10話
雨に浸されたスクールバッグ。浸透して濡れた教科書。クリアファイルが水を弾いていて、写真は濡れずに済んでいる。唯一濡れているのは指で触れている所だけだ。
幾ら探そうとも見つからない乾の姿。残念ながら彼の姿はそこにはなかった。
濡れた体をシャワーで荒い流す。冷えた体にぶつかる熱が痛みを感じさせる。急激に熱しられた痛みだ。水道代と光熱費の節約で湯船には浸からない。もう半年は浸かっていないかも知れない。覚えてないし、思い出す気力もない。
ドライヤーすら使う気力が起きない。適当に吹いた髪。半濡れのままソファへと虚ろいた気持ちで座る。
こうなることぐらい分かっていたはずなのに。その場の衝動で呪いの一線を超えてしまった。明らかに私が引き起こした殺人だ。
ソファで転寝。夢現だね。
『諦めて逃げてちゃ、何のために生きてるか分からなくなるっすよ。生きる価値を見つけるためには立ち向かわないといけないっすから。』
今、乾の言葉が聞こえた気がした。そこにいるような生きた声に聞こえる。すぐに今日聞いた肉声を思い返しているだけだと気づく。
生きる価値はもう分からない。死への選択肢も目の前にはあるけど、さっきのかけられた言葉がそれを選ぶなと強く言っている。立ち向かえと投げかける。
慎二君も、両親も、アズアズも、そして乾も、世界から忘れ去られてしまった。もう誰も失いたくない。それと同時に、大切な人が誰も覚えていないこの世界に嫌気が指す。
世界を滅茶苦茶にしたいような気分すら思い浮かべそうだ。ただの八つ当たり的思考であり、結局生きる価値にはならなそうだ。
再度質問される問。私にとっての生きる価値とは?
真っ暗闇の中で正解なんて見つからない。もう失いたくもないから進みたくもない。それなのに夢の中の乾が進むべきだと鼓舞する。体が重い。
誰――?
目の前に現れる忍者。その人が巻物を加えている。巻物が開かれて文字が浮かんでいく。確か大昔にいたとされる仙人忍者が遺した教え。後世へと確実に伝えられた受け継がれる意志だ。
そこで思い出した。彼は忍者を演じきった三年生だ。今日の文化祭の思い出の振り返りとして夢の中に現れたんだ。
今度は目の前に一年生の演し物としてのアートが現れる。しっかりと伝えたいことが伝わる絵だ。
続いては慎二君の絵だ。目を凝らすと、緑の靄がかかったバスケットボールが描かれている。バスケではなく乾とのバスケが好き――という気持ちを伝える絵だ。私にはしっかりと伝わっている。
ただ、この絵は私しか知らない絵。このまま誰にも知られないまま消えていくのは寂しいな。
そうか――。
少しだけ私の生きる価値が見出せた気がする。私は生きているからこそやらなきゃいけない使命がある。
そこで夢から覚めた。
ソファの上で寝転がっていた。雨戸を開けると日差しが射し込む。スマホで欠席メールを打つ。土砂降りの中、傘を差さずに帰宅したから風邪をひいた。立派な言い訳だ。ズル休みとは思われないだろう。
もう学校へと誘う友達はいない。どれだけ時計の針が進めど、アズアズも乾も迎えに来ることはない。
部屋へと戻った。
そこで必死になってノートを探す。
「見つけた……。」
のえちゃんが遺したノートだ。そこにはのえちゃんが呪いで消してしまった人達の名前とその人の特徴などが書かれている。
ペラペラと捲り、白紙のページ。私はそこに慎二君の名前と特徴を書いた。次のページにお父さん、さらに次はお母さん、アズアズ、乾と続く。
「私がすべきこと。私の価値。それは絵を描くこと。そして、後世に残すこと。」
呪いで世界から忘れ去られた人が、忘れ去られたままで終わるなんて嫌だ。私はその人達を後世に残したい。
私にできる方法は、絵にすること。絵でその人の事を満遍なく見る人に伝えること。
絵を描くんだ。そして、残すんだ。そのために私は絵を上手く描けるようにならなきゃいけないんだ。
「まずは材料を揃えなきゃ……。」
今日からこの部屋はアトリエになる。私の命を絵に捧げる。そのための部屋だ。
――――――
