30#護衛
ギルドの扉を押し開けると、騒がしい酒場とはまた違う、冒険者たちの活気に満ちた空気が迎えてくれた。
カウンターの方へ目をやると、報酬の受け取りを終えたロゼッタと、ミラが何やら談笑している姿が目に入る。
ロゼッタは俺の姿を認めると、表情を輝かせた……のも束の間、俺とリアが手を繋いでいることに気づき、その顔を途端にニヤニヤとした笑みに変えた。
「……おっさんの恋人か?」
ロゼッタは俺とリアを交互に視線で往復させ、からかうように肩をすくめる。
俺は溜息をつき、リアの手をゆっくりと離した。
「違う。道中、野盗に襲われていたところを助けたんだ」
「ふーん……」
ロゼッタは納得したのかしていないのか、リアの姿を値踏みするようにジロジロと眺めている。
その視線にリアが少し身を強張らせたのを感じて、俺は話題を切り替えた。
「ここまで来ればもう安全だろ」
俺がそう告げると、リアは急に不安げな表情を浮かべた。
彼女は俺の左手を両手でギュッと掴み、瞳を潤ませてこちらを見上げてくる。
「トールさん……お願い。もう少しだけ、ここにいてもらってもいいですか?」
その切実な懇願に、俺は断りきれず小さく頷いた。
「あ、あぁ……構わない」
「よかった。少し待っててね」
リアは先ほどまでの不安そうな表情が嘘のように、可愛らしく微笑むと、ミラが待つ受付カウンターの方へと足早に向かっていった。
残された俺の隣で、ロゼッタが腕を組んでこちらを見詰めている。
「……随分と懐かれてるね、おっさん」
「そうだな……よっぽど怖かったのかもしれないな」
俺は言葉を濁しつつ、ギルド内の一角にある空いたテーブルの椅子へ腰を下ろした。
一連の出来事で張り詰めていた気が、ようやく緩んでいくのを感じる。
「そんな感じなのかねぇ……」
ロゼッタも納得がいかないといった様子で俺の隣に座り、リアの背中をじっくりと観察し始めた。
受付のカウンターでは、リアがミラと何やら深刻な面持ちで話し込んでいる。
リアは懐からなにかを取り出し、ミラへ静かに差し出しているように見える。
距離があって会話の内容までは聞こえないが、ミラの表情が尋常ではないことに気づいた。
いつもは冷静で事務的な彼女が、珍しく焦燥感をにじませ、困惑したように眉を寄せている。
「なぁ、おっさん。とりあえず落ち着いたら飯いこうぜ」
ロゼッタが切り出し、俺の思考を現実に引き戻した。
「いいな。なんだかんだで今日は疲れたわ……」
俺は座ったまま大きく背を伸ばし、凝り固まった肩を回した。
ロゼッタの誘いに内心で安堵しながら、俺は再びカウンターの方へと目を向けた。
話し終えた二人が、連れ立ってこちらへ歩いてくる。
ミラの顔には依然として戸惑いが張り付いているが、リアは晴れやかな表情をしていた。
「無事帰れる算段はついたか?」
俺がリアに尋ねると、彼女は俺の顔をじっと見つめ、優しく微笑んだ。
「はい。なんとか帰れそうです」
その言葉に安堵したのも束の間、隣のミラが意を決したように俺へ向き直った。
「トール様……申し訳ないのですが……リア様の護衛を依頼させてください」
ミラは困ったような、しかし切実な色を瞳に宿して懇願してくる。
俺は思わず耳を疑った。
「ん?俺でいいのか?」
まだFランクの冒険者である俺だ。
もっと腕の立つ者や高ランクの冒険者に頼むのが筋ではないだろうか。
「はい。リア様からの指名です」
「まぁ……俺は構わないが……」
俺がそう答えると、ミラは少しだけ安堵の息を吐き出した。
リアをチラリと見やると、彼女は先ほどと変わらない、少しあどけなさを残したニコニコとした笑顔で俺を見つめ返している。
「本当ですか!ありがとうございます、トールさん」
リアは俺の手をまた両手で包み込むようにして握った。
その嬉しそうな様子に、俺は自分が抱いていた疑念をひとまず心の奥底へ押し込んだ。
「ただ、ちょっと待ってくれ」
俺はリアの手をそっとほどいた。
「俺は護衛の任務などあまり慣れていないんだ。ロゼッタにも協力を依頼したいのだが、構わないか?」
俺は横で様子を伺っていたロゼッタをチラリと見てから、リアに問いかけた。
ロゼッタはテーブルに肘をつき、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてミラの方を向く。
「私もいいけど……安くないよ?」
ミラは静かに頷き、淀みない口調で答えた。
「はい。それで構いません。報酬はお二人それぞれ金貨100枚でよろしいですね」
その言葉がギルド内に落ちた瞬間、その場の空気が凍りついた。
その法外とも言える金額に、ロゼッタは驚いて目を丸くした。
「……は?金貨100枚?」
ロゼッタはすぐさま表情を引き締め、リアを真っ直ぐに見据えた。
「……本当に払えるんだろうな?」
金貨100枚。
冒険者稼業でもそうそうお目にかかれない大金だ。
リアはロゼッタの鋭い探るような視線に一切怯むことなく、穏やかな微笑みを崩さずに見つめ返した。
「えぇ。イトューヒ王国まで送ってくれたら、しっかりお支払いしますわ」
彼女の断言には、どこか揺るぎない自信のようなものが宿っていた。
俺はロゼッタと顔を見合わせる。
「イトューヒ王国までか……一週間はかかるな……」
ロゼッタは顎に手を当て、旅程と日数を頭の中で計算しているようだった。
「その間、片時も離れずリア様を護衛して欲しいのです」
ミラの言葉に、ロゼッタが怪訝そうに眉をひそめる。
「……片時も離れず?」
「はい。この依頼をお引き受けいただけるのであれば、すぐに出発の準備をお願いします」
ミラは事務的な説明の背後に、何かを急かしているような焦燥感を漂わせている。
ロゼッタは難しい顔をして俺の袖を引いた。
「ちょっと来い、おっさん」
彼女に誘導され、リアとミラには会話の内容が届かない距離まで移動する。
ロゼッタは周囲を一度警戒するように見回してから、声を潜めた。
「……どう考えても胡散臭いぞ。本当に引き受けるのか、おっさん?」
彼女の瞳には、金貨100枚という報酬への期待よりも、この依頼に伴う未知の危険への警戒色が濃く出ていた。
俺は再びカウンターの方にいる二人――何食わぬ顔でこちらを待つリアと、硬い表情のミラを見やる。
「確かに何かあるかもな……」
俺は低い声で応じ、ロゼッタの赤い瞳を見つめ返した。
野盗に襲われていたという状況、破格の報酬、そして何よりアルカライズ王国帰りというリアの背景。引っかかる点は多い。
「……今日のビールはお預けになりそうだな……付き合ってくれるか?」
俺はロゼッタに問いかけた。
「しょうがないな……」
ロゼッタはニヤリと笑うと俺の肩を組んだ。
「依頼が終わったら豪勢なもんでも食いにいくか」
「いいな!肉盛2人前ずつ余裕で食えるな」
「ビールも樽で頼むか」
俺はロゼッタと笑いながら、二人の元へと向かった。




