第9話 食堂
「颯太さん。朝ですよ。目を覚ましてください」
「……うーん」
僕は魔界に来てから3度目の目覚めをする。
眠る僕の体に触れる手は金属で硬いが、揺する動作は柔らかかった。
まだ眠っていたいけど、聞き覚えのある声に呼ばれては瞼を開けるしかない。
僕は目を開くと、まず眩しさが目に入った。
「……ホロウさん?」
光で視界がぼやけたけど、徐々に慣れて来た。
僕を起こしてくれたのはホロウさんだった。
相変わらず室内でも鎧姿で兜も付けている。これがこの人の正装なのか。
「目を覚まされましたね、おはようございます、颯太さん。昨晩は眠れたでしょうか?」
「おはようございます。それはぐっすりと眠れました。大分疲れてたみたいです」
僕は体を伸ばしながらに答えた。
どうやら一晩が過ぎていたらしい。
ここには時計が無いから、僕が眠りに付いたのがいつなのかは分からないけど、そこそこ長く眠ってたかもしれない。
此処は魔界なのに熟睡できたことに、僕は自分も意外に図太いんだなと思った。
「あ、ベルさんも起こしに来てくれたんですね、おはようございます」
ホロウさんの隣には、昨日、僕を医療室まで運んでくれた城の使用人であるベルさんも立っていた。
「おはようございます立花様。お体も癒えてる様で良かったです」
ベルさんは僕に小さく頭を下げて挨拶を返してくれた。
ホロウさんは僕の上に掛かる布団を退かして、体を障る。
「そうですね。薬が効いたのか、傷も殆ど治ってますから、これなら特に心配はなさそうですね」
「その傷を負わせたのはホロウ様ですが」
「……それは言わないでください」
ベルさんにボソッと痛い所を突かれたのかホロウさんは肩を落とす。
眠る前までは体の節々が痛かったけど、今ではなんともない。
薬を使ったとはいえ、こんな直ぐに痛みが引くかな? もしかして、薬も魔界産の物なのかな?
なんて思いながら、体を回して完治しているか確かめる僕だが、先ほどから気になることがあった。
「ホロウさん、僕の呼び方変えたんですね?」
僕が聞くとホロウさんは首を傾げた。
昨日までは僕の事を「立花様」って呼んでくれたけど、今は少し親しみを感じた。
「駄目でしたか?」
「いいえ、全然。様呼びなんて慣れてませんから、逆にそっちの方が僕的には気が楽です」
それは良かったです、とホロウさんは声的に微笑んでくれてるのかな?
顔が見れなくて表情は読めないけど、昨日とは違って態度が少し柔らかかった。
昨日までは客人としては丁寧で、挑戦者としては厳しかったけど。
なんか、昨日よりも一歩近づいてくれてる感じた。
「ベルさんも僕に様なんて付けなくていいですから、全然タメ口でもいいですよ」
僕が言うとベルさんは困ったように眉を歪ます。
「私は一介の使用人ですので、立花様にご無礼はできません。ですので、引き続きこのように話させていただきます」
そうか。確かに使用人が客人相手に砕けた接客をすれば怒られるかもしれない。
歯がゆいけど、ここは僕が我慢するしかない。
「それでは颯太さん。起きて早々ですが、早速魔王様のもとへ向かいましょう」
「真奈ちゃんのところにですか?」
魔王様。つまりはこの城の主人で、僕の彼女でもある真奈ちゃんのことだ。
「昨日のことを踏まえて、颯太さんの処遇を話したいことがあるそうです」
処遇。つまり、僕が魔界に残れるか否かの話かな。
って、そう言えば僕って勝負に勝ててないんだよな?
ベルさんは大丈夫とは言ってくれたけど、9割9分ボコボコにやられてるから自信がないな。
「はぁ……真奈ちゃんやホロウさん達との関係も今日までか……」
憂鬱にため息を吐く僕に、ホロウさんが何故かクスクスと笑い。
「そう心配される必要はないですよ」
なんで言ってるけどどういう意味なんだ?