凪海総合高等学校。
総合学科のその学校では二年生では文系か理系に分かれ、三年生になるとさらに細かくコース別に分かれる。
国立か私立か。文系か理系か。それだけで四つのコースに分かれる。そこに就職コースが加わった五つが基本的なコース。他にも数十のコースがある中、それ以外のコースにする人は滅多にいない。
私は特例の中の一人だ。美術コースを選んだからだ。志望大学は藝大。『ブルーピリオド』の矢口八虎じゃないんだし、流石に藝大は無理じゃないと言われそうだ。もちろん、私自身無理だと思っている。本人が無理だと思っているんだから、藝大合格は無理だ。それだけははっきりと言える。
ただ私はその高い高い目標を目指すことで絵を上手になりたかった。低い目標では上手くはなれない。高い高い目標だからこそ、私自身追い込まれるし、それなりの技術も身についていく。……という考えのもと、そう選んだ。
私には時間がない。金がもたないからだ。働けばそれだけ絵にかける時間がなくなっていく。絵を描くことが中途半端になってしまう。自由に使える時間が多い今しか、絵を描いて後世に残す使命を精一杯果たすことができないと考えている。
私は覚悟を決めている。この意志は揺らぐことがない。私は秋、来年のコース決めにおいて迷わず『美術コース』と書いて提出した。
◆
また高嶺の花の女子についての噂だ。
美術部には誰も近寄らせないオーラを放つ女子がいるという。友達は生徒会長。その時点で誰も近寄れない。そして、性格も少しシビアで、周りに人を寄せつけないという。男子からの告白は全て拒否されている。
絵に打ち込んでいて、その絵の質が非常に高い。素人目でも、先生から見ても、目を見張るような絵を描く。そんな人が美術部にいると。
絵に群がる部員。その人の作品を凄い凄いと褒め讃えている。
冷静な私はそれを素通りする。
昔ならどんな評価をされるのかエゴサ感覚で張り付いていただろうが、今はそこまでの欲がない。人の絶賛よりも、確かなる画力の向上しか求めていないからだ。
「小蓬先輩。あの作品、かっこいいですね。」
私の周りに屯する後輩。すっかり私は後輩の憧れの的だ。
生きる目的が絵を残すことだけの私にとって、もうそれ以外どうでも良いと感じてしまっている私がいる。
今の私を漢字一つで示すなら『尼』だろう。もはや俗物とかけ離れ、絵の世界だけで生きているからだ。
何度か告白されたが全てフった。私が愛した相手は消えるのだから当たり前。また、例え同性でも、消えていくアズアズの姿を思い浮かべてしまうので、下手に距離を近寄らせるのも心のどこかで怖がっている自分もいる。唯一の友達は半井遥陽。彼女自身の性格もあり、遠からず近すぎずを保っていられる。友達以上にならないと勝手に確信してるので友達としての安心感がある。ちなみに、彼女は生徒会長で、その生真面目さから近寄り難い雰囲気をオートで放っているという。
こんな生活を続けていたら、いつしか高嶺の花子さんと言われるようになった。ただ、今すぐその角から飛び出していく気はない。
一人、バスに揺られて帰宅する。窓の向こう側に見える景色はどこかどんよりした雲を浮かべていた。しかし、明るい太陽が隙間から覗こうとしているのも見えた。
家へと辿り着いた。
リビングに荷物を投げ捨てる。
ツナギに着替えて、私の部屋へと入った。散らかった小道具。足の踏み場は確保されているものの、後少しで踏み場もなくなるレベルの散漫具合だ。
立板に立てられたキャンパス。まだ半分しか塗られていない。丸椅子に座り、筆を手に持つ。私が何と言われようとどうでもいい。この絵を未来へと残せればそれでいいんだ。そう言い聞かせて私は筆に絵の具をつけた。
描くのは基本的に背景。
私が消失した人ならまだしものえちゃんが消失させた人は描けない。呪いの影響で私の記憶にもないし、写真など記録媒体にも映されていない。分かるのはその人の情報――ノートに書かれたものだけ。
