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再召喚された三人は、世界を救わない  作者: 藤山理想
再起動編

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44/89

44#真愛

それからの一週間は、穏やかに過ぎていった。


ロゼは毎日、子供のように目を輝かせて工房へ通い、完成が近づく大剣の進捗状況を俺に報告してくるのが日課になっていた。


一方、俺は王城という非日常の空間で、リアとの時間を心ゆくまで噛み締めていた。


庭園で二人並んでとる食事は、なによりも心を満たしてくれた。


公務の合間を縫って、リアが熱心にこの世界の文字を教えてくれる時間も、俺にとってはかけがえのないものだった。


慣れないペンを握り、彼女の指先が添えられるたびに、俺の心臓は高鳴り、つい手元が狂ってしまう。


「トールさん、ここです。こうやって……はい、上手です」


リアが優しく笑うたび、俺は文字の練習どころではなくなる。


もちろん、彼女が王女である以上、常に自由というわけにはいかない。


執政官や重臣たちから、会議や打ち合わせといった公務の呼び出しが度々入っていた。


そのたびにリアは眉をひそめ、俺に申し訳なさそうな視線を向けてくる。


「また……ローレンスが呼んでいます。ごめんなさい、すぐ戻りますから」


彼女はそう言って、予定されていたはずの会議を強引にキャンセルしたり、急ぎの書類を後回しにしたりしてまで、俺との時間を作り出してくれていた。


王城での生活は、俺の心の中にあった穴を、少しずつ埋めていってくれた。


ついに、ロゼの大剣が完成する日――そして、リアとの別れが、すぐそこまで近づいていた。


夜の語り合いは、毎晩のように続いた。


明日にはロゼの大剣が完成し、それを受け取れば、俺たちはこのイトューヒを旅立ち、再びルーンメルカトーレの大陸へと戻ることになっている。


バルコニーから見下ろす夜景は、いつものように美しく、そしてどこか切なく揺れていた。今夜でこの時間も終わりだ。


そう考えると、まだ別れが来たわけでもないのに、胸の奥底から冷たい喪失感がじんわりと滲み出してくる。


俺はグラスを手に取り、リアの持つグラスとそっと合わせた。カチリ、と静かな音が夜風に溶ける。


一口呑み込むと、いつも通りフルーツワインの甘みが喉を通り過ぎていった。


しかし、今夜のそれは、どうしようもなく寂しい味がした。


「……明日、旅立つんですね」


リアがポツリと呟く。


彼女もまた、この景色の中に明日の不在を感じ取っているようだった。


俺は空っぽの街並みから視線を外し、隣に立つリアを見つめた。

「……そうだな……夢みたいだったな」


努めて明るく振る舞ったつもりだったが、自分の声がどこか強張っているのが分かった。


リアはバルコニーの縁に置いた指先を、少しだけ力んで握りしめている。


「……トールさん」


彼女がゆっくりとこちらを向く。その瞳には、溢れそうなほどの想いが宿っていた。


俺は彼女のその瞳に吸い込まれるようにして、言葉を探す。


このまま「じゃあな」と笑って背を向けるなんて、今の俺にはとてもできそうになかった。


「リア……」


俺の呼ぶ声に、彼女は期待に震える瞳でじっと俺を見つめ返した。


心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに鳴り響いている。


「俺は……リアが好きだ」


喉の奥が張り付くように乾く。伝えたかった言葉を、ようやく紡ぎ出す。


「ずっと……一緒にいたい」


俺の言葉に、リアの瞳が潤み、頬がバラ色に染まっていく。


彼女は堪えきれないような、それでいてこの世で一番幸福な笑みを浮かべた。


「トールさん……」


リアが俺のそばへ、迷いのない一歩を歩み寄る。


バルコニーに流れる夜風が、二人を包み込むように優しく吹き抜けた。


「私も……トールさんが好きです……」


その言葉を合図にするように、俺たちの間にあったわずかな距離が消えた。


リアがゆっくりと上目遣いの瞳を閉じ、俺の胸元にそっと身を預けてくる。


月明かりと街の灯りだけが、その一瞬を見守っていた。


俺は彼女の肩に手を添え、ゆっくりと、すべてを確かめるように彼女の唇に自らの唇を重ねた。


今夜のワインよりも甘く、そして誰にも邪魔させたくないほど切ない、確かな愛の重みがそこにあった。


これまでの旅路で感じていた孤独は、この口付けとともに霧の中へと描き消えた。


唇を離し、見つめ合う。


熱を帯びた空気が静まる中、ふいにリアは俺に背を向けた。


バルコニーの柵に手をかけ、街の明かりをじっと見つめている。


少しの沈黙のあと、彼女の声が震えて聞こえた。


「……私も……トールさんと一緒にいたいです」


その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるような切ない響きを帯びていた。


リアはグラスをバルコニーの縁にそっと置き、再び振り返る。


「でも……魔王が復活した今……この世界は平穏から遠ざかっています……」


俺をしっかりと見つめる瞳。


「魔王を倒すまで……私は……トールさんとの未来を望んでいいのかさえ……分からない」


彼女の瞳から一筋の雫が零れそうになったその瞬間、俺は彼女の肩を優しく抱き寄せた。


迷いはなかった。


「俺が魔王を倒す」


静かに、しかし誰にも揺るがせられない鋼の決意を込めて紡ぐ。


「必ずその平和を取り戻す……だから、リア」


俺は彼女の両手を取り、その瞳を真っ直ぐに見つめた。


「魔王を倒したら……また戻ってくる」


月明かりの下、俺の言葉が夜風に溶け、リアの瞳に星のような光を呼び戻した。


「無事戻ってきた時、俺と結婚してくれ」


彼女の呼吸が止まり、やがてその表情が驚きから歓喜へとゆっくりと変わっていく。


「いいのですか……トールさんに、そんな重荷を背負わせてしまっても……」


リアの瞳が揺れ、不安と喜びが入り混じった涙がこぼれ落ちる。


俺はそんな彼女の小さな震えを止めるように、しっかりと、その両手に力を込めて握り直した。


「あぁ……構わない」


俺の言葉に、彼女の表情から不安の影が薄れていく。


「俺の探し物は、ようやく見つかったよ」


俺がそう告げると、リアは安心しきったように力が抜け、俺の胸の中にそっと額を預けてきた。


俺もまた、その華奢な背中に腕を回し、彼女の温もりを全身で抱きしめる。


愛は見つけた。


これからの旅路に立ち塞がる唯一にして最大の障害は、復活した魔王だけ。


仕方ない……


ーー倒しに行くか。

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