答えは真奈ちゃんからって感じでそれ以上は言わなかった。
「では、そろそろ出発しましょうか。魔王様もお待ちしてますので」
「そう……ですね。切られるなら早めの方がいいですしね––––––」
と、ホロウさんに連れられ真奈ちゃんが待つ部屋に行こうとした時。
ぐぅ〜。
僕の腹から恥ずかしい音が漏れる。
医療室に沈黙の時間が流れる。全員が僕を見ている。
は、恥ずかしい……。そう言えば、昨日の昼に真奈ちゃんの弁当を食べてから何も口にしていなかった。
顔を熱くさせる僕に、ホロウさんはクスクスと笑い。
「魔王様の所に向かう前に、まずはお腹を満たしてからにしましょう。お話中に腹の虫が鳴っては空気が台無しになりますから」
うぅ……ホロウさんの気遣いが少し痛い。
ベルさんなんて呆れてそっぽ向いてるよ。
真奈ちゃんの所に向かう前に、僕たちは城内にある食堂へと向かった。
城の中に食堂があるんだって疑問はあったけど、なら使用人とかは何処で食事をするんだって思って自己完結。
医療室から食堂まではそこまで離れてはいないらしい。
それでも距離からすれば、学校の端から端まで歩かされた気分だった。
城内は横にも長いけど、縦にも高かった。
道中で僕の数倍ある巨人が歩いてたけど、なるほど、巨人でも歩けるような設計なのか。
「ここが食堂です。入りましょうか」
辿り着いた食堂前。
食堂の扉は二つあり、一つは通常用、もう一つは恐らく巨人用なのか、滅茶苦茶聳えた作りをしている。勿論僕たちは通常用から食堂へ入った。
「おぉ~! 此処が魔界の、魔王城の食堂!」
黒の大理石が敷かれた床に、赤の波模様が描かれた壁。
明るさは少し薄暗いが、種々様々な魔族たちの喧騒が場を盛り上げていた。
「食堂では基本的にセルフ形式ですので、早く並ばないと待たされますね」
魔王城の食堂に目を輝かせていた僕の袖をホロウさんが引っ張る。
ホロウさんが指さした方にカウンターがあり、あそこで食事を貰うらしい。
「そういえば、ここまで来てなんですが……僕、お金とかないですし、城で働いてるわけでもないですが……」
「人一人拒むほど魔王城の懐は侘しくありません。それに、基本メニューであれば無料です。追加で欲しいのがあれば別途料金が発生しますが」
何とも寛大だな。
お金がかからないなら、現金だけどありがたくお腹を満たさせてもらおうかな。
「なら僕はその基本のやつでお願いします」
「3種類ほどありますが、何にされますか?」
3種類? それってAランチとかみたいなやつかな?
選ぶにしても、恐らくメニューが書かれた看板を見るけど……これは、魔界の文字かな? 全然読めないんだけど。
「私はアルファコースにします」
一緒に来たベルさんが看板を指差し言う。
アルファってギリシャ文字だよね? 1って意味だろうか。
「なら僕もそれで」
写真もないからイメージできないけど、同じものなら外れはないはず。
「では私はガンマコースにしましょう。それに加えて」
ホロウさんは腰の革袋から小銭らしき物を取り出す。
注文口まで列が流れ、僕たちは各々注文する。ホロウさんは先ほどの小銭を一緒に出していた。待つこと数秒。料理が運ばれてきた。
「はいよ、たんと食べなさいね」
耳が尖ったふくよかな食堂のおばちゃんから出された物を僕はお盆で受け取る。
良い匂いがする。
さあ、魔界に来て初めての食事、初めての魔界料理だ。どんなもの――――は?
「な、なんですか、これは……」
出された料理が信じられなくて目が点になった。しかも何度も瞬きした。
「どうかなされましたか颯太さん。料理が気に入らなかったですか?」
「い、いえ。料理が気に入らないってわけじゃないんですが……此処って魔界ですよね?」
僕の変な質問にホロウさんは不思議そうに首を傾げた。
だって、ね……。
「白米に味噌汁に、焼き魚に漬物……メチャクチャ和食ですよね!?」
思わず大声で叫んでしまい全員の視線が僕に集まる。
僕は周囲に平謝りしながら、ホロウさんにコソコソ尋ねる。
「なんで魔界なのに日本食なんですか!? 魔界の料理はもうちょっと、グロテスクな物を想像してたのに、一気に魔界感が破壊されました!」
「私に言われても困ります。ここ数百年で魔界の食事文化も変わったらしいので」
そう……なんだ。馴染みがあるから全然良いんだけど、ちょっとショックを受けている自分がいる。
「早く席を見つけないと埋まってしまいます。あそこでいいでしょう」
僕が肩を落としているとホロウさんが空いた席を見つける。
机と椅子は頑丈な石で出来ている。ここはちょっとファンタジーと思えた。
席に座った僕たち。
僕の隣に僕と同じメニューを頼んだベルさん。対面してホロウさんが座る。
ちょっと面を喰らったけど、まずは腹を満たすのが先決だよね。
早速食べようと茶碗を持ち上げた時、僕は対面して座るホロウさんの食事が目に入る。
クロワッサンに白身魚のソテー、オニオンスープに、野菜のサラダ。
……うん、こっちも全然魔界感がないや。
そっちも苦笑いしたくなるが、それよりも気になるのがあった。
「ホロウさん、その大盛パフェはなんですか……?」
「はい?」
ホロウさんはパンを千切った所で止まる。
僕の視線が向けられるのは、ホロウさんの料理が乗るトレイの隣に鎮座する、ガラスの容器にこれでもかとフルーツやアイス、クリームが盛られたパフェ。
「もしかして……それも一緒にたべるんですか?」
「えぇ。甘い物は正義です。これがあるだけで一日の活力が沸きます」
どうやらホロウさんは甘いものが好きなようだ。
ホロウさんは足早にクロワッサンなどを兜の下に放り込んでいく。
どうやらパフェが溶ける前に食べ切るつもりらしい。
好きなものは最後に取って置くタイプなのかな?
