三話目:金払う意味ある?
「よーし!はい!」
俺の合図で、御者台の隣に座るルーベが気合を入れて叫ぶ。
「異世界!!!」
「バンザァァァアイ!!!」
荷台の残り五人が声を張り上げて三唱した。
「声が小さい!そんなんでおめでたい雰囲気が出ると思ってんのか!」
「旦那……もう150回目くらいですよ……」
「キリが悪いな……200目指すか」
俺の言葉に、ルーベがこの世の終わりみたいな絶望的な顔を見せる。会ったばかりだが、こいつの顔芸は一級品だ。
「……夜通し馬車で進みましたが、まだ先へ行くんですか?」
ルーベは話をそらすように、恐る恐る話しかけてきた。
「そうだな。とりあえず酒が呑めるところまで行くか」
「このまま真っ直ぐ行くと……大陸の架け橋に出ますぜ?」
「なんだそりゃ?」
「……このルーンメルカトーレの大陸の隣の大陸の一つ、ブランスクラッドの大陸に入っちまうってことです」
「なんだ?何かまずいのか?」
「あんまりいい噂を聞かない、おっかない大陸なんですよ……」
「面白そうだな。よし、そこにしよう」
俺が即決すると、ルーベの顔がさらに情けなくひしゃげた。
「とりあえず荷台の食料で飯にするか!」
馬車を止め、俺はルーベ達に飯の用意をさせる。
街道の脇に馬車を寄せ、野営の準備を整えていく。
夜通し万歳三唱を繰り返していたせいか、ルーベ達は各々が心底眠そうだ。
荷台を漁ってみたが、金目の物は多い割に食料が乏しいのが残念だった。
宝石類に高級そうな絵画、見たこともない調度品といった嗜好品ばかりが目に付く。
正直、どれもこれも良さがさっぱり分からん。キラキラした宝石はまぁ、換金用として持っておくには悪くないが。
「旦那、食料ですが……干し肉と少しのパンしかありませんでした。腹の足しにもなりゃしませんよ」
ルーベが申し訳なさそうに報告してくる。
「酒は?」
「……積荷には高級ワインが数本。これも……飯の代わりには」
「いいや、これで十分だ。肉を炙って、ワインで呑むぞ!!」
俺は地面に腰を下ろす。
空腹というスパイスがあれば、どんな物だってそれなりに食える。
そう言い聞かせながら、俺は野盗たちと共に粗末な食事会の準備を始めた。
パンと炙った干し肉を胃に流し込み、高級ワインを回し飲みする。
贅沢とは言い難いものの、野営地での宴はあっという間に幕を閉じた。
ルーベ達は、普段口にすることのない高級ワインの味に感動しきりで、最後の一滴まで丁寧に飲み干していた。
「次はもっと大量に酒が貰えるところを探すか」
俺がそう呟くと、酒好きの仲間達は顔を輝かせ「ついて行きます!」と声を揃えた。
命じられたからだけでなく、本当に嬉しそうにしている。
単純で可愛いやつらだ。
「飛ばせ、ルーベ」
「へい!」
俺の合図で馬車を走らせること数刻。
街道の先、夜の闇を切り裂くように、目の前にはバカでかい橋が姿を現した。大陸の架け橋――ブランスクラッドへの入り口だ。
「あれが架け橋か」
「はい。あの橋を渡りきれば、ブランスクラッドへの入り口です」
ルーベは橋の入り口が視界に入るやいなや、馬車のスピードを露骨に落とした。
「なんでスピード落とすんだよ。もっとぶっ飛ばせ」
俺は御者台で手綱を握るルーベに問いかける。
「橋の出入り口には、それぞれ通行料がかかるんですよ……」
「なにぃ?金を取られるのかよ……面倒だな。俺が全員殺してくるか?」
俺が至極当然の提案をすると、ルーベは引きつった表情で猛烈に首を振った。
