10#牡丹
「これは……」
受け付け嬢は水晶をジッと見詰めている。
「魔力量はBランク程度ですね。ただ性質が……」
受け付け嬢は言いにくそうに口ごもる。ロゼッタも水晶をジロジロ見ている。
「聖と魔。二極の属性ですね」
「……対極者か。気の毒だなおっさん」
ロゼッタはさも残念そうな顔で俺の肩に手を置いた。
「まぁ、仕方ないさ」
俺は呟いた。
この世界の魔力性質は7大属性で分けられる。
火、水、風、雷、土、聖、魔。
ある程度複数属性を扱える者は才覚があるとされる。
だが聖と魔だけは別だ。
対極の力は互いを打ち消し合い、中途半端な力しか発揮できない。
だから対極者はハズレと呼ばれる。
こういう反応も懐かしいな、とトールは心の中で苦笑した。
サラサラと音を立てて最後の記帳を終えると、受け付け嬢は表情を改め、笑みを浮かべた。
「では、登録は以上となります。ギルド証は明日にでも発行しますので、また明日の朝、こちらへお越しください」
「今日は依頼を受けられないのか?」
トールが問うと、受け付け嬢は困ったような笑みを浮かべた。
「ギルド証が発行されるまでは、正式な冒険者としてのお仕事は受けられない決まりなんです。ですが、明日になれば冒険者として登録されたものとして、Fランクの依頼から受注可能です。Eランクの依頼までなら、今すぐでも紹介できますよ」
その言葉に、トールはふと懸念を口にする。
「Eランク……例えば、ワイバーン退治くらいならどれくらいのランクになる?」
「そうですね……個体数や被害状況にもよりますが、Cランクは堅いでしょう。高いとBランクになることもあります」
あまりロクな依頼を受けられそうにないと、トールは小さく息を吐いた。
それよりも問題なのは、今日の宿代や飯代すら無いという現状だ。
「おっさんさえ良ければ私が依頼受けて、稼ぎは折半するか?」
隣で聞いていたロゼッタが、悪戯っぽく笑いながら提案してくる。
「いいのか? それなら助かるが……」
「おっさんがどんな戦いするのか見てみたいからな」
ロゼッタはニカッと笑った。
「ロゼッタさんはBランク冒険者ですので、今すぐ受けられる依頼となると……」
受け付け嬢は、カウンターの奥から分厚い帳簿を引き寄せると、パラパラと慣れた手つきでページをめくり始めた。
「ザッカスの村に出現したボア退治がありますね。Cランクですがどうされますか?」
「いいね、おっさん。ボアならいけるか?」
ロゼッタにそう問われ、トールは眉を寄せた。
「ボアってなんだ?」
その瞬間、ギルド内の空気がピタリと止まった。受付嬢が呆気にとられたように口を半開きにし、ロゼッタは「はあ?」と耳を疑うような顔でトールを見つめている。
「……あの、トール様。ボアというのはですね」
受付嬢が気を取り直すようにして、丁寧な口調で説明を始めた。
「とても大きなイノシシのような魔物です。基本は森の中で群れで暮らしているのですが、たまに農村地帯付近に住み着くはぐれ個体が現れるんですよ。突進の威力は凄まじく、Cランクの討伐対象としては一般的です」
説明を聞きながら、トールは深く記憶の底を辿った。
『巨大なイノシシ』という言葉が、脳裏の断片的な戦闘記録を呼び起こす。
「あー……昔、似たようなのは斬ったことがあるな」
トールは、かつて山脈を越える際に幾度となく刃を交えた、巨大な獣の姿を思い出していた。
「おっさん……無理すんなよ」
「強がってるわけじゃないからな!」
しまった。つい素でツッコミを入れてしまった。
「まぁ最悪私一人でもなんとかなるから、おっさんは気負わなくてもいいぞ」
「頼りにしてるよ」
「では、ロゼッタさんで受託しておきますね」
受付嬢が手早く書類を仕上げる。
「さて、おっさんいくよ」
ロゼッタは俺の反応などお構いなしに、軽やかな足取りで出口へと向かっていく。
俺は呆れ半分、苦笑い半分で、その後ろ姿を追いかけた。




