐る俺の顔を見つめる。
「……逆らったら、殺されるの?」
その深刻そうな問いかけに、俺は腹を抱えて大声で笑った。
「はははっ! そんなことしてたら、世界から女が半分消えちまうわ! 」
俺の笑い声を聞きながら、ルーベたちが馬車から降ろした食料を、老人が連れてきた村の男や女たちに手際よく配り始めている。
「とりあえず飯でも食いながら、この世界のこと教えてくれ。久しぶりなんだよ異世界は」
広場は、たった今までの死んだような静寂が嘘のように、立ちのぼる香辛料の香りと熱気に包まれていた。
各家庭から持ち寄られた調理器具が活気ある音を立て、粗末な木製のテーブルには、先ほどまで「税」として没収されるはずだった食料が豪勢に並べられている。
その一方で、広場の隅ではルーベと4人の兵士たちが、異世界を称えるバンザイを叫んでいる。
「異世界バンザイ!異世界バンザイ!」
死んだ魚のような目をした兵士たちよりも、さらに心底絶望した面持ちで、ルーベが乾いた声を張り上げている。
100回という過酷な苦行を終えた頃には、彼らの声は枯れ、顔色は土気色に変色していた。
「よし!とりあえずお前ら、食え食え!」
俺はにこやかに、恐る恐る様子を伺っていた村民たちに声をかけた。
最初は疑心暗鬼で立ち尽くしていた者たちも、芳醇な匂いと俺の無邪気な笑顔に絆されたのか、一人、また一人と手を伸ばす。
やがて広場全体が、飢えを満たす喜びの音で溢れかえった。
隣にいたタルトは、俺の顔をジーッと観察し続けていた。
何を考えているのか、この宴にどんな毒があるのか。
そんな腹の探り合いをしていたようだが、最後には観念したのか、大きく一つ溜息をついてテーブルの方へと歩き出した。
「おい、タルト!俺の分もテキトーに持ってきてくれ!あと、酒も忘れんなよ!」
俺は座り込んだまま、彼女の背中に向かって朗らかに叫んだ。
タルトは一度だけ振り返り、呆れたような、しかしどこか少しだけ肩の力が抜けたような表情で頷いてみせた。
タルトが持ってきたボトルの封を乱暴に引き抜き、そのまま喉を鳴らしてラッパ呑みする。
空腹に染み渡るこの刺激は格別だ。
「かー!!美味いわ!」
俺が豪快にワインを煽る様子を、タルトは呆れたような、それでいてどこか理解しがたいものを見るような目で見つめている。
彼女は焼かれた肉の破片を少しずつ口に運びながら、ポツリと呟いた。
「……ほんと、何者なの?」
「だから言ったろ。リュウだよ」
俺はボトルを掲げて笑い飛ばした。
タルトは肉を咀嚼しながら、さらに踏み込んでくる。
「……あの『勇者』の仲間だった?」
その質問に、俺は一瞬だけ鼻で笑った。
「そうだって。」
タルトは少しだけ視線を逸らした。
「ところで、ここら辺の税を収めてんのはどこの国だ?」
「……グアルダムよ」
「ほーん……じゃあまずはそこ、奪うか」
俺はワインの瓶を地面に放り投げ、ニヤリと笑った。タルトの表情が、驚愕で凍りつく。
「本気なの? あんたら、たった7人程度で国と戦う気?」
その瞳には、俺を狂人を見るような色が浮かんでいる。
俺はフッと笑い、手をついて勢いよく立ち上がった。
「7人からすぐ増えるぞ」
俺は広場に響き渡る声で叫んだ。
「よし!お前ら、飯食ったな?」
食事の音で賑わっていた広場が、水を打ったように静まり返る。
全ての村人が俺の行動を凝視している。
「国から奪った飯を食ったってことは、お前ら全員、俺の共犯だな!」
その言葉に、村人たちが一様に息を呑み、固まった。
「グアルダムを落とす。俺が直接戦ってやるから、お前らは必要な情報を全部出せ!いいか、ギブアンドテイクだ!」
「あんた……一体、何がしたいのよ?」
タルトは俺の目を見つめ、震えながらも真っ直ぐに問いかけてくる。
「やりたいことなんて単純だ」
俺はワインの残りを飲み干し、空になったボトルを放り投げて肩をすくめた。
「広くてでけぇ屋敷に住んで、飽きるほど美味いもん食って、極上の酒をラッパ呑みして過ごしてぇだけだ」
俺はニヤリと笑い、広場の隅で横になっているルーベや固まっている村民たちを見渡した。
「せっかくこの世界に呼ばれたんだ。死ぬまで退屈せずに、俺の好き勝手に世界を塗り替えてやるよ」
俺の言葉を聞いたタルトは、あ然として言葉を失っている。
「おいタルト、お前が最初の協力者だ。この村の連中も、嫌なら勝手に逃げればいい。だが、俺についてくれば腹一杯食わせて、贅沢させてやる。どうする?」
俺は地面に座り込んだ。
異世界、やっと面白くなってきたぜ。