「それにしても、ホロウさんは食事の時でも兜を外さないんですね。食べ難くないですか?」
全身鎧で兜まで被っているホロウさんは魔界の食堂でも若干目立つ。
僕が食事中にそんなことを尋ねた所為で、ホロウさんの手が止まり、スプーンをトレイに置いた。
「そういえば颯太さんには私の種族を説明してませんでしたね。私が何なのか」
そう言ってホロウさんは兜に手を掛ける。
ゆっくりと外された兜。まさかホロウさんの素顔を見ることができるのか。
そう期待していた僕だけど、度肝を抜かされた。
「………は? 頭が、ない!?」
兜が外されて、本来なら現れる顔が無かった。
「え、どうして!? 人形、機械!? どんなカラクリが!?」
僕は思わず身を乗り出しホロウさんの鎧を掴む。
ホロウさんの鎧の中を覗き込むと、中には肉体は無く空洞。
けど、鎧の内側には淡い水色の線が漂っていた。
「落ち着いてください颯太さん。私は人形でも機械でもなく、魂が無機質に憑依して活動する憑依騎士なんです」
憑依騎士……聞いたことがない単語だった。
てか、中身が無いのにこの声は何処から聞こえるんだ?
ヤバい、考えても分からないけど、震えて来た。
「そうなんですね。ホロウさんがそんな種族だなんて……けど、肉体が無いのに、食事は必要なんですか?」
気になったことを聞くとホロウさんは頷き。
「尤もな質問ですね。けど、諸事情により肉体から魂は離れていますが、完全に分離しているわけではなく、食事は必要としているんです」
そう言ってホロウさんはクロワッサンの欠片を鎧の中に放り投げると、クロワッサンは光の粒子となって水色の線に吸い込まれて行く。
「今のが、ホロウさん的な食事なんですね……?」
「そうです。やはりこのパンは美味しいですね」
どうやら味も感じられるらしい。魔界や魔族は奥が深いな。
「なので颯太さん。先日の私との手合わせの時に、貴方は私に怪我をさせないために手を止めてしまいましたが、肉体が無い私は傷を負うことはなかったので、取り越し苦労だったんです」
先日のホロウさんとの戦いで僕は折角のチャンスを捨てて攻撃を止めてしまった。
あれが無ければ、僕は胸を張って魔界に残れると喜べたと思う。
けど、それでも。
「……いいえ。ホロウさんに肉体があろうとなかろうと、結果は同じでした」
「どうしてですか?」
「無理なんです。どんな理由でも、真奈ちゃんが大切にするホロウさんに攻撃なんて、真奈ちゃんが悲しみます」
僕が言うと、沈黙の空気が落ちる。
……あれ? 僕、変なこと言った? 言ったかな? うん、言ったかも。
恥ずかしい! ちょっと上からと言うか、負けて置いて何を言ってるのか。
正直、負け惜しみにも聞こえるよね、これって。
ホロウさんの反応を待つと、彼女は失笑する。
「自分でも痛いことを言ったって自覚してますので、笑うのは酷いです!」
「ごめんなさい、つい」
手を振り謝罪するけど形だけに見えるな。
ホロウさんは肘を机に突いて頬杖をする。
「本当に呆れますね。私は嫌いじゃありませんが、そんな考えだと魔界では命が幾つあっても足りませんよ」
なんか聞き覚えのあるような事を言われたけど、実際に命を狙われた身だと否定はできない。
けど、言葉は少し棘があるけど、何処かホロウさんは嬉しそうな声音だった。
「……けど、魔王様が貴方を選んだのか少し分かった気がします」
ボソリとホロウさんが呟いた。
「それってどういう意味ですか?」
聞き取れたから聞き返すとホロウさんは多分、微笑み。
「いえ、貴方は私たちとは違う意味で異常だってことです」
「……もしかして、僕、馬鹿にされてます?」
「好きなように捉えてください」
褒められたのか貶されたのか、納得できない僕だが、何処となく上機嫌なホロウさんは食事を進める。
僕も半分ぐらい食べた所で、ホロウさんはパフェに手を伸ばす。
「では、お楽しみのこれを食べましょうか。相変わらずおいしそうです」
本当に甘い物が好きなホロウさんがスプーンをパフェに突き刺した時――――
「んだどゴラッ! テメェ、ぶっ殺すぞ!」
そんな一波乱が巻き起こる予感が響き渡る。




