31#旅立
俺とロゼッタはリアのもとへ戻った。
依頼を受ける旨を伝えると、リアは心底安堵した表情を浮かべ、「すぐにイトューヒ王国へ向かいましょう」と告げた。
ミラも即座に動き出し、「馬車の手配は済んでいます」と告げる。
あまりの手際の良さに少し面食らったが、俺たち三人は急ぎ足で店へと向かった。
店の店主は、ミラからすでに連絡を受けているらしく、すぐに対応してくれた。
代金は後払いで良いと告げられ、一台の馬車と馬が貸し出される。
こんなにスムーズに話が進むものなのかと俺は不思議に思ったが、隣にいるロゼッタの強張った表情を見て、これが決して普通ではない事態なのだと察した。
「旅に必要な食料とか買い込むから、このまま商店のほうに行くぞ」
ロゼッタはそう告げると、手際よく馬を馬車に繋ぎ、颯爽と御者台に腰を下ろした。
俺一人ではこれほどスムーズに準備を整えることはできなかっただろう。
ロゼッタが同行してくれたことに、俺は心から安堵していた。
商店へ向かい、一週間分ほどの食料と野営道具を買い揃える。
リアは「手持ちがなくて……」と申し訳なさそうにしていたため、俺が自分の皮袋から代金を支払った。
……本当にあとで返してもらえるのか、一抹の不安はよぎる。
だが、ここで立ち止まっていても仕方がない。
「ロゼッタちゃん、ありがとう」
「いいよ。さっさと荷台に乗りな」
ロゼッタの言葉にリアが荷台へと乗り込む。
俺もそれに続くかと思ったが、あえて御者台の空いている席に座った。
俺が荷台に乗らずに隣に座ったのを見て、ロゼッタが不思議そうに眉を寄せた。
「どうした?私がある程度進められるぞ?」
「馬車の旅は初めてなんだ……どうやって動かすか、見てていいか?」
俺の告白に、ロゼッタは少し驚いたあと、堪えきれないといった様子で吹き出した。
「おっさんでも苦手なことがあるんだな。いいぞ。教えてやるから、よく見てな。じゃあ、いくか」
ロゼッタが手綱を操ると、馬車はゆっくりとした速度で都市の門へと向かい、やがて平穏な市街地を離れて外へと滑り出していった。
都市を離れ、街道に出ると馬車は速度を上げた。
ロゼッタは手綱を引く手のわずかな動きで馬に意思を伝えている。
大まかな指示で動くとはいえ、細かい制御には熟練が必要なようだ。
「まぁ、結構簡単だよ。要は慣れだ」
ロゼッタはあっけらかんと言い放つ。
「明日でもいいから、俺にもやらせてくれ」
「いいぞ。しっかり見ててやるよ」
ロゼッタは楽しげに笑った。
そのやり取りを聞いていたのか、荷台の方からリアがひょっこりと顔を出した。
「おふたりは仲が良いんですね。長い付き合いなんですか?」
「ん?いや、一週間くらい……だっけ?おっさん?」
「たぶんそうだな」
「トールさんは、ロゼッタちゃんに出会う前は何をしていたんですか?」
リアの問いに、俺は一瞬言葉に詰まった。
現代社会でのサラリーマン生活について説明したところで、この世界の住人には理解できないだろう。
「んー……まぁ、いろいろだ」
俺は簡潔にそう答えて言葉を濁した。
すると、隣で手綱を操っていたロゼッタが、前方を向いたまま問いを投げかける。
「ちなみに、リアは何者なんだ?」
その質問は、俺が内心で気にかけていた疑問そのものだった。
静まり返った街道に、馬車の車輪が回る音だけが響く。
沈黙が続いたが、少ししてリアが口を開いた。
「私はイトューヒ王国の、王女付きです」
淡々とした告白に、ロゼッタが声を荒らげた。
「なにっ?!」
手綱を握る手がわずかに震えたように見えた。
「ってことは……襲われた馬車っていうのは、イトューヒの王女様が乗っていたってことか?!」
「……はい」
リアは小さく返事をした。その声には隠しきれない影が落ちている。
「おいおい……大丈夫なんだろうな……」
ロゼッタは前を向きながら、明らかに不安そうな表情を浮かべていた。
俺は事情をいまいち飲み込めず、御者台の上でロゼッタに問いかける。
「なにかダメなのか?」
「バカ!一国の王女様が殺されて、その生き残りの付き人を国まで届けるんだ……私達が王女殺害の容疑者に仕立て上げられる可能性だってあるんだぞ!」
言われてみれば、確かにその通りだ。護衛のつもりが、気づけばとんでもない厄介事に巻き込まれているかもしれない。
「いえ、それは大丈夫です」
リアが荷台から力強く告げた。
「……なんでそう言える」
ロゼッタは依然として前方を見据えたまま、疑念を隠そうともせずに問い詰めた。
「付き人の私が証言します」
リアは涼しい顔でそう言い切った。
「……それだけかよ……」
ロゼッタは心底呆れ果てた様子で、乱暴に頭をかいた。「一国の陰謀に巻き込まれて、証言が一つあるだけでなんとかなると思っているのか」と言いたげだ。
そんなロゼッタの横で、俺はのんびりと空を見上げながら口を開いた。
「まぁ、いざとなれば俺がなんとかするさ」
横にいるロゼッタを見詰めて言った。
「それよりも俺は馬車を操れるかの方が不安だよ……」
俺がぼそりと本音を漏らすと、一瞬、馬車の車輪の音さえ止まったかのような静寂が訪れた。
直後、その沈黙を切り裂くように、ロゼッタが腹を抱えて大笑いし始めた。
「あははは!おっさん、あんた最高だよ!国相手に喧嘩売る気かと思ったら、その直後に馬の操縦が不安とか!」
ロゼッタは涙目になりながら俺の肩をバンバンと叩く。
さっきまでの殺伐とした空気が、嘘のようにどこかへ吹き飛んでいった。
リアもまた、その光景を不思議そうに見つめながら、つられて小さく笑みを漏らした。




