41#歓待
リア――いや、ミリアーナは、どこか不安げな瞳で俺たちを交互に見つめていた。
俺は一体、何と声をかけるべきか言葉に詰まった。
しかし、隣でロゼが呆然として、俺以上に困惑しきった表情で立ち尽くしているのを見て、なぜか少しだけ肩の荷が下りた気がした。
俺だけじゃない、ロゼでさえ、目の前の状況を飲み込むのに必死なのだ。
その静寂を破るように、城の奥から一人の老紳士が静かな足取りで近づいてきた。
仕立てのいい服を纏い、背筋が真っ直ぐに伸びたその姿からは、この城で相応の地位にある人物であることが見て取れた。
「ミリアーナ王女殿下……よくぞ、ご無事でお戻りになられましたな」
老紳士の声は穏やかで、しかし確かな慈愛に満ちていた。
「ローレンス!」
それまでの張り詰めた空気が一気に解ける。ミリアーナは王女の仮面を脱ぎ捨て、まるで懐かしい家族に再会した子供のような顔で、駆け足でその紳士のもとへと寄り添った。
彼女は俺たちのほうを振り返り、誇らしげな笑みを浮かべてローレンスに告げる。
「こちらのトールさんとロゼッタちゃんが、命がけで護衛してくれたおかげです」
「……王女殿下を助けていただき、感謝の言葉もございません。心より御礼申し上げます」
ローレンスと呼ばれた男は、俺とロゼに対して、丁寧な仕草でゆっくりと深く頭を下げた。
ただの冒険者である俺たちに向けられる敬意。その重さに、俺は改めて彼女が「ただのリア」ではなかったことを思い知らされた。
「まずはゆっくりと身体を休めていただいて、食事でもしながらゆっくりとお話ししましょうか」
ミリアーナは、先ほどまでの緊張が嘘のように穏やかな笑みを浮かべ、俺たちをエスコートしようと促した。
王宮という厳かな場所で、彼女のその柔らかな態度は一服の清涼剤のように映る。
「なぁ……リア……」
「なに?」
ミリアーナが小首をかしげて応じる。
俺は少しだけ申し訳なさそうに、だが切実な願いを口にした。
「……風呂って、入れるか?」
その言葉が広場に響いた瞬間、横で固まっていたロゼが、驚きを通り越してさらにポカンと口を大きく開けた。
「……おっさん……それが開口一番の言葉かよ……」
ロゼが呆れ返ったような声を上げる。
ミリアーナは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにクスクスと楽しそうに笑い出した。
「ふふ、もちろんです。旅の疲れを癒やすのが先決ですよね。最高のお風呂と、それから……心尽くしの料理を用意させます」
彼女の瞳から、王族としての壁が少しだけ消えた気がした。
俺は苦笑しつつ、ロゼの肩を叩いて「先にお風呂だ」と促した。
イトューヒ王城での滞在は、どうやら俺の想像していたものとは少し違ったものになりそうだった。
バカでかい湯船に浸かりながら、俺は深いため息を漏らした。手足を存分に伸ばしてもなお余りある広さ。
湯気の中で凝り固まった筋肉がほぐれていく感覚は、何にも代えがたい幸福だった。
「……あぁ、生き返る」
汚れと一緒に、旅の緊張感まで溶け出していくようだ。
いつか自分なりの生活を築く時が来たら、絶対に風呂だけは妥協しない。
そう心に深く刻み込んだ。
湯から上がり、用意されていた肌触りの良いシャツと動きやすいズボンに袖を通す。
腰には慣れ親しんだ帯刀ベルトを締め、二振りの愛刀が腰にあることを確認してようやく落ち着いた。
廊下に出ると、待機していたメイドが一礼した。
「トール様、こちらへどうぞ」
彼女に案内され、重厚な扉をくぐる。
そこには、数え切れないほどの燭台が灯る広大な食堂が広がっていた。部屋の中央には長大なテーブルが据えられ、そこには見たこともないほど豪華な食事がずらりと並べられている。
部屋にはすでに正装に着替えたミリアーナがいた。
「おっさん……」
俺が広々とした部屋でどこに腰を下ろすべきか迷っていると、背後から声をかけられた。
振り返った瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
そこには、いつもの鎧姿ではなく、淡い色合いのドレスを身に纏ったロゼが立っていたからだ。
「……一瞬、誰か分からなかった。似合ってるじゃないか」
「……動きにくい。服が変にまとわりついて、落ち着かないんだ」
ロゼは慣れない衣装に戸惑い、露骨に困った顔をして俺を見上げている。
いつもの豪快な彼女からは想像もつかないその初々しい姿に、俺は思わず吹き出してしまった。
「……笑うなよ!」
「いや、悪い。だが、新鮮でいいなと思ってな」
俺がそう言うと、ロゼはさらに顔を赤らめ、ぶすっとした表情でそっぽを向いた。
「さあ、まずは食事にしましょうか」
部屋の奥から、ミリアーナの明るい声が響いた。
彼女はすでに上座に近い席に着き、温かな笑みで俺たちを招いている。
この長いテーブルのどこに座ればいいものか……。
正装とはいえ、俺たちの身分では下座に回るべきか迷ったが、これだけ離れていては会話も弾まないだろう。
ミリアーナに近い席へと歩を進めた。
彼女の隣……というほど近くではないが、声をかけやすい位置に椅子を引き、腰を下ろす。
ロゼもまた、裾を引きずるように歩きにくそうにしながらも、俺の隣の席へと滑り込んだ。
「さて、まずは皆で揃って乾杯しましょう。二人の命がけの護衛のおかげで、こうして無事に戻ることができましたから」
ミリアーナがグラスを掲げる。




