27#片鱗
俺はテッサムを、ロゼッタはアレンを背負い、急ぎ足で南門を駆け抜けた。
都市の喧騒が戻ってきたが、今はそれよりも二人の容態が気がかりだ。
「ロゼッタ!この子達を治療できるところわかるか?」
走る中、前を行く彼女に問いかける。
「南門を抜けて少ししたら治療院がある!そこに運ぼう!」
ロゼッタが俺を先導するように前に出て、街並みを縫うように駆け抜けていく。
迷いのないその背中を追い、やがて民家とは一線を画す、大きめの建物に辿り着いた。
扉を開けると、そこには受付のカウンターと小さな待合室があった。
「すまない。この子達二人を急いで診てほしい!」
ロゼッタの叫びに応じるように、奥から医者と思われる男女が駆けつけてくる。
俺は背負っていたテッサムを丁寧に台の上へと預けた。
アレンとテッサムはそのまま手際よく奥の部屋へと運び込まれていく。
彼らの顔色は依然として悪いが、俺達ができることはここまでだ。
「今、身内を呼んでくるから」
ロゼッタがカウンターの女性に短くそう告げる。
俺たちは治療院を出て、一度外の空気を吸った。
マーサのもとへ急ぐ必要がある。
「……あいつら、無事だといいな」
ロゼッタがポツリとこぼした言葉は、そのまま俺の胸の内でもあった。
ギルドの扉を勢いよく開け放つと、待合のテーブルで不安げな表情を浮かべていたミラとマーサの姿が飛び込んできた。
「見付けた!今二人は治療院だ!」
ロゼッタが荒い息を吐きながら叫ぶと、マーサの顔から血の気が引き、次の瞬間には涙目で「ありがとうございます!」と叫びながらギルドを飛び出していった。
その背中を見送ると、俺とロゼッタは顔を見合わせ、ようやく肩の力を抜いて椅子に崩れ落ちた。
「とりあえず一段落ってとこだな」
俺が背もたれに深く寄りかかると、ロゼッタが少しだけ視線を泳がせながら、俺をジッと見つめてきた。
「そうだな……おっさんは大丈夫か?」
「ん?俺か?怪我とか無いぞ」
「いや……そうじゃなくて……」
ロゼッタは言いにくそうに言葉を濁す。
彼女はしばらく俺の顔を伺うように見ていたが、そこにミラが近寄ってきて、深々と頭を下げた。
「お二人とも、本当にありがとうございました」
「構わない。いつも世話になっているからな。力になれてよかったよ」
「あとは二人が無事に回復してくれることを祈るだけだな……」
ロゼッタはそう言いながら、どこか遠くを見るような真面目な顔つきになった。
洞窟での緊張感が、ようやく心地よい疲労へと変わりつつある。
「ギルドからの報酬は出せないのですが、私から報酬は支払わせて頂きます」
ミラはそう言って、先ほどよりもさらに深く頭を下げた。
誠実な彼女のことだ、このままでは気が済まないのだろう。
「別に報酬とか気にしなくていいぞ」
「しかし……」
ミラは困ったように眉を下げ、どうすべきか言葉に詰まっている。
そんな硬い空気を察してか、隣のロゼッタがポンと手を叩いた。
「あ!そうだ!代わりに今度私達にお酒でも奢ってよ!」
「いいこと言うなロゼッタは」
俺はうんうんと頷き、その提案に賛同した。
「……ありがとうございます」
ミラは安堵の表情を浮かべ、優しく微笑んだ。
「では私は通常業務の方に戻らさせてもらいます」
小さく一礼すると、彼女はカウンターの中へと戻っていった。俺はロゼッタに向き直る。
「さて……俺達はどうする?」
俺の問いかけに、ロゼッタは大きく伸びをしながら答えた。
「今日はもうこれ以上働きたくないぞ私は……」
「俺もだ……」
口にした瞬間、それまでアドレナリンに隠れていた疲労が、どっと全身に押し寄せてきた。
緊張の糸が完全に解け、足に鉛でもついたような重さを感じる。
「じゃあさ。とりあえず呑みながら考えようぜ」
「それに乗った」
ロゼッタの提案に迷わず頷き、俺たちは重い腰を上げた。
ギルドの扉を再び押し開き、まだ明るさの残る午後の街へと足を踏み出す。
街の賑わいが、少しだけ遠く感じる。
あの騒がしい肉汁酒場まで、あと少しだ。俺たちは並んで歩き始めた。
酒場の扉を開けると、昼時ということもあり、店内は活気に満ちていた。
「いらっしゃい、カウンターどうぞ!」
忙しなく動き回る店主のキャンディスが、俺たちを見て声を飛ばす。
俺たちはその指示に従い、空いているカウンター席に並んで腰を下ろした。
「ビールと肉盛、二つずつ!」
席に着くが早いか、ロゼッタが声を上げる。
キッチンの方から「はーい!」というキャンディスの明るい返事がすぐに返ってきた。
「なぁ、おっさん」
ふと隣から声をかけられ、顔を向ける。
ロゼッタが俺をじっと眺めていた。その瞳と視線が合う。
「洞窟の時……あの魔力量は……」
俺は短く息を吐き、正直に答える。
「ああ、その話か。普段は抑えているんだ」
「……ずっとか?」
「そうだ。昔いろいろあってな……。抑えていないと、みんな怯えて話もできないんだよ」
「……おっさん。あんた、一体何者……」
ロゼッタのその問い掛けは、キャンディスによって、唐突に途切れた。
「はーい。ビール二つね」
キャンディスがカウンターへジョッキを二つ滑らせる。
ジョッキが木製のテーブルの上でカツンと音を立てた。
「あなた達ほんとに仲良いわね……今日もおやすみなの?」
忙しそうにしながらも、彼女は楽しげに俺たちを冷やかした。
「今日の仕事は終わり!あとは呑むだけだよ」
ロゼッタが屈託のない笑顔でキャンディスに返す。
「呑んでから、あとのことは考えるさ」
俺がそう付け加えると、キャンディスは「クスッ」と楽しそうに笑い、「ごゆっくり」と言い残してキッチンの奥へと戻っていった。
二人は無言のまま、ジョッキを軽くぶつけ合う。
一口含めば、液体が疲れ果てた喉を通り、身体の隅々にまで染み渡っていくのが分かった。
「……しがない旅人だよ。それ以上でも以下でもない」
俺はジョッキを見つめたまま、独り言のように呟いた。
「……いつかしっかり聞かせろよ?」
ロゼッタはそれ以上追求することなく、ビールをもう一口煽った。
「いつかな」
俺は短く答える。
二人は並んで座り、ジョッキのビールを飲み干していく。
騒がしい酒場の喧騒が、少しずつ心地よいBGMへと変わっていった。