「旦那、それだけはダメです!絶対にダメです!!!」
「なんでだよ。力ずくで通れば金はかからんし、金も浮くだろ」
俺の問いかけに、ルーベは恐怖よりも呆れが勝ったような顔を見せた。
その腑に落ちない態度に苛立ち、俺は迷わずルーベの頭を軽く叩いてやった。
「いっ……!何するんですか!」
「とぼけてねぇで、理由を言え。俺を納得させろ」
「出入口はそれぞれ王国が管理してるんすよ……ここで無茶すれば国を敵に回します……!」
「はぁ〜……お前ってやつは……」
俺は深いため息を吐き、呆れ果てた。
「御上にゃ、逆らってなんぼだろが」
俺は御者台の上に仁王立ちし、前方に向かって叫ぶ。
「ルーベ!!!スピードマックスだ!!行け!!!」
「は、はい!!!」
ルーベは半泣きになりながら手綱を強く引き、馬を激しく鞭打った。
馬車が猛烈な加速を開始し、橋の検問所へと向かって突っ込んでいく。
橋の先で慌てふためく兵士たちの顔が、刻一刻と近付いてきた。
「轢き殺されてぇのか、退いてろ!!!」
俺の怒号が橋に響き渡る。
兵士たちは悲鳴を上げながら左右へ飛び退き、逃げ遅れた数人だけが馬車にはね飛ばされた。
後ろを振り返れば、兵士たちが混乱し、悲鳴を上げて散り散りになっているのが見える。
「なんだ……拍子抜けだな。余裕で行けるじゃねーか」
俺が鼻で笑うと、隣のルーベも強張っていた肩の力を少しだけ抜いた。
だが、その安堵は一瞬のことだった。
「……旦那……ヤバイです……!」
荷台の野盗の一人が、甲高い声で俺を呼ぶ。
促されるままに俺が空を見上げると、検問所の上空に、光る球体が無数に浮かび上がり、空を埋め尽くしていた。
「なんだ、ありゃ?」
「迎撃魔法の一つです!あれ、照準を固定してますよ……俺ら狙い撃ちにされます!」
荷台の男が顔を真っ青にして叫ぶ。
「なるほど、見かけ倒しじゃなかったわけか。意外にしっかり警備してやがる」
俺は馬車の屋根に飛び乗った。
「俺が馬車を守る!ルーベ!お前は全力で駆け抜けろ!!」
「は、はい!!!」
情けない返事を耳にしながら、俺は馬車の屋根に踏ん張って構える。
拳に無界魔力を密度高く練り込み、迎撃態勢に入った。
空から殺意を纏って迫りくる球体群へ、淀みなく拳を振るう。
空気を切り裂く衝撃波が魔力を弾き飛ばし、接近する光の球を次々と爆散させていく。
シャドーボクシングの要領だ。
凄まじい速度で一つ、二つ……十、二十と破裂する閃光。
俺は球体を遥かに上回る速度で連打を浴びせ続け、橋の上を絶え間ない爆発の連鎖で彩っていく。
底なしだと思われた弾幕も、結局はただの的でしかなかった。
気づけば空を埋め尽くしていた球体は、ひとつ残らず火花となって散っていった。
「ふん、大した運動にもならんな」
俺は肩を回しながら、御者台へと軽やかに飛び降りた。
後ろの検問所からは、微かに怒号が聞こえるが知ったことか。
「出口も、こんな面倒くさいことやらなくちゃいかんのかね」
俺は隣で手綱を握るルーベに尋ねた。
「……いえ、正直もう、旦那なら何が来ても大丈夫な気がしてきました……」
ルーベは、恐怖が一周回って悟りを開いたような、引きつった笑みを浮かべている。
「バカタレ。それは気のせいじゃねぇ、事実だ」
俺は豪快に笑い飛ばした。
橋の左右には、どこまでも広大な海が広がっている。
さっさとこんな退屈な海ばかりの景色を通り過ぎて、もっと刺激的な何かが待つ場所へ向かいたいものだ。




