二話目:歩くの飽きた
俺たち7人は街道に出た。
東に行くぞという俺の言葉に、6人は何も質問してこなかった。
理解するのを諦めたのかもしれない。
「めちゃくちゃ明るいじゃねーか」
街道には街灯が点々と立ち並んでいることに驚く。
「わざわざ森の中通ることなかったな」
俺の呟きに、ルーベは「その通りですね、旦那」と即座に返事をする。
絶対適当だろ、こいつ。
夜道を歩いていると、遠くの方で灯りが見えてきた。
車輪の転がる音も微かに聞こえる。
馬車かもしれない。
「おぉ!ナイスタイミングだな。あれ貰うぞ」
「だ、旦那、本気ですか?」
ルーベは不安を顔に貼り付け、こちらに泣きついてくる。
「なんでお前がビビってんだよ」
「夜道の馬車なんて、ある程度しっかりした護衛がいるもんですぜ……やるなら昼の馬車ですよ」
ルーベは、当たり前のことのようにそう説明してくれた。
「護衛にビビって野盗ができるか」
俺はルーベの頭を軽く叩いて突き放した。
「お前らはそこら辺の茂みに隠れとけ。俺が馬車を止めるから、馬が逃げ出さないように押さえとけよ。俺が馬車ごと貰うんだからな」
おろおろしだすルーベ達に、俺は苛立ちを隠さず言い放つ。
「ほら、さっさと動く」
俺が鋭く睨みつけると、ルーベ達は凍りついたように直立不動の姿勢をとった後、即座に街道脇の暗闇へと飛び込んでいった。
俺は街道のど真ん中に立ち、近づいてくる馬車を待ち受けた。 馬車はゆっくりと、音を立てて距離を詰めてくる。
「おーい。止まってくれ」
俺は両手を大きく振り、行く手を阻んだ。御者台から若い男が、怪訝そうな顔で「どうしたんですか?」と声を掛けてくる。
「この馬車、丸ごと寄越せや」
俺の言葉が合図だった。物陰に潜んでいたルーベ達が飛び出し、一気に馬車を取り囲む。
馬車に取り付けられた松明の明かりが彼らを照らし出し、ルーベ達の引きつった不安な面持ちが浮かび上がった。
御者台の男は何やら叫び声を上げ、護衛と思われる三人が荷台から飛び降りてきた。
槍……いや、ハルバードか。
重厚な鎧を纏った男が一人、そしてローブに身を包んだ杖を持つ女が二人。
一目見て、攻守と魔法のバランスが取れたパーティだと分かる。
「お前らは手を出すなよ」
俺はルーベ達に短く告げた。
再召喚されてから、まだ自分の力の加減もほとんど試していない。
この世界で奴らがどれほどの実力を持っているのか、どれくらい俺を楽しませてくれるのか。
それを確かめておきたかった。
「おいおい、賊にしては随分と自信満々だな」
ハルバードを構えた鎧の男が、一歩前に出て鼻で笑う。
背後の女魔法使い達も、すでに杖を掲げて詠唱の気配を漂わせていた。
白いローブの女が杖を掲げ、詠唱を響かせる。
「光を司る聖霊よ。我が祈りに応え、その加護を刃へと宿せ。邪を断ち、悪を討つ聖なる力となれ。白き輝きよ、我が武へ降り注ぎ、その一撃に神罰を与えよ──《ホーリーエンチャント》」
ハルバードを包んだ白い光が刃を纏い、神聖な魔力が周囲へ溢れ出す。
鎧の男が振るったハルバードが白く輝きを放ち、渾身の一突きが俺の眼前へと迫った。
だが、その速さも威力も、今の俺には緩慢な動きにしか見えない。
特に危険も感じなかった。
俺は突き出された刃先を左拳で無造作に殴り飛ばす。
硬質な金属音が響き、男の体勢が崩れた隙に懐へ飛び込んだ。そのまま右拳で男の腹を強打する。
バキバキという音と共に、重厚な鎧が紙細工のように凹み、砕け散った。
男は悶絶する呻き声を漏らし、衝撃に耐えきれず街道の彼方へと吹き飛んでいく。
「護衛にしては大して強くないな」
俺は地面に転がった男を一瞥もせず、溜息を吐きながら残りの女二人へと視線を移した。
「そ、そんなバカな……」
白いローブの女は、鎧の男が無様に吹き飛んだ光景に呆然と立ち尽くしている。
しかし黒いローブの女は違った。
恐怖に顔を歪めながらも、俺から視線を逸らすことはしていない。
彼女の詠唱が完成する。
「轟け、天雷。蒼穹を裂く雷霆よ、我が魔力に応え、その怒りを槍へと変えよ。閃光は敵を貫き、雷鳴はその命を討ち砕け──《ライトニングランス》」
女の杖先に激しい雷光が奔り、空気がオゾン臭で満たされる。
周囲の街灯すら一瞬かき消されるほどの雷光が夜道を照らした。
直後、凄まじい速度を伴った光の槍が俺へと突き刺さるように放たれた。
俺は避けることすら面倒だった。体内から無界魔力を奔流のように解き放つ。
衝撃波が弾け、光の槍は俺の肌に触れることもなく、無界魔力の圧力によってその形を失い、霧散した。
「もう終わりか?」
俺は薄ら笑いを浮かべ、杖を構えたまま震えている彼女たちへ、ゆっくりと間合いを詰めていった。
白いローブの女は、吹き飛んだ鎧の男の元へ駆け寄るべきか、俺を前にして踏みとどまるべきか、判断を迷いおろおろと視線を泳がせている。
一方、黒いローブの女は、自身の魔法を正面から掻き消された事実に動揺し、硬直したまま次の一手を決めかねていた。
「次は魔法打つ前に殺す」
俺が街道の石畳を力任せに踏み鳴らすと、その衝撃波に黒いローブの女は肩を大きく跳ねさせ、恐怖に顔を青ざめさせた。
「わ、わかった……降参する」
黒いローブの女は杖を握りしめたまま、蜘蛛の子を散らすように後退していく。
「最初から大人しく渡せよ。タイムイズマネーだろ」
俺はそんな連中には目もくれず、御者台の男に声をかけた。
「おい。そこのやつも、さっさと降りて失せろ」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、若い男は無言で首を縦に激しく振り、転げるように御者台から飛び降りて闇の中へと逃げ去った。
「ルーベ。お前、馬車動かせるか?」
「は、はい……」
問いかけると、ルーベを含む野盗達は、さっきまで戦っていた護衛連中と同じくらい怯えた顔でこちらを見ている。
「なんでお前らまで怯えてんだよ!」
俺は呆れてルーベの肩を軽く殴りつけた。
「す、すいません……」
なんだか俺がとんでもない悪事を働いているような気分だ……いや、野盗を脅して馬車を奪ってるんだから、間違っちゃいないのか。
「とりあえずさっさと全員乗れ。東いくぞ」
俺が号令をかけると、連中はまるで兵隊のようにサッと動き出した。
腹は満たされ、足も手に入った。
悪くない。再召喚初日としては上出来だ。
あとでこいつらに異世界バンザイ三唱させるか。
俺の野望の第一歩を讃える三唱を。




