四話目:待ってりゃ来るじゃねぇか
「いやー凄かったな!あの矢の雨あられ!」
「生きた心地しなかったっすよ……というか、俺らよく全員無事でしたね……」
ルーベは魂が抜けたような顔で馬車を操縦している。
ブランスクラッド大陸の入り口で待ち構えていた大量の衛兵たちからの総攻撃を、なんとか掻い潜りここまで走り抜けてきたのだ。
荷台の五人も、リュウが破壊した魔法の余波や飛来する矢から馬車を守ろうと必死に身を盾にしていたのが功を奏したのか、馬車は悲鳴を上げながらも未だ車輪を回し続けている。
「お前らのうち誰か一人でも落っこちてたら、囮になってもうちょい楽だったかもな」
「冗談……じゃないですね。旦那は本気でそういうこと思いますね……」
ルーベはもはや恐怖を通り越し、リュウという男の規格外の非情さに完全に悟りを開いた顔をしていた。
「まあ、生きてるんだから感謝しろ。次からはもっと上手くやれよ」
俺は御者台の背もたれに深く寄りかかり、前方へ広がる荒れたブランスクラッドの景色を眺めた。
「次見つけた村で飯でも貰おうぜ」
俺はそう言うと、わざとらしく大きく欠伸をした。
「ちょっと寝るわ。村見付けたら起こせよ」
俺はルーベにそう言い残すと、背もたれに深く体を預けて目をつぶった。
「俺だって寝たいんだけどなぁ……」
御者台の隣から、ルーベの情けない独り言が漏れ聞こえてくる。
それを子守唄代わりに、俺は意識を切り替えて浅い眠りに身を委ねた。
ガタゴトと揺れる馬車の振動が、荒野の心地よいリズムとなって俺の全身を包んでいく。
束の間の休息だ。次に目を開けたとき、俺の退屈を紛らわせてくれるような面白い村があればいいんだがな。
「旦那!村が見えました!」
ルーベの呼びかけに、俺はパチリと目を開けた。
結構寝れるもんだな。
隣を見ると、ルーベの目の下にはくっきりと深いクマが刻まれている。
「おう……よし。とりあえず酒と飯を貰おうぜ」
俺は目を擦りながら、前方を見渡す。
少し先に見えてきたのは、農村のような活気ある場所ではなく、すっかり打ち捨てられたような寂れた村だった。
倒壊しかけた家屋が並び、通りには人影もほとんど見当たらない。
「……随分と寂れた場所ですね。人が住んでるんですか、ここ?」
ルーベが不安げに尋ねる。
「さてな。だが、煙は上がってる。誰かはいるんだろ」
俺は気乗りしないような村の光景を眺めながら、そのまま馬車を村の中央へと進ませた。
馬車を停めて俺は声を上げた。
「よし。お前ら、適当に飯と酒を奪ってこい」
「へい!!」
俺の合図に、野盗共6人は飢えた獣のような声を上げて馬車から飛び出した。
各々が手慣れた様子で錆びついた武器を構え、民家へと雪崩れ込んでいく。
弱い奴らだが、腐っても野盗だ。
この程度の掠奪なら手際よくやってくれるだろう。
俺は面倒くさそうに馬車から飛び降りると、硬い土の上に無造作に腰を下ろした。
周囲には風が吹き抜ける音と、遠くでかすかに響く家屋の軋む音だけが漂っている。
死んだような静けさだ。
退屈だな、と思いながら、俺は膝を立ててぼんやりと空を仰いだ。
どれくらい待たされるか。
せいぜい、美味い酒一本くらいは持ち帰ってきてもらいたいものだ。
「旦那……なんかこの村、何も無いですぜ……」
野盗共が手ぶらに近い状態で戻ってきた。
せいぜいパンが一つ、それもカチカチに硬そうな代物だ。
ルーベまでもが困り果てた顔をしている。
「そんな村があるか!どいつもこいつもだらしないぞ!」
俺は怒鳴り散らし、勢いよく地面から立ち上がった。自分で探した方が早そうだ。
そう思い足を向けた矢先、一軒の朽ち果てた家から一人の老人が這い出してきた。
「この村から盗めるものはありません……どうか、勘弁してください……」
老人は地面に膝をつき、額がつくほど深く頭を下げた。
震えるその姿には、略奪する価値すら感じられない。
俺が探していたのは、こんな惨めな光景じゃないんだがな。
「……何もないって?ここまで寂れてても、それこそ食料ぐらいは隠してあるもんだろ。嘘をついてるなら、その命で償ってもらうぞ」
俺は老人の頭を見下ろしながら、冷たく言い放った。
「ほ、ほんとうに……」
老人がか細い声で繰り返したその時だった。
「いい加減にしなさいよ!」
空気を切り裂く風切り音とともに、俺の顔めがけて何かが飛んできた。目も向けず、俺は手を出してそれを弾く。
鈍い音と共に石は粉々に砕け散った。
「あんたらが誰か知らないけど、この村に取れるものなんて本当に無いのよ!」
声の方を振り返ると、一人の若い女が怒りに肩を震わせて立っていた。飢えでやつれてはいるが、瞳にはまだ強烈な火が灯っている。
「……なんでだ?」
俺が短く問いかけると、女は俺を射殺さんばかりの勢いで睨みつけた。
「税が重すぎるからよ!村のものは、ほとんど持って行かれるのよ!あんたに関係ないでしょ!」
「ふーん……」
俺は顎をさすりながら考える。
なるほど、ただ寂れているだけじゃなかったか。
国が力ずくで搾り取った後の抜け殻、というわけだ。
掠奪の価値もないほど徹底的に絞られた村か。
「税ねぇ……」
俺はニヤリと口角を上げた。
つまり、この村に食料や金品はないが、それを集積している連中がどこかにいるということだ。
「おい!女!」
「なによ!」
「石を投げた無礼は許してやる。その代わり教えてもらおうか!次の税収取り立てはいつだ!」
俺が詰め寄ると、女は敵意を剥き出しにしながらも、数秒の沈黙のあとに口を開いた。
「……今日よ。もうすぐ来るはずだわ」
「やっぱり運がいいな、俺は」
俺は自身の引きの強さに、思わず声を出して笑った。
空っぽの村を漁る手間が省けたどころか、わざわざ向こうから奪いやすいように集めて持ってきてくれるというわけだ。
「おい野盗共、武器をしまえ。獲物が自分から列をなしてやってくるぞ」
俺が村の入口へ視線を向ける。
土煙が上がっていた。
馬の蹄の音。
荷馬車を護衛する鎧姿の兵士達。
村人達の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「来たわ……」
女が震える声で呟いた。
俺は口元を吊り上げる。
「酒と飯が向こうから来るなんて、この大陸は最高じゃねぇか」




