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第一話 深淵への扉②

「良かった……。私の身体がおかしくなっちゃったのかと思ったから……」


秋冬さんがほっとした様子で弱音を溢した。

細い腕にオレンジ色の美しい髪が巻きつき、弱々しく痛々しいのにそれでいてどうしようもなく色っぽく見える。

同性の私でこの感想を抱くのだから、異性であればみんな秋冬さんのことを好きになってしまうだろう。

何だか分からないが他の人に秋冬さんのこの姿を見せたくない。

会ったばかりなのにこの感情はなんなのだろうか。


「ど、どうしたの?」


突然自身に背を向けてオオアリクイの威嚇のようなポーズをとった私に秋冬さんが困惑している。

だがそんなことは関係ない。


「オオアリクイの真似をしているだけです!!秋冬さんは気にしないでください」


苦しい言い訳だが、勢いで押す。

押せているかは分からないが、やってみなくては分からない。


「えっ……。そうなんだ……?」


明らかに腑に落ちていなさそうだが、ゴリ押しには成功したようだ。

幸いみんな隣や近くの人同士で話し合っていてこちらを向いている人は少ない。

だが、何人かは怪訝な目でこちらを見ている。

秋冬さんを見るなと念じながら威嚇を続ける。

思いが通じたのか、それとも私を奇人変人の類だと思ったのかは分からないが、みんな秋冬さんではなく私を見ているように思う。

正しくはちらっと見て、すぐに目を逸らしている。


「十分経ったな。では、今後どうするかを決めよう」


時計塔さんもちらっとこちらを見たが、怪訝な表情をしてサッと視線を逸らした。

流石に恥ずかしくなってきたのでオオアリクイの真似をやめた。


「とりあえず、ここを探索しようと思う。異議のある者は?」


手は挙がらない。


「よし。二人一組で探索しよう。最初に一緒にいた者と組んでくれ」


どうやら他の人達も私と秋冬さん、宝条さんとココットさんのように扉毎に二人でいたようだ。

秋冬さんと一緒というのは嬉しい。


「ここが三階まであることは先程確認した。三階は私と安丹(アンデン)、宝条と最川で調べよう。二階はシヲとスヲウ、春日井(カスガイ)百田(ヒャクタ)。あとの四人は一階を調べてくれ」


時計塔さんの指示を受けて各々指定された場所へ移動する。

私と秋冬さんは一階なので、階段を登る必要が無くて楽でありがたい。


「ヤアヤア、キミたちも一階の探索だよね?」


ウルフカットの薄い茶髪と山吹色の瞳が印象的な彼女は上篝閃(カミカガリヒラメ)さんだ。

話し方や動きもやたら大仰だが、不思議と様になっている。


「ワタシたちは向こうから。アナタたちはこちらから順に調べていくので構わない?」


白いふわふわのロングヘアと深い真紅の瞳、そして低めの身長がまるで人形のように愛らしい女性――雨久逆(アマヒササカサ)さんが提案する。


「はい。大丈夫です」

「問題ないよ」


否定する理由も無かったので肯定する。

建物右突き当たりまで移動し、一番右の扉から調べていく。

一番右の扉は扉自体は木製、そこに金属製で捻るタイプのノブが付いた普通のドアだ。

窓など中が窺えるものは付いていない。

そして扉の上部にはローマ数字で「十二」と記されている。


「十二ってなんだろうね?」

「うーん……謎ですね……」


秋冬さんも気になったようだが、十二が示すところはてんで分からない。

先を調べれば分かるだろうか。


右から二番目の扉も数字以外の扉の外観は同じだった。

数字は三と記されている。


「音はやっぱり何もしません。匂いとかもありませんね」


扉に耳をつけて見るがそれでも音は聞こえない。

ドアノブを回そうとしても扉が開くどころかノブが回る気配すらない。

私よりも力が強い秋冬さんにも試してみてもらったが結果は同じであった。


「そちらはどう?こちらは全部開かなかったのだけれど」

「こっちもです。開く気配すらないです」


右から順番に六つ目の扉を調べ終わると反対から調べていた雨久さん達とぶつかった。

やはり他の扉も開かなかったらしい。


「この数字は私の神がかり的な閃きによると人数だね!!扉に入れる人数だともよ!!」

「彼女の話はぜひ聞き流して。ずっとこの調子なの」


上篝さんの推理?を慣れた様子で雨久さんがスルーする。

その瞳はやたらと遠くを見つめている。

中庭に出るまでの間もずっとこの調子だったのならそうなる理由も分かる気がする。


「さっきは二人だったから開かなかったが、四人で『四』が書かれている扉を試せば開くと思うんだ。違うと思うなら実際に試してみようじゃあないか」


上篝さんが両手を広げて提案した。


「うーん……やってみる?」


秋冬さんが私と雨久さんに問いかける。


「何だか上篝さんの勘は当たりそうな気がします。理由は分からないんですけど、野生の勘……みたいな?」

「そうかな?彼女ずっとあんなだから……」


私の言葉に雨久さんの真紅の瞳がジトッと上篝さんを見た。

大仰な動きや話し方を見ているとそう思う気持ちは分かる気がする。

何より彼女の話は要するに直感であり、根拠はないということだから論理的に信じるに値するかと言われると微妙だ。

だが、私の直感は上篝さんの推理は合っていると思う。

私の方も根拠のない勘だが……。


「白もそういうなら、私もやってみるに賛成」


逡巡してから秋冬さんが片手を挙げてそう言った。


「雨久くん!!そういうわけで試してみようじゃないか。多数決は私の勝ちだよ」


いつの間にやら多数決をしたことにされている。


「二人が言うならやってみましょう。開かないと思うけれど」


渋々といった体で雨久さんも賛同する。

改めて扉を見る。

『四』が書かれている扉は三つある。

左から一番目と二番目、右から三番目だ。


「わかりやすく一番左にしよう!!」


上篝さんは既に一番左の扉の前に移動している。

秋冬さんと雨久さんに目配せをすると軽く頷いたので、私達もそこに向かった。


「それじゃあ!!開けるよ」


上篝さんがドアノブに手をかけ、そのまま回した。

――回ったのだ。

扉が開く。

そして、私達四人の前に深淵への入り口が開かれた。

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