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第二話 上篝閃③

「なんですか……これ……」


その球根は苦悶の表情を浮かべた人の頭だった。

昔映画で見た干し首というやつに見える。

気持ち悪い。

みぞおちの辺りがつかえるような感覚。

今にも胃酸が逆流してきそうだ。


「あッ……ワ、ワタシにそれを近づけないで」


目を手で覆った雨久さんがそう言った。

私にも近づけないでほしい。


「それ……人の首……だよね?」

「だろうね!!私はそうかもと思って引き抜いたから問題ないが、みんなは大丈夫かね?」


秋冬さんの問いに意気揚々と答えた上篝さんがそう言う。

分かっていたなら私達にもぜひ先に教えておいて欲しかった。

言ってくれればもう少し覚悟が出来ていたものを……。


「大丈夫ではない……。けど、話は進展したのかしら?」


相変わらず目を閉じたままの雨久さんが問う。

ちらっとたまに顔を覗かせてはううっ、と呻き再び手で顔を覆っている。


「うーむ……。これは要するに生贄だろうね」


髪をくるくるといじりながら上篝さんが続ける。


「なんというか……花に魂を吸われた、というのが一番近いだろうね」

「花に魂を?」

「そうだ。日記帳の主が邪神の餌にするために、この持ち主の魂を吸い取る花を大量に植えたってところだろうね!!」


根拠はないが、と言い添える。

それでも干し首のような球根を実際に目の当たりにした今となっては、説得力のある答えではある。


「日記帳の主が今どうしているかは三択かな。その一、新たな生贄を求めて次の場所に旅立った。その二、どこかで誤って同じように球根になった。その三、私達が気がついていないだけでまだ近くにいる」


