29#救援
煙の発生源に飛び込んだ俺の目に飛び込んできたのは、無残に大破し、黒煙を上げる一台の馬車だった。
その傍らでは、一人の女性が剣を構え、孤軍奮闘している。
彼女を取り囲んでいるのは、斧や剣を剥き出しにした4、5人の男たち。
その風体からして、野盗の類に違いなかった。
俺は迷うことなく腰の『シルラ』を引き抜いた。
「天魔無碍流。一刀居合『線』」
気配を消した踏み込みから、刃が弧を描く。
一番近くにいた男の腕が、空へ向かって虚しく宙を舞った。
「な、なんだ?!」
男たちの間に動揺が走る。
突然の強襲に、腕を切り落とされた男が地面をのたうち回り、断末魔のような叫び声を上げた。
「間違えていたら申し訳ないが……野盗なら引き下がった方が身のためだぞ」
俺はもう一方の刀、『カルラ』も抜き放ち、二刀の構えで周囲を威圧する。
殺気をわずかに放つだけで、男たちの足がすくむのが分かった。
体格のいい男が顔を引きつらせ、慌てふためいた様子で叫んだ。
「退くぞ!退け!」
その一声を合図に、野盗たちは蜘蛛の子を散らすようにして逃げ去っていった。
彼らの背中が木々の影に完全に消えたのを見届ける。
シルラに付着した鮮血を払い落とし、カチリと乾いた音を立てて、二振りの刀を静かに鞘へと収めた。
「怪我は無いか?」
俺は慎重に距離を詰め、女性の顔色を伺った。
茶色のケープを纏ったその女性は、白いブラウスとロングスカートという旅装の出で立ちだが、手にはしっかりと剣を握りしめていた。
俺の声を聞いて緊張が解けたのか、彼女はカタリと音を立てて剣を地面に落とした。
「はい……助けてくださり、ありがとうございます」
彼女はトールの顔をまじまじと見つめ、大きく安堵の溜息を漏らす。
その瞳には、張り詰めていた恐怖が薄らいでいくのが見て取れた。
「気にするな。……それより」
俺は彼女の視線の先にある、無残に大破した馬車へと目を向けた。
馬車の下敷きになった人影が何人か見える。
微動だにしないその姿から、すでに命が絶えているのは明らかだった。
「……仲間か?残念だが……」
俺の問いに、彼女は悲しげに頷く。
「はい……彼らは……最期まで私を守ってくれました」
「これ以上ここに留まるのは危険だ。安全な場所まで送る」
俺は彼女の手を引き、燃える馬車から距離を取るように歩き出した。
彼女は俺の手をしっかりと握り返し、一歩一歩、確かな足取りでついてくる。
周囲を警戒しながら歩き回るが、野盗たちの気配は完全に消え去っていた。
ある程度距離を置いたところで、俺は改めて彼女に向き直った。
「俺はトールだ。名前を聞いてもいいか?」
すると、彼女は驚いたように目を見開き、俺の顔をじっと覗き込んできた。
その反応に、俺は少しだけ首を傾げる。
「……どうかしたか?」
「いえ……トールさん。ありがとうございます。私はリアと申します」
リアと名乗った彼女は、俺の顔を見上げながらもう一度、今度は丁寧に深くお辞儀をした。
その仕草にはどこか育ちの良さが滲んでいる。
「近くの商業都市まで送るが……それでいいか?」
「はい。ギルドの方まで送っていただけばありがたいです」
彼女は一瞬だけ迷ったような顔を見せたが、すぐに柔らかな笑顔を見せた。
二人は並んで歩き始めた。
俺は繋いだままの彼女の手を、離すべきかどうしようかと内心で少し迷ったが、結局そのままで歩みを進めることにした。
「トールさんは、強いのね」
不意に投げかけられた言葉に、俺は肩をすくめる。
「ん?大したものじゃないよ。ただの旅の冒険者だ」
「強いのに大したこと無いって言っちゃダメですよ」
リアはクスクスと笑っている。
「それ……刀ですよね。ずっと昔から使っているの?」
彼女は俺の腰に差された二本の刀をチラリと一瞥した。
「よく知ってるな。ああ、そうだ。俺にとっては相棒みたいなもんだな」
「……流派など、あるのですか?」
彼女の探るような問いかけに、俺は少しだけ口元を緩めた。
「天魔無碍流だな……と、言ってもわからんかもしれんが……」
以前、ロゼッタにこの流派を教えた際、「天満無限流」と覚えられているこの世界の歴史を思い出した。
少し自嘲気味にそう付け加えたのだが、リアの反応は違った。
「いえ……そのお名前は、聞いたことがあります」
リアはそう答えたが、その声には少しだけ驚きが混じっていた。
「野盗に襲われるとは災難だったな……」
俺は言葉を切り出しながら、彼女が抱えたであろう恐怖を少しでも紛らわせようと努めた。
「そうですね……でも、トールさんと出逢えたのは幸運でした」
リアはそう言うと、俺の手を握る力をわずかに強めた。
「……旅でもしていたのか?」
「はい。アルカライズ王国に用があって、その帰りでした」
アルカライズ。
確か、この世界に俺が再召喚された時の……あの国の名前だったはずだ。
「そうか……都市の方に着くまでは俺が一緒にいる。安心しろ」
「ありがとう、トールさん」
彼女は歩みを止めず、俺の顔を覗き込むようにしてふわりと微笑んだ。
その近さに、思わず息を呑む。
陽が落ちかけた薄明かりの中で、彼女の瞳は驚くほど澄んでいて、まっすぐに俺を射抜いてくる。
そのあまりの眩しさに、俺は視線の行き場に少しだけ困った。
俺は繋いだままの手を、少し気まずい思いでゆっくりと離そうとした。
だが、リアはそれに抗うように力を緩めず、一瞬だけ繋いだ手を見た。
「……ごめんなさい。もう少しだけ……このままでもいいですか?」
すがるような、しかしどこか芯の強さを感じさせる声だった。
俺は言葉に詰まり、すぐに離そうとした指先を止めた。
「あぁ。もちろんだ」
俺は彼女の望むまま、再び優しく、そして先ほどよりもわずかに力を込めてその手を握り直した。
彼女の肌の温もりが、握り合った手のひらを通じて伝わってくる。
「……ありがとうございます」
リアは小さく安堵の息を漏らし、再び前を向いて歩き出した。並んで歩く距離は、先ほどよりもわずかに縮まっている。
街道を吹き抜ける風が冷たさを増す中、俺たちは夕闇の道程を、無言のまま繋いだ手と共に歩いていった。




