35#覚悟
朝日が昇り、宿の主人が鍵を受け取るのを確認すると、俺たちは早々に街道へと戻った。
次の街の方が物資も豊富で調達に適しているというリアの助言に従い、この小さな村での買い出しは最小限に留めた。
御者台に座るリアは、気まずそうに視線を落としながら、繰り返し昨夜の失態を詫びてくる。
「本当にごめんなさい、トールさん。せっかくの食事の席で、私だけ……」
「気にしなくていい。疲れていただけだ」
俺がそう言って微笑むと、荷台のロゼッタがニヤニヤしながらこちらを覗き込んでいる。
その悪戯っぽい視線を傍目に、俺は手綱を引いて馬車を加速させた。
車輪が地面を転がる単調な音を聞きながら、ふとこれまでの距離に思いを馳せる。
「なあ、リア。イトューヒの都までは、あとどれくらいだ?」
「そうですね……このまま順調にいけば、あと2日もあれば到着できるはずです」
そう口に出したリアの横顔は、昨夜の酔った時の危うさとは打って変わり、旅の終わりを確信したような凛とした表情をしていた。
俺は大きく息を吸い込んだ。
長かった道中も、ようやく終わりが見えてきた。
馬車はイトューヒ大陸の広大な大地を軽快に駆け抜けていく。
広大な街道を半日ほど走り続け、昼過ぎにはリアの言っていた大きめの街『ツクシ』に到着した。
俺たちの拠点に比べれば小規模だが、街道の要所らしく石造りの壁に囲まれた、しっかりとした佇まいの街だ。
俺たちは食料と水を確保しようと商店へ向かったが、そこで違和感を覚えた。
街の規模の割に、棚に並んでいる品数が驚くほど少ないのだ。
「……並んでる商品って、こんな少ないもんなのか?」
俺はわずかに買った品物を荷台に積み込みながら、ロゼッタに小声で尋ねた。
ロゼッタも眉をひそめ、店内の様子をうかがっている。
「んー……確かに少なかったな。流通が滞ってるのか、それとも……」
ロゼッタが首をかしげる横で、リアは店員と深刻そうな顔で何かを話し込んでいた。
店員の表情も暗い。
どうやら、単なる品不足以上の事情があるのかもしれない。
俺は視線をそらし、荷台の端に腰掛けたロゼッタに話しかけた。
「やっとゴールが見えてきたな」
「そうだな……道中は無事だったが……」
ロゼッタはいつもの明るさを少しだけ潜め、言いにくそうに口を開いた。
「イトューヒに着いてもし……万が一、私達が『王女殺し』なんて濡れ衣を着せられて捕まったとしたら……」
「その時は捕まる前に俺が戦う。ロゼッタは、リアを連れて逃げろ」
迷わず返した俺の言葉に、ロゼッタは驚いたように目を見開いた。
「……本気なんだな?」
「あぁ。もし皆でうまく逃げ切れたら、このツクシの街で落ち合うか」
俺がぼんやりと空を見上げて呟くと、ロゼッタはしばらく沈黙した後、クックッと笑った。
「……おっさんと逃避行か。まぁ、最悪の事態としては別に悪くないな」
「どこか別の遠い大陸で、仕事しながら旨い酒を呑み歩くってのも悪くないだろ」
俺の提案に、ロゼッタは肩をすくめてニッと笑う。
「その案に乗った……ま、そうならないのが一番だがな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
冗談めかした約束だったが、それは俺とロゼッタの間にある、言葉以上の信頼の証のようなものだった。
その時、店員との話を終えたリアが、少し不安そうな表情で俺たちの方へ歩いてきた。
その表情から、何かただ事ではない話を聞いたのだと直感した。
「リア、どうした?何かあったのか?」
俺が尋ねると、リアは少し言い淀んだが、意を決したように口を開いた。
「この街の近くに、飛龍が巣を作ったようです」
飛龍――実物を見たことはないが、言葉通り空を飛ぶ龍なのだろう。
「その為、飛龍が街道を塞ぐことがあり、流通が止まっているそうです」
「なるほど、それで物資が少なかったのか」
ロゼッタが納得したように頷く。
リアは俺たちを見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「お願いです……この飛龍を、討伐してください」
「……はぁ?何を言ってるんだ?」
ロゼッタが信じられないといった様子で聞き返す。
「飛龍がいる限り、この街も危険です。現に流通は滞り、満足な物資の運搬さえままなりません」
「それが私たちとどう関係あるんだ?私たちはリアをイトューヒまで届ける護衛だぞ」
ロゼッタの言葉に、リアは一歩も引かず、まっすぐ俺たちを見つめて言った。
「……私は、この街の人々を見過ごすことはできません」
「バカか?!危険を冒してまでここまで来たんだぞ!それなのに飛龍も討伐してくれだと?!飛龍なんてSランク相当だ!私たちが受けられるような依頼じゃない!」
ロゼッタの怒号が響き渡った。
それでもリアはロゼッタから視線を逸らさず、毅然とした態度でそれを受け止めていた。
「飛龍が巣を作った場所の近くにある街道は王都に続く大切な街道です……トールさん……お願いします」
沈黙に耐えかねたように、リアはロゼッタから俺へと視線を移した。
その瞳に宿る必死な光に、俺の胸の奥がチクリと疼く。
「おっさん!さすがにこんなこと引き受けてたら、命がいくつあっても足らないぞ!」
ロゼッタが声を荒らげ、俺の袖を掴む。
顔には、苛立ちだけでなく、俺に対する純粋な心配の色も浮かんでいた。
「それになんで私たちに頼むんだ!ここにはギルドもあるだろ!」
それでもリアは怯むことなく、俺の目を見つめたまま言葉を返した。
「それは……トールさんなら可能だと思うからです」
「……おい。適当なことを言うなよ、リア」
ロゼッタは今にもリアに掴みかかりそうな勢いで詰め寄る。
「ロゼッタ……落ち着け」
俺が低く諭すと、ロゼッタはハッとしたようにこちらを向いた。
俺はロゼッタの肩を軽く叩き、再びリアへと向き直る。
「……飛龍の特徴や弱点など、わかるのか?」
俺の問いかけに、リアの表情がわずかに和らいだ。
「トールさん……申し訳ございません……私には、巣があるという場所しか分かりません」
リアは申し訳なさそうに視線を落とした。
「そうか……じゃあ、その場所を教えてくれるだけでいい」
話を聞いていたロゼッタが口を開いた。
「おっさん……お前バカか?……飛龍だぞ?Sランク相当の魔物だぞ!怖くないのか?」
ロゼッタは顔をしかめ、心底心配そうな表情で俺を見上げてきた。
その裏に隠された俺への純粋な気遣いが伝わり、どこか温かいものが胸の奥に広がる。
「俺はランクで仕事を選んだりしない。そもそも、ランクだけで仕事を選ぶ奴が、薬草採取なんてしないだろ?」
俺がそう返すと、ロゼッタは目を丸くしてポカンと口を開けた。
数秒の沈黙の後、彼女は徐々に顔を伏せ、耐えきれなくなったように肩を震わせ始めた。
「……っ、ふふっ! 確かにな! その通りだ!」
ロゼッタは弾けたように笑い出し、勢いよく俺の肩をバンバンと叩いてきた。
「痛いよ……」
苦笑しながら肩をさする俺をよそに、彼女は愉快そうに笑い声を上げている。
「……一緒に来てくれるか?」
俺の問いに、ロゼッタは肩をすくめた。
「……しゃあなしだぞ」
そう言い放ったロゼッタの顔には、もう迷いは無かった。