なんとも嫌な三択だ。


「その一は花が適当に残されている時点で可能性が低いと思う。可能性が高いのはその二かその三だろうね!!」

「『それ』、そろそろ下ろしてくれない?」


雨久さんが上篝さんが掲げている球根を指してそう言う。

口を挟みづらかったが、私もぜひそうしてもらいたいと思っていた。


「あぁ、すまないね!!とりあえず戻しておくか」


引っこ抜いた位置に花を戻す。

その感じで戻していいんだろうか。

その時、ボーンと大きな鐘の音が響き、それと同時に地面が大きく揺れた。

思わずその場にしゃがみ込む。

揺れはすぐに収まったが、鐘の音がした方角に大きな影が二つゆらめいていた。


「白、見えたりする?」


秋冬さんに聞かれた。

こういう時こそ私の能力の使い所だ。

鐘の音がした方角を集中して見る。

二つの大きな影は痩せこけた成人男性ほどの背丈に角と先が尖った尻尾、蝙蝠のような翼が生えており、まるで悪魔のようだ。

そして顔があるはずの場所には何もない。


「顔のない悪魔……?みたいな感じに見えます」


更に注視して見ると悪魔のうちの一体の腕には人間の女性がいる。

女性は気を失っているのかぐったりしている。


「女性が捕まってます!!」


三人に伝える。


「さっきの家の家主だろうか」

「となると、助けた方がいいかに疑問が生じるわね」


雨久さんのいう通り、家主であったとしたら街の人達を軒並み花に変えた危険人物の可能性がある。

悪魔であっても連れて行ってもらった方が安全な気はする。

それでいいのかという問題はあるが。


「花から人に戻す方法とか知ってたりしないかな?」


秋冬さんの言葉に私を含めた全員がハッとなる。


「なるほど。それを知っているかもしれない以上、助けないわけにはいかないというわけか!!」

「それは……そうね。行きましょう」

「はい!!」


悪魔が見えた方へ走り出す。


「任せて。先行する」


秋冬さんの背中に黒い竜の翼が現れる。

あっという間に空へ駆け上がり、目的地の方向へ飛び立って行った。


「春晩夏くんは優秀だね!!私達も急ぐとしようじゃあないか」


上篝さんの言葉に頷く。

私は体力は貧弱、足の速さもどちらかといえば遅い方だ。

だが、この場面で死力を尽くして走らないほど心は弱くないつもりだ。


「ワ、ワタシ、もうッ……ムリ……。お、追い付くッ、から、先に行って……!!」


いくらか走った地点で雨久さんが根を上げる。

明らかに息が上がっており、ゼエゼエと苦しそうだ。

走れなくなっているようだが、それでも歩みは止めていない。

色白で華奢な身体から想像するに、やはり体力はあまりない方なのだろう。

それでも頑張っている姿には胸を打たれるものがある。


「分かりました。待ってますからね!!」

「す、すぐに、追い付くわッ……」


秋冬さんが悪魔と交戦を始めた。

二対一だが、それでも押されている様子はない。

交戦から恐らく三分程度経過した後、私と上篝さんが交戦地点へたどり着いた。

ちょうどその時、私達の前に交戦していた悪魔のうち一体が地面に叩きつけられてきた。

秋冬さんが橙色に煌々と輝く炎を纏った足で悪魔に踵落としをしたのだ。

落ちてきた悪魔はまだ動いているが、かなりダメージを負っている様子だ。


「寧崎くん!!囲んで棒で叩くぞ!!」


上篝さんがその辺の草むらに転がっていた太い木の棒を投げ渡してきた。

そして、木の棒を振り下ろした。

悪魔にダメージを与えられているようで叩かれるたびに痙攣をしている。

私も上篝さんに加勢すべく同じように木の棒を無我夢中で振り下ろし続ける。


「動かなくなったね……。もう一体はどうかな?」


上空を見やるとちょうどもう一体の悪魔が降ってきた。

衝撃音と共に落下してきたそれを同じく上篝さんと袋叩きにする。


「お待たせ……ッ!!これは……ハァハァ、どういう状況……?」


遅れて駆け寄ってきた雨久さんが困惑している。


「すまないねッ!!そっちの伸びてるやつを見張っててくれるかい!?」

「え?えぇ……」


木の棒で悪魔を殴り続けている私達にやや困惑気味の雨久さんが頷いた。


「もう動いてないよ」


いつの間にやら私達のそばに降り立っていた秋冬さんが言った。

その言葉で私達は木の棒を振る手を休めた。


「この……悪魔?は何なの?」


雨久さんが言う。


「分からんね。『直感』を使うか。疲れるんだが致し方ない!!」


上篝さんがスッと目を閉じる。


「『鍵』……?こいつら何かしらの鍵を持ってるらしい!!」


悪魔を改めて見やる。

確かに首から長い紐でネックレスのようにかけられた鍵がある。

紐は乾燥した植物の蔓で作られているようで力を込めれば素手でも千切れそうだ。


「ありました!!でも、どこの鍵なんでしょうか?」

「民家のものでは無さそうね」


秋冬さんが何か閃いた様子でポンと手を叩いた。

大人びた雰囲気なのに時折見せる子供っぽい姿が可愛らしい。


「あの塔かも。ほら、あっちにある」


秋冬さんが指差す方には灯台のような塔があった。


「他にそれっぽい建物は無いし可能性は高いね。そう離れていないし行ってみようじゃあないか」


上篝さんが鍵を紐ごとむしり取った。


「その前にあの女性は?」


雨久さんが聞く。

言われてみれば確かに姿が見えない。


「私が着いた時には既にいなかったよ。上空から見てみたけど近くにはいなさそうだった」


秋冬さんが言う。


「うーむ……?消えたということか?」


上篝さんが髪を指でくるくるといじりながら考え込んでいる。


「自力で家に帰ったとか?どうやって、とか聞かれると困るのだけれど」


雨久さんが指を顎に当てて小首を傾げる。

白いふわふわの髪が風に靡いている。


「この状況で家に帰るかな?」

「この状況だから帰ると思うの。あの家の家主は日記帳を見るに目的は達していて後は時を待つのみって雰囲気だったでしょう?少なくとも他にやることがあるっていう様子は無かったもの」

「なるほど!!雨久くん、君も探偵に向いているかもね!!」


上篝さんの言葉に雨久さんが無言でジトーッとした視線を返す。


「よし、では先ほどの家に行こうか」


今度は歩いて先ほどの家に戻る。

全力疾走したせいで疲れている気がする。


「これは……」

「さっきは無かったね」


家の脇には先ほどまでなかった赤い絵の具のような花が咲き誇っていた。

これはきっと……。


「因果応報ってやつかな。それとも彼女が望んだことか……」


少し寂しそうに上篝さんが言った。


「行こうか。そろそろ夜になる。夜になれば干し首だらけの街にはグールが収穫に来るだろうからね」


上篝さんが冗談めかしてそう言う。

実は冗談ではなく本当だったりするのだろうか。


「きっとこの鍵で入ってきた扉に帰れるぞ!!私の『神がかり的な直感』がそう言っているからね!!」


雨久さんがふふ、と薄く笑った。

釣られて私も少し笑う。


「じゃあ行こうか。塔はすぐ近くだよ」


秋冬さんが先導する。

私達三人も頷き、塔へ向かって歩みを進める。

塔に着くと上篝さんが悪魔から奪った鍵を扉の錠前に差した。

カチャリと錠が回り扉が開いた。

そこには来た時と同じオーロラの膜がある。


「では帰ろうか!!凱旋だね!!」


上篝さんがまたしても雨久さんの手を引き扉をくぐる。

今度は雨久さんも嫌がる様子はない。


「私達も行こうか、白」


秋冬さんが私の手を取った。


「はい!!」


そうして二人でオーロラの膜をくぐり抜ける。

くぐり抜けた先にはやはり私達が入った扉があった。

無事に帰ってこられたのだ。

帰ってきた先も知らない場所であるが、ひとまず無事であることに安堵する。

秋冬さんを見やると、こちらに視線を向けていた。

そして、薄く笑みを浮かべて「戻ってきたね」と優しく言った。


こうして私たちは第一の扉を踏破したのであった。



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