21#音楽
屋台が立ち並ぶ通りは、肉や魚が焼ける食欲をそそる香ばしい匂いで満ちていた。
人々の活気もあってか、この場所だけで胃が鳴り出しそうだ。
「ロゼッタのおすすめはなんだ?」
「そうだな……やっぱり肉だな!」
ロゼッタはニカッと笑うと、真っ直ぐに串焼きの屋台へと向かった。
近づくにつれ、立ち込める脂の匂いが一層強くなる。
「今日はボアみたいだ。おっさんやったな!」
「……ロゼッタの中で、俺はよっぽどボア好きのイメージになってるな」
苦笑しつつ屋台の看板を見上げると、文字が書かれている。
2種類あるようだが、1本銅貨5枚という価格設定だけはなんとなく読み取れた。
「メニューが2種類あるのか?」
「スパイスありと無しだな」
ロゼッタが俺の疑問に即座に答えてくれる。
どちらも気になる。スパイスの効いた野性味溢れる味も捨てがたいし、肉そのものの旨味を味わえる塩焼きも外せない。
「悩むな……どちらも美味そうだし」
「それなら1本ずつ買って、途中で交換するか?」
「そうするか」
どちらも食べてみたかった俺は、彼女の提案をありがたく受け入れた。
「親父、スパイス有り無しで1本ずつ!」
ロゼッタが手際よく注文を済ませると、焼きたての串が二本、俺たちの手元に差し出された。
受け取った串から立ち昇る熱気に、空腹がさらに刺激される。
俺たちは並んで屋台のすぐ近くに立ち、早速その一つにかぶりつくことにした。
まずはスパイス無しの方から俺はかぶりつく。
「ん!塩だけなのに充分美味いな」
「スパイスありもいけるよ」
熱々のボアの肉を口に運び、二人で顔を見合わせながら頬張る。
普段、大剣を背負って険しい表情で魔物を追い詰めている姿とはまるで別人だ。
戦場を離れ、こうして屋台で買い食いをしていると、ようやく彼女も年相応の女の子なのだと実感する。
「はい!半分食べたからそっちちょーだい」
ロゼッタが俺の顔の前で、食べかけの串をひょいと突き出してきた。
「いいぞ」
俺も半分ほど平らげた塩焼きの串を差し出し、互いに交換する。
スパイスが肉の脂をキリッと引き締めていて、先ほどとは全く違う美味さが口の中に広がった。
「美味いな!スパイスが聞いてるとまた違った味わいがくるな」
「だろ?交換してよかったな」
並んで屋台の熱気と賑わいを感じながら、気取らない昼食を楽しむ。
「ロゼッタはどっちが好きだった?」
「んー……悩むな……」
ロゼッタは顎に手を当てて、先ほどまで食べていた肉の味を反芻するように唸っている。
「おっさんも教えろよ。あ、じゃあせーので言うか?」
「いいな。よし。せーの」
「「スパイス無し!」」
二人は声を揃えて言い、顔を見合わせて笑った。
やはりシンプルに肉の旨味を味わえる方が、二人とも好みだったらしい。
「すまない、スパイス無しをもう2本くれ」
俺は笑いをこらえながら屋台の店主にそう告げると、腰袋から銅貨を10枚取り出して支払った。
「あいよ!」
店主が手際よく新しい串を焼き上げてくれる。芳ばしい煙に再び包まれ、出来たての串焼きを二本受け取ると、俺たちはまた並んで肉を頬張った。
炭火の匂いと、焼き立ての熱。
昼下がりの穏やかな日差しの中で、他愛のないことで笑い合えるこの時間は、今の俺にとって何よりも贅沢なもののように思えた。
「さて。そろそろ腹も膨れたし帰るか」
「そうだな」
ロゼッタの短い返事と共に、俺たちは屋台街を背にして歩き出した。
向かう先はお互いの宿がある方向だ。
自然と足並みが揃い、心地よい沈黙が流れる。
「色んな屋台があるもんだな」
「肉以外も結構美味しいんだよな。また今度食べにこようぜ!」
ロゼッタは顔をほころばせ、嬉しそうに笑った。
街の中心にある大きめの広場を横切ろうとした時、ふと空気が変わった。
どこからか軽やかで美しい音楽の音色が流れてきたのだ。
洗練された旋律に乗せて、朗々とした歌声も響いてくる。
人だかりの隙間から、リュートを抱えて演奏する男の姿がちらりと見えた。
どうやら吟遊詩人が即興の公演でも行っているらしい。
「なぁおっさん。ちょっと聴いてこうぜ!私、好きなんだよ」
ロゼッタは俺の腕を掴み、迷うことなく人混みへと引っ張っていく。
「音楽が好きとか、意外だな」
「音楽はいいぞ!私は弾けないんだけどな」
彼女は照れくさそうに笑いながら、人混みの最後尾に並んだ。
楽器の音色と人々のざわめき。
広場に響く歌声はどこか懐かしく、そして不思議と心に染み入るものがあった。
リュートの奏でる旋律は、古の冒険譚をなぞるように美しく、そしてどこか切なく俺の胸に響いた。
聴いたことのない曲だが、不思議と郷愁を誘う。
俺は微動だにせず、男の歌声と楽器の響きに耳を澄ませていた。
やがて最後の音が空気に溶けるように消え、広場を盛大な拍手が包み込む。
ロゼッタも同じように俺の腕から手を離し、熱心に拍手を送っている。
次第に人だかりが散り始め、喧騒が戻ってきた。
「いやー……やっぱり音楽っていいな」
ロゼッタは、まだその音色の余韻の中にいるような顔で呟いた。
「いいもんだな。最高の休日だ」
俺が素直に感想を口にすると、ロゼッタがじっと俺の目を見つめてきた。
「どうかしたか?」
「……このまま帰るのもったいなくね?」
彼女は少しだけ頬を染め、恥ずかしそうに視線を泳がせた。
「……じゃあ、1杯だけ呑んで帰るか?」
そう言った瞬間、彼女の顔がパッと輝くように明るくなった。
「よし!肉汁酒場いこうぜ!」
ロゼッタは叫ぶと、待ちきれないとばかりに酒場の方角へ駆け出した。
「走ると転ぶぞ」
「転ばねーよ!」
彼女は振り返って笑いながら、呆れたようにツッコんでくる。
緩やかな時間の流れ。
新しい服の襟元を正しながら、俺は小走りで先行く彼女の背中を追った。
今夜は、美味い酒が呑めそうだ。