今描いているのえちゃんの妹の絵を書き終えた。甘い感じとその中にある自由さ、可愛さをチョコミントのような雰囲気で描いた。淡いくすんだ色味のアクリルでコーディングされたキャンパス。
キャンパスの裏にタイトル名を書く。まず大きく奈良北と書いて――。下の名前も書き終え、タイトル名を書き終える。
額縁に入れて、大切に持った。
寝室として使われていない両親の寝室部屋。そこに絵を飾る。私は優しく微笑んだ。
自室に戻って、ノートを開く。次はのえちゃんのお母さん。ノートだけじゃ情報が足らない。仕方なく、その情報を頼りに、現地に調査しに行くことにする。
思い出の場所。その雰囲気は文字では分からない。だからこそ、行かなければ分からない。立ち入ることができなくても、できるだけ近くに行って雰囲気を感じ取る。できるだけ詳しく、絵に落とし込むために観察を繰り返す作業だ。
スケッチブックを持って私は外に出た。ノートにメモられた情報から、その人の働いていたという会社の付近など行動範囲内の土地を観察する。思いついた絵をスケッチする。こうやってスケッチしていき、キャンパスに描く絵の構想が出来上がっていく。
気がつけば夕暮れ。
私はスケッチブックは片付けた。この独特な感覚を脳裏にこびりつけて帰路へと着いた。
――――――
一学期が終わった。
今までバイトで貯めてきたお金を叩いて予備校へと通っている。絵の予備校だ。そこでさらに絵を上手くなるためだ。夏休みはさらに集中してそこに通うことになっている。
予備校とバイトでほぼ一日、ほぼ一週間が丸々終わる。
息抜きに遊ぶ時間を設けた日がある。その夜、脳内に消えた人達の残像が現れて、どうして絵を描かないのか、本当に俺らのことを思っているのか、と問い質してくる。それが私の妄想なのだとしても、その脅迫じみた言葉は私にとっては正論で、やはり息抜きは良くないんだという結論に至る。
描けば描くほど上達していく技術。伸び悩む時もあれど、そこに足を奪われる訳にはいかない。ひたすら足掻き続ける。
家に着くと、すぐにアトリエとなった部屋へと直帰する。そして、絵に打ち込む。技術が上がった今だから、やり直したい絵がある。
絵は何枚かあると余分な存在となる。私は残さなきゃいけない。沢山あっても保存場所を取るので完成品は一枚、多くても二、三枚に収めたいと思っている。
何度もリテイクして描いていく。同じ絵も何度も描いた。それでもまだまだ描くべき。追い込んででも描かなければならないのだ。
両親の寝室に描かれたアート。タイトル『のえちゃん――奈良北希恵――』の描き直したものを交換。クローゼットの中に元々飾られていたものを置いた。
まだまだ私は描かなきゃ――。
だって、私には絵を描いて弔うことしか道がないのだから。
◆
あっという間に二学期がやって来た。
夏休みがあったことに気付けない程短く感じた。ほぼ毎日絵を描いていただろうか。何も変わらない日常の延長戦だ。
さらに気付けば私は美術部を引退する時間が迫ってきた。
この学校にはお気に入りの場所がある。引退してしまえば、もう行けなくなる特別な場所だった。
ノックを三回。「失礼します。美術部の小蓬です。第二美術準備室の部屋の鍵を取りに来ました」と言い、職員室の中へと入る。そして、鍵だけ取って「失礼しました」と外へと出る。
絵を極める道に進んだ私は第二美術室をよく使うことになった。それにより私は第二美術室と準備室の鍵を学校内において自由に持ち運べる権限を手に入れた。慎二君の立場に今の私は立っているみたいだ。
「あら、紹介したい場所って準備室でしたのね?」
汚らしい部屋。中に入った私は鍵をかけた。その奥に屋上へと繋がる階段があるとは誰が思うだろうか。これは先生すら気付いていない秘密の入り口である。
屋上へと出ると心地よい風を浴びる。
青い空の中で白い雲が流れてゆく。
「まさか屋上に出れる場所があったなんて驚きです。ですけど、私なんかに教えて良かったんです?」
「どうして?」
「だって、私は生徒会長。立場的に先生側。愛南さんのコレ、禁止する側の立場なんですよ。」
遥陽ちゃんは