第三話 会議④
「それもう温めました?電子レンジは食堂にもありましたよ」
冷凍食品なのにホカホカの湯気が上がっていない私の天津あんかけ炒飯を見た安丹さんが教えてくれた。
実際まだ温めていないので、ありがたく食堂の電子レンジを使う。
あっという間にチンという出来上がりの音がした。
この電子レンジ家庭用ではなくコンビニとかに置いてあるものと同型のようで、W数が高い。
お陰ですぐに温まった。
「秋冬さんは温めるものありますか?」
「ううん、バナナとグラノーラと牛乳にしたから温めは大丈夫」
あとパンも、と言ってディナーロールの入った袋をテーブルの上にドンと乗せた。
ディナーロールは少なく見積もっても十数個はあるように見える。
「す、すごい食べるんだな。春晩夏はいつもこの量を食べてるのか?」
やや引き気味の時計塔さんが尋ねた。
改めて秋冬さんの前を見るとバナナは房で持ってきているし、グラノーラも山盛りだ。
「ううん、流石にいつもはもっと少ないよ。今日は結構炎出したりとかしたからエネルギーチャージしておかないと」
なるほど。
秋冬さんが大食漢なのではなく、竜人族の特性らしい。
悪魔との戦闘もほぼ秋冬さん一人に任せきりだったし、エネルギー消費が激しかったのだろう。
「あっ、ディナーロールとかは他の人に食べないか聞いてから持ってきたよ。他の人が食べたい分まで食べ尽くすのは流石にね」
大切なエネルギーチャージの場でも配慮を欠かさない優しい秋冬さんが好きだ。
「おっ、全員揃ったな。それでは食事を始めよう。食後話があるので、早めに食べ終わっても離席しないように頼む」
時計塔さんが立ち上がりそう言った。
周りの人たちは皆はーい、と言ったり、小さく頷いたりしている。
「それでは各自食事をとってくれ」
そう言って時計塔さんも席に座った。
時計塔さんは晩ごはんに冷凍のミールキットを選んだようだった。
なんとなくイメージ通りだ。
「お疲れ様です。わたし達も食べましょうか」
「ありがとう。そうだな、早速いただこう」
安丹さんと時計塔さんがパッケージを開く。
私も倣って袋を開ける。
袋を開けるともわっと一気に湯気が飛び出してきた。
ただ冷凍食品をあけただけなのに、既にノスタルジーを感じる。
天津あんかけチャーハンに食堂にあった銀色のスプーンを入れる。
スプーンを入れた場所からもふわっと湯気が立ち昇る。
口に運ぶと湯気の熱気が鼻に当たる。
味もやはりとても美味しい。
しょっぱめのチャーハン、ふわふわの卵、熱々トロトロのタレが渾然一体となっている。
疲れた体にしょっぱさと暖かさが染み渡る。
家で食べた時は普通に美味しいな、と思っただけだったのに、今はとてつもなく美味しく感じる。
ついつい無言で食べ進め、あっという間に食べ終わってしまった。
「もう食べ終わったんですか?お腹空いてたんです?」
「えへへ……そうみたいです……」
安丹さんが流石に驚いた様子で聞いてきた。
苦笑いでごまかす。
なんだかすごいお行儀が悪いことをしたみたいでバツが悪い。
「私も食べ終わっちゃった……」
秋冬さんが照れ笑いを浮かべてそう言った。
あんなにあった食事がすべて空になっている。
「お腹空いてましたもんね!!あの探索で!!」
「そうだね。私もお腹ペコペコだった」
助け舟を出してくれた秋冬さんに乗っかる。
強いだけではなく優しい。
秋冬さんの優しさに感謝する。
「そうだな。二人は今日色々大変だっただろう」
時計塔さんも助け舟を出してくれた。
ありがたく乗らせてもらおう。
「はい。なんか……現実じゃないみたいでした。秋冬さんがいてくれなかったら私はここにいなかったと思います」
秋冬さんが悪魔を二体とも葬ってくれたから難なく鍵を拾えたが、秋冬さん以外の三人でそれをするのは難しかっただろう。
