23#安心
昼食には遅く、夕飯には早すぎるこの時間帯。
店内は閑散としており、昼下がりの気だるい空気が漂っている。
カウンターに腰を下ろした俺の前に、キャンディスがビールを運んできた。
「今日はロゼッタちゃんは一緒じゃないのかしら?」
キャンディスが問いかけてくる。
「ロゼッタなら仕事だと思うが……どうかしたのか?」
俺はジョッキを受け取り、冷たい液体を喉へと流し込んだ。心地よい喉越しに、思わず小さく息が漏れる。
「最近はよく一緒に行動してるみたいだったから」
「確かにそうだな……」
思い返せば、この街に来てからの記憶は、ほとんど彼女の姿と重なっている。
「てっきりふたりはお付き合いされてるのかと思ってたわ」
その言葉に、俺は危うく口に含んだばかりのビールを吹き出しそうになった。
慌ててジョッキをカウンターに置く。
「……それは無い」
即座に否定すると、キャンディスは肩をすくめて、いたずらっぽくクスクスと笑った。
「あら。意外と合う二人だと思うわよ?」
彼女の視線が、どこか楽しそうに俺を射抜く。
「ロゼッタちゃんもたまに一人で来て、トールさんのこと話してますよ」
キャンディスの言葉に、思わず手が止まった。あの活発なロゼッタが、一体どんな風に俺のことを話しているのだろう。
「……悪口じゃない事を祈るよ」
「ふふ、そんなわけないでしょう。可愛くていい子ですよね」
「そうだな……」
俺はジョッキに残ったビールを煽り流し込んだ。
「ビールと……あとなにかあまり腹に溜まらないツマミを見繕ってくれないか?」
「はーい。ちょっと待ってて下さいね!」
キャンディスは慣れた手つきでジョッキを片付けると、奥のキッチンへと下がっていった。
一人になったカウンターで、ぼんやりと酒場の天井を眺める。
一人の時間は苦では無かった。と、いうか一人が当たり前だったからだ。
ここ最近はロゼッタがいる時の方が楽だ。
「はい。お待たせ」
キャンディスが明るい声と共に戻ってきた。カウンターの上に置かれたのは、彩り鮮やかで軽くつまめそうな料理の皿だ。
「ありがとう。肉汁酒場だけど野菜もあるんだな」
「確かにおふたりはいつもお肉だけでしたもんね」
キャンディスが楽しそうに笑う。
丸々と太った緑色の野菜をフォークで刺す。
一口かじれば、オリーブのような濃厚な油分が口の中に広がり、ビールの爽快な苦味を最高に引き立ててくれる。
「肉以外も美味いな……新しい発見だ」
「いくつになっても発見ってありますよね」
彼女がそう言った矢先、酒場の重い木の扉が勢いよく開け放たれた。
「あ!おっさんいたいた!」
入ってきたのは、薄い青色の鎧を身にまとったロゼッタだった。
「ロゼッタちゃんいらっしゃい」
「キャンディス、ビールね!」
ロゼッタは俺の隣にどかっと座り込み、慣れた様子で注文を入れる。
「はーい」
キャンディスが笑顔でキッチンへ引っ込むのを見送り、俺は隣のロゼッタに目を向けた。
「新しい鎧、いいじゃないか。青も似合ってるな」
「へへっ、前のやつより動きやすくていい感じだぞ!ほら!」
ロゼッタは嬉しそうに腕を曲げ伸ばし、鎧の可動域を見せびらかす。
その仕草には、年相応の無邪気さが溢れていた。
「これ見せたくて探したんだぜ、おっさん!」
「今日は依頼は受けてなかったのか?」
「たまには連休で、日の高いうちから呑んで寝るって日もありだろ?」
俺が今日、自分に言い聞かせていたのと同じ理屈だった。
あまりの思考回路の一致に、思わず吹き出してしまう。
「はい、ロゼッタちゃんビール」
ジョッキがカウンターに置かれる。彼女はそれを迷いなく掴むと、俺とジョッキを合わせて景気よく乾杯した。
「じゃあ、新しい鎧の門出と、最高の連休に乾杯だ!」
昼下がりの酒場で、俺たちは満足げにジョッキを傾けた。
「そういえばキャンディスもおっさんもロゼッタって呼ぶけど長くないか?」
ロゼッタはジョッキを空けながら、ぽつりとそんなことを言い出した。
「そうねぇ……『ロゼッタちゃん』って言い慣れちゃったから、私はあまり感じないけど……」
キャンディスは顎に手を当てて、少しだけ困ったように考えている。
俺も同様だ。
「俺もそうだな……出会った時からロゼッタだったからな」
「地元だと『ロゼ』って呼ばれることが多かったからさ。なんか『ロゼッタ』だと、今でもちょっとくすぐったいんだよ」
ロゼッタは小難しい顔をして、カウンターにだらりと体を預けた。
「だからおっさんも、ロゼって呼んでいいぜ」
「急には無理だろ……ロゼッタに慣れてるからな」
「じゃあ早くロゼに慣れろ!今から100回ロゼって呼べ!」
「なんでだよ!……まぁそのうちロゼって呼ぶさ」
「気長に待ってるよ!あ、キャンディス!肉盛りちょーだい!」
「はーい!」
キャンディスは俺たちのやり取りを微笑ましく眺め、クスクスと笑いながらキッチンへと下がっていった。
「なぁなぁ!私の肉盛りとおっさんの野菜、半分こしようぜ!」
「いいな。実は野菜だけだと、ちょっと物足りなかったところだ」
二人は顔を見合わせ、まるで悪巧みでもするようにニヤリと笑った。
日が沈まぬうちに始まったこの晩餐会は、どうやらまだまだ続きそうだ。




