12#豪火
「おぉ!おっさん!運がいいぞ!ちょうど畑の農作物を食事中のようだ!」
ロゼッタが声を弾ませる。視線の先、荒らされた畑には、三体のボアがそれぞれ少し距離を置いてノソノソと作物を物色していた。
「三体で群れなのか?」
俺は小声でロゼッタに確認する。
「群れはもっと多いな。はぐれ個体が寄り集まって、小さな群れを作ったような感じだろうな」
なるほど。
勇者パーティーから離れた俺と、リュウとサキみたいなもんか……いや、それは少し違うか。
「さておっさん。どうする? 三体全部おっさんが倒せるか?」
ロゼッタの挑発を含んだ問いに、俺は軽く肩をすくめた。
「倒せるが……ロゼッタの剣技も見てみたいんだよな」
俺はロゼッタの背に負われた大剣をチラリと視界に収める。
「じゃあ私が一体倒すよ。あいつら売られた喧嘩は絶対買うから、仕掛けりゃ突っ込んでくる。残りの二体をおっさんに任せていいか?」
「よし。それでいこう」
ロゼッタはニヤリと不敵に笑うと、背から大剣を引き抜き、構えた。
獲物を狙う狩人の瞳だ。
最初の一体に向けて大地を蹴る。
俺もまた、機を逃さぬよう、ある程度の距離を保ちながら彼女の背を追って踏み出した。
ロゼッタは重さを感じさせない軽やかな足取りで高く跳躍し、大剣を真後ろまで大きく振りかぶった。
その刃に、紅蓮の炎が渦を巻くようにまとわりつく。
「豪火裂破灰燼斬!!!!」
彼女が叫ぶと同時に、大剣が唸りを上げて振り下ろされた。
空気を切り裂く轟音と共に、ボアの頭と胴体は抵抗することさえ許されず、真っ二つに両断される。
着地の衝撃で地面の土が爆発したかのように四方八方へ飛び散った。
「派手な技だなー……」
土煙の向こうで堂々と立ち尽くすロゼッタを眺めながら、俺は思わず苦笑した。
静寂は一瞬で終わりを告げた。
残された二体のボアが仲間の死を察知し、鼻を鳴らしながら異常なまでの敵意をこちらへと向けてくる。
巨体が地響きを立てて突進の体勢に入った。
「おっさん! 残りは任せたぞ!」
大剣を軽々と肩に担いだロゼッタが、こちらの戦闘を観覧するような余裕の足取りで歩み寄ってくる。
「任せとけ」
俺は短く答えると、腰に差した刀の一つ、シルラの柄に静かに手をかけた。
一体が先ほどよりも勢いよく突進してくる。地響きが足の裏に伝わるが、俺の意識は凪のように静まり返っていた。
身を屈ませ、鞘に収めたシルラの柄に指をかける。
「天魔無碍流――一刀居合『線』」
視界が真っ白に染まるほどの加速。ボアの横をすれ違うその一瞬、閃光が宙を舞った。
俺が足を止めた直後、背後で重い轟音を立ててボアの巨体が倒れ込む。
断ち切られた上半身が、慣性の法則に従ってずるりと前方へ滑っていった。
だが、休む暇はない。
残る一体は、俺の動きを完全に捕捉したかのように、鋭い牙を向けて眼前まで迫っていた。
「めっちゃ怒ってるな」
俺はシルラを鞘に収め、空いた左手で腰のもう一刀、カルラの柄を掴む。
二つの鋼が奏でる音色が、五百年の時を経て俺の鼓動と完全に同期した。
「うん。やっぱ二刀は馴染むな」
眼前に迫るボアの熱い息遣い。
牙の先が鼻先をかすめるような超近距離にあっても、俺の視線はあくまで「のんびりと」対象を捉えていた。
「天魔無碍流――二刀『流』」
ボアの突進速度に合わせ、俺はカルラを滑らかに振り抜いた。
カルラが空を薙ぐ。
シルラが空を紡ぐ。
突進してきたボアの巨体を、紙一重で身をかわす。
風を巻くような動きに翻弄されたボアは、強烈な急ブレーキをかけ、土を盛大に跳ね上げながらようやく停止した。
「終わったぞ、ロゼッタ」
俺がそう告げると、背後でロゼッタが声を荒らげた。
「バカ! まだ生きてんだろ!」
彼女が焦った様子で大剣を構え直す。
だが、その直後だった。
止まったボアの巨体は、まるで深い眠りに落ちたかのように、ふらりと横へ倒れ込んだ。土煙が周囲を覆い、静寂が戻ってくる。
俺は静かに二振りの刀を鞘へ収めた。
「ほらな」
ロゼッタの方へゆっくりと歩み寄る。
彼女は開いた口が塞がらないといった様子で、大剣を握りしめたまま呆然と立ち尽くしていた。
「おっさんめちゃくちゃ強いじゃないか!」
大剣を背中に担ぎ直し、興奮気味に詰め寄ってくるロゼッタ。
彼女の瞳には、先ほどまでの「弱者への扱い」はもうない。
強い好奇心が宿っていた。
「なんで今まで冒険者ギルドに登録してなかったんだよ! これだけの腕があれば、どこの街でも引っ張りだこだったろうに!」
ロゼッタが豪快に肩をバンバンと叩いてくる。あまりの勢いに苦笑しつつ、トールは適当に言い繕った。
「いろいろあってね。しばらくは……まぁ、別の仕事をしてたんだ。仕方ないだろ」
サラリーマンという概念を説明するのも面倒だし、理解もされないだろう。
「戦うのは随分久しぶりだからな」
「久しぶりでこれかよ! 凄すぎんだろ!」
言われてみて、トール自身も少し驚いていた。感覚は鈍っていると思っていたが、死線を越えた肉体の記憶は、魂に深く刻まれていたらしい。
「さて……こいつら食うか?」
「バカ! ダメだよ! 依頼で倒した魔物は基本ギルドに帰属するんだから!」
ロゼッタの鋭いツッコミに、トールは小さく溜め息をついた。
こいつらの肉は、火で炙って塩を振るだけで絶品だった記憶があるんだがな。
少しばかり残念に思いながら、横たわるボアの死骸を眺める。
「私はザッカスの村長に討伐完了の報告をしてくるから、ちょっと待っててくれ。死体の回収係が来るはずだからさ」
「わかった。頼む」
ロゼッタはそう言い残すと、村の家々が並ぶ方向へ軽やかに駆け出していった。
残されたトールは、農場の壊れていない柵に背中を預け、ふぅと息を吐く。
静かになった畑には、ボアの突進で荒らされた土の匂いと、微かな風の音が残っている。
「腹減ったな……」
報酬を受け取ったら、まずは腹一杯食える店を探さなければならない。
空を見上げ、村長宅へ向かったロゼッタが戻るまでの時間を、静かにやり過ごすことにした。