そうなれば私達はあそこから一生出られず……と考えるだけで恐ろしいことになっていたかもしれない。
思い出すと少しだけ身体が震える。
勢いで誤魔化してきたが、恐怖心が後から追いかけてきたみたいだ。
「寧崎さん大丈夫ですか?」
ハッと前を見ると安丹さんが私の目の前で手を振っていた。
「だ、大丈夫です!!」
思わず声が裏返る。
恐怖心のあまり一瞬放心してしまっていたようだ。
「そうですか?なら、楽しい話でもしましょうか」
安丹さんが心配そうにしていたが、ぱっと花が咲くような笑顔を浮かべてそう言った。
気を使わせてしまったなと思ったが、心遣いがありがたい。
「ここの大浴場もう見ましたか?」
素直に首を横に振る。
「なんと、ジャグジーがあったんですよ!!それにドライヤーが高級ブランドのラファだったんです〜!!」
顔の横で手を合わせて嬉しそうに言った。
確かにこれはテンションの上がるような楽しい話だ。
「すごい。豪勢だね」
秋冬さんも驚いたようで目をパチパチと大きく瞬きした。
「秋冬さん!!あとで一緒に行きませんか!?」
ここぞとばかりに誘いをかける。
ここが勇気の出しどころだ。
「いいよ」
何でもないように秋冬さんが頷く。
「えぇ〜、お二人ってもしかしてもうすごい仲良しなんですか?わたしが入る隙無い感じですか?」
「えっ!?」
「そうですよね?もしかして〜、付き合ってたり、するんですか?」
口を尖らせて安丹さんが畳み掛ける。
絶世の美少女にこんなことを言われたら勘違いしてしまいそうだ。
しかし、私は秋冬さんと仲はいい……と思うが、付き合ってるとかは断じてない。
誤解を生む前に訂正しなくては!!
「ふふ、そうかもね?隙はちょっと無いかも」
秋冬さんが私の手を取り頬を近づける。
安丹さんを挑発するように蠱惑的に笑った。
安丹さんの方は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
まさか反撃があるとは思っていなかったのだろう。
「えあっ!?秋冬さん!?」
口から自分でも聞いたことのない声が飛び出す。
動揺がそのまま口から出てきたような声だった。
実際心臓も口から飛び出しそうだ。
「寧崎をあんまりからかうなよ……」
呆れと同情の表情で時計塔さんが言った。
なるほど。からかわれていただけなのか……。
モテ期到来と一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしい。
そもそも私は異性が好きなはずなのに……かわいい人であれば女性でもいいのだろうか。
自分で自分のことが分からなくなりそうだ。
「え〜、だって寧崎さん茹で蛸みたいでかわいいじゃないですか」
「本当だ。白、すごい真っ赤だよ」
自分の頰に手を当てると熱がある時と同じくらい熱くなっている。
その事実にさらに恥ずかしくなってしまう。
「あっ、もしかして名前呼びマウントですか?受けて立ちますよ?」
安丹さんが秋冬さんに挑戦的な視線を向ける。
秋冬さんも受けて立つと言わんばかりの強い視線を向けている。
「ねぇ、白さん?わたしも名前呼びしていいですか?いいですよね?」
「えあうっ!?はい!!」
肯定と一緒に動揺が言葉にならない言葉として飛び出す。
名前呼び自体に特別感は抱いていないので、本人がそう呼びたいなら好きにしたらいいと思っている。
「いいよ。白は私との方が仲良いからね。名前呼びくらいじゃ揺らがないよ」
「すぐに覆しますよ。楽しみにしててくださいね?」
なぜかバチバチな二人に時計塔さんがため息を漏らす。
「なんというか……喧嘩するなよ?後で説明するが揉めてる場合では無いからな……」
なんだか少し遠くを見つめている時計塔さんが仲裁したことで、一旦は二人とも刀を鞘に収めることにしたようだ。
「そうだ、食後に話があるって言ってましたよね?皆さんそろそろ食べ終わる頃じゃないですかね〜」
