一話目:今日からお前ら俺の部下な
トールとサキと別れたあと、俺は森を歩き続けていた。
東の方へ行こうと決め、太陽の位置を頼りに足を動かす。
東を目指す特別な理由なんてない。
強いて言うなら、東京も東にあるなくらいの、どうでもいい直感だった。
「ちくしょう!!!」
俺は苛立ちをぶつけるように、隣の大木へ拳を叩き込む。
拳がめり込み、次の瞬間、幹が悲鳴を上げるように裂けた。
メキメキという硬質な音が響き、巨大な幹は無様に折れ、轟音を立てて地面に倒れ伏した。
「村一つ見つからん……」
倒れた木に鬱憤を晴らしても、苛立ちは消えない。
道中、近くには街道も見えていたが、せっかく再召喚された初日だ。
誰かが敷いたレールの上を歩くなんて、
真っ平御免だった。
俺はひたすら東だと思う方角へ、野心と苛立ちを抱えて歩き続けた。
そうして時間は過ぎ、やがて日は沈み、周囲は深い夜の帳に包まれた。
夜になる頃には何匹かの狼型の魔物が襲ってきたが、歩くついでに殴り飛ばして終わりだった。
それよりも問題は空腹だ。
さっきの狼を倒したとき、この肉なら食えそうだと一瞬頭をよぎった。
だが、肝心の火がない。
生食の危険性については、20年前……いや、こっちの世界では500年前になるんだったか?
とりあえず、痛い思いは身をもって体験済みだ。
ふと、木々の切れ間から漏れる火の明かりが目に飛び込んできた。
俺はその明かりへと、ためらいもなく真っ直ぐに歩み寄る。
そこには数人の集団が陣を張り、野営をしていた。焚き火を囲む彼らの装備を見る限り、どうやら冒険者かなにかのパーティーらしい。
ふらりと姿を現した俺に気づいた瞬間、集団の空気が凍りついた。彼らは火から飛び退くように立ち上がり、一斉に武器を構える。
「何もんだてめぇ!」
眼帯をした男が、剣先をこちらに向けながら吠えるように言った。
「何もんでもいいだろ……疲れてんだ」
俺はあくび混じりにそう返し、気にせずさらに一歩踏み出した。
その威圧感に気圧されたのか、集団は連鎖するように一歩、また一歩と後ずさりをした。
「金持って無さそうな奴だな……」
眼帯の男が、俺を上から下まで品定めするようにジロジロと眺める。
「悪いが金目のもんあるなら置いていって失せろ」
男が剣の切っ先を突きつけてくる。周囲の取り巻きからは、陰湿な嘲笑が漏れ聞こえた。
「金目のものは無いし、むしろ何も無い」
俺は全身に宿る無界魔力を、一気に解放した。 瞬間、大気が軋み、森全体が悲鳴を上げるかのように震動する。
属性を持たない、純粋な暴力そのものの魔圧。
そのあまりの質量に、周囲の空間すら歪んでいく錯覚に陥った。
「腹減ってんだ」
俺は両の拳を打ち鳴らす。硬質な音が鳴り響き、それが合図となったかのように、集団の空気が一変した。
「飯よこせ」
俺の声だけが静かに森の中に響く。
「嫌なら死ね」
眼帯の男を含め、取り巻きの連中はあまりの魔力量に膝を折り、その場に崩れ落ちる。
武器を落とし、恐怖に顔を引きつらせて逃げ出そうとする者もいた。
だが、膝が笑い足が動かせないようだ。
俺は小さく告げた。
「二秒で決めろ」
「美味いなこれ!」
「いっぱい食ってください!」
俺は焚き火を囲み、眼帯の男ーー名をルーベと言うらしい……そいつに肩を揉ませながら、こいつらが作った具だくさんのスープをすすった。
「なんだよ、話せばわかるいい奴らじゃねぇか」
「や、やめてくださいよ旦那……」
肩を揉んでいるルーベが、引きつった笑みを浮かべて照れている。
話を聞けば、こいつらはこのあたりを縄張りにしている野盗の集団らしい。
全員で6人。ルーベ以外の連中は、正直誰が誰だかさっぱりだ。
みんな似たり寄ったりの「野盗顔」をしていて、今のところ見分ける気も起きない。
「なにものなんですか旦那は……あんな魔力量、見たことないですよ」
ルーベは怯えを隠しきれない様子で、小刻みに肩を揉み続けている。
他の5人は火から少し離れた場所に陣取り、俺を恐怖の対象として遠巻きに眺めていた。
「リュウだよ。昔、魔王を倒した」
俺はスープを飲み干すと、空になった器を掲げた。
ルーベは慌てた様子で器を受け取り、スープをよそって差し出す。
「……伝説は知ってますけど……それで……その旦那は、なんでこんなとこに?」
ルーベは俺の言葉を信じているのかいないのか、曖昧な表情で器を渡してきた。
「なんで……酒、肉、女、金。そんなとこだな」
「……俺らより野盗らしい考えじゃないですか」
ルーベは俺の言葉に、呆気にとられたように言葉を詰まらせた。
「お前ら、別にこだわってここら辺にいるんじゃないんだろ?」
俺が問いかけると、ルーベを含めた六人は顔を見合わせ、どう答えるべきか互いの顔を伺っている。
「よし。腹も膨れたし、行くか」
「ど、どこにですか?」
「決まってんだろ。酒でも奪いにいこうぜ」
「……旦那……俺たちも、いくんですか?」
「当たり前だ。殺すぞ」
俺が不敵に笑いかけると、ルーベ達は青ざめた表情で、慌ただしく各々荷造りを始めた。
「……今日は運が悪い日なんだな……」
一人がボソッと呟いたのが聞こえた。
「そりゃ、俺とは正反対だな。そんな日もあるよ」
俺の言葉にそいつはぎこちない笑みを浮かべた。




