16#親子
「構わないが……何か目的があるのか?」
俺が尋ねると、男の表情がパッと明るく輝いた。
「じ、実は僕、先日冒険者になったばかりなんです。でも、薬草集めの依頼で失敗してしまって……」
「薬草集めに失敗とかあるのか?」
いくらなんでも薬草を摘むだけで失敗するとはどういうことだ。
俺が訝しげに問いかけると、男はバツが悪そうに肩をすぼめた。
「はい……というよりは、魔物と遭遇してしまって、怖くなって逃げ帰ってきてしまったんです」
なるほどな。
やはり戦いには慣れていないようだ。
「それで、誰かとパーティーを組んで薬草を集めたいってことか?」
「は、はい。ギルドでも何人か声をかけたのですが、誰も組んでくれなくて……」
無理もない話かもしれない。
昨日冒険者ギルドで見た冒険者達では、薬草集めという低ランクの仕事をわざわざ請け負う冒険者はいなかったように見えた。
ふと、昨日酒場で見たロゼッタの姿が脳裏をよぎる。
確かに彼女のような猪突猛進タイプが、草原でちまちまと薬草を摘んでいる姿は想像しがたい。
「俺もこの辺りは不慣れだ。君さえよければ一緒に行こうか」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! 僕、名前はアレンといいます!」
「俺はトールだ。よろしくな」
アレンと名乗った少年は、飛び上がるほど嬉しそうな顔をして深々と頭を下げた。
十代半ばくらいか。
俺が魔王と対峙した歳に近い。
なんだか懐かしい気もするな。
二人は南門を抜け、緩やかな傾斜の続く草原を横並びに歩いた。空は高く、心地よい風が吹き抜けていく。
「受付嬢から聞いたのはこっちの方に群生地があるみたいだが……場所わかるか?」
「は、はい。わかりますけど……あそこ、森に近くてたまに魔物が出るって有名で……本当に大丈夫ですか?」
アレンはしきりに周囲を警戒し、心なしか足取りもおどおどとしている。俺は軽く肩をすくめて答えた。
「大丈夫だ。なんとかなる」
「は、はい!」
その短い一言に、アレンは頼もしいものを見るような眼差しを向けた。
瞳がキラキラと輝いている。眩しい。
「アレンは、なんで冒険者ギルドに入ったんだ?」
「そうですね……手っ取り早くお金を稼ぎたかったから、というのが一番の理由です……」
「なにか欲しいものがあるのか?」
俺の問いかけに、アレンはわずかに表情を曇らせ、しかしすぐに真っ直ぐな目で俺を見た。
「い、いえ。実は母が体調を崩してしまって……薬代や生活費がどうしても必要なんです。早く良くなってほしくて……」
親を想う真っ直ぐな気持ち。
アレンの言葉に、俺は一度黙って空を見上げた。
少し歩くと草原地帯が目に入ってきた。
草原へと足を踏み入れると、そこには受付嬢が言っていた通り、緑の葉が密生する一帯が広がっていた。
奥には鬱蒼とした森の入り口が黒々とした影を落としており、いかにも魔物が潜んでいそうな雰囲気を醸し出している。
「おぉ。ここっぽいな。さて集めるか」
「そうですね」
俺たちはしゃがみ込み、地面に生えている薬草に手を伸ばした。
「アレン。あまり俺から離れるなよ」
「は、はい!」
アレンは緊張した面持ちで頷くと、手慣れた様子で薬草を根元から摘み取っていく。俺もそれに倣い、適当な株を一つ手に取ってみた。
「……アレン。これでいいのか? 薬草って」
「は、はい。間違いなくそれですよ。何かありましたか?」
アレンは不思議そうにこちらを覗き込んでくる。
「いや、久しぶりに見るもんだからな……。正直、形とかうろ覚えで、本当に合っているか自信がなくてな」
正直にそう告げると、アレンは驚いたように目を丸くした。
聖の魔力がある俺は、苦手だが回復魔法も多少使えた。
自分で野草を摘んで傷を癒すような経験は、俺にはほとんどなかったのだ。
「トールさん、強そうなのに意外ですね。でも大丈夫ですよ、このギザギザした葉っぱが特徴で、触ると少しだけ冷たいのが本物の証ですから」
アレンは屈託のない笑顔で、見分け方を教えてくれた。
「そうか。助かるよ」
俺はアレンの言葉に頷き、再びその冷たい感触を持つ葉を探して地面に視線を落とした。
黙々と地面を這い、薬草を摘み取る単調な作業が続く。
日差しが強まり、額にじわりと汗が滲む。
しばらく経ち、持ち寄った袋の中身はすでに半分を超えていた。
これだけの量があれば依頼としては十分だろう。だが、アレンは疲労の色を見せつつも、まだ手を止める気配がない。
少しでも多く稼ごうという切実さが伝わってくる。
「アレンの父親は……冒険者ギルドにはいないのか?」
ふと気になり、俺は作業の手を止めずに尋ねた。
アレンは膝をついた姿勢のまま、汗で前髪を濡らした顔をこちらに向ける。
「父親は……僕がまだずっと小さい頃に、死別しました」
「そうか……それは悪いことを聞いたな」
俺の言葉に、アレンは少し困ったように小さく首を振った。
「い、いえ、全然そんな……!正直、小さすぎて父親の顔や声も全然覚えていないんです。だから、あまり悲しいとかはないんですよ」
「……そうか。俺も親とは色々あったから、なんとなく気持ちはわかるよ」
まぁ、俺の場合は両親の離婚だったから理由としてはそこまで重くないが……
「母親は、息子がこんなに立派に育ったことを嬉しく思っているだろうな」
俺が真剣な面持ちで伝えると、アレンは面食らったように目を瞬かせ、やがて顔を真っ赤にして俯いた。
「そ、そんな……!全然僕なんか……まだ何もできていないし、失敗ばかりで……」
彼は照れくさそうに、しかしどこか誇らしげな笑顔を見せた。
「……あ、あの!トールさん、ありがとうございます!……その、僕、もっと頑張ります!」
アレンは再びやる気を取り戻したように、また黙々と薬草を集めだした。