安丹さんが時計塔さんの方を向き、促した。
時計塔さんもそうだな、と言って立ち上がり、周りを確認した。
「では、最初に言った食後の話をしようと思う。まだ食事中のものは食事をしながらで構わないので聞いてくれ」
時計塔さんは自身の家に伝わる『時計塔』の話と私達が入った一階の扉の話を順を追って説明した。
おおよそ先ほど聞いた話と同じだが、新たな情報として、この建物のどこかに三階よりも上に登ることができる階段があるはずというものがあった。
確かに塔なのに三階までしかないというのは違和感がある。
そして、最後に時計塔さんはみんなに一階の扉を全て閉じるのを手伝って欲しいと頼んだ。
「それってつまりワタシ達は時計塔さんに巻き込まれたってことなのかしら?」
雨久さんが胡乱な目で言った。
「すまない……。私にも分からないんだ……。だが、その可能性はある」
バツが悪そうに時計塔さんが答える。
「悪いが、俺は戦う気はない」
シヲさんがはっきりとそう言った。
あんなに話すことをスヲウさん任せにしていたのに……。
よっぽど嫌なのだろうか。
「シヲ!!どうして?シヲは強いのに……」
「やりたければ兄貴は勝手にやればいい」
そう言ってシヲさんは席を立った。
スヲウさんも慌てて立ち上がり、追うか迷った様子だったが、諦めて再度席に座った。
「ボクも最初のがあったから話は信じるけどさ〜、命賭けろって言われるとね」
九斗さんも困ったように言う。
「ですわね。命を賭けた上で『出られるかもしれない』なのはハイリスクですわ。ここに残るのがジリ貧であっても、命に危険が及ぶ以上はギリギリまで最終手段は使わなくても良いと思いますの」
宝条さんも九斗さんと同じ意見のようだ。
二人とも雨久さんとシヲさんよりは協力的ではありそうだが、やはり反対は反対のようだ。
「私は賛成だ。私の『神がかり的な閃き』も時計塔くんの推理と同じ結論に達したからね」
上篝さんが大仰な動きでそう言った。
向いに座る雨久さんは心底嫌そうな表情をしているが、それにも気がついていないようだ。
「それ即ち!!一階の扉を全て閉じて封印することが求められるってわけさ!!」
上篝さんが大きな声で持論を唱え、両手を大きく広げた。
だが誰もうんともすんとも言わない。
なんとも重苦しい雰囲気が広がる。
「わたしは賛成です。時計塔さんが意味のない嘘を吐くとは思いませんし」
安丹さんが小さく手を挙げてそう発言した。
「私も賛成です。一つ目の扉は現に閉じましたから……可能性があるならやってみるべきです」
安丹さんの賛成に乗っかるかたちで私も意見を告げる。
「私も賛成。上篝さんの『直感』は信じていいと思う」
「ふふん、さすが春晩夏くん。よく分かっているね!!」
秋冬さんの言葉に上篝さんはとんでもなくご機嫌だ。
「……他の者はどうだろうか」
まだ返事をしていない人たちの方に視線を送りながら時計塔さんが言った。
誰も何も言わずに水を打ったような静寂が広がる。
「はいはい!!保留って出来る?頭こんがらがっちゃってよく分かんなくなっちゃったよ」
百田さんが口火を切る。
言われてみればそれはそうだ。
私達は扉に入り、実際に体験しているからあっさり理解できたが、前情報無しで説明されていたらパンクしていたかもしれない。
「ちょっと考えをまとめる時間が欲しいなー」
百田さんが畳み掛ける。
「む……。確かにそうだな。では、明日の午前中までに一旦私へ意見を伝えて欲しい」
「ありがとう、嗣ち!!」
時計塔さんの譲歩に百田さんが嬉しそうにお礼を言った。
お陰で回答に時間を得られた他の人もほっと胸を撫で下ろしているだろう。
「では今日は解散だ。明日の朝以降は食事も各自自由に摂ることにしよう」
時計塔さんの号令で重苦しい雰囲気が漂う会議がようやく終わったのだった。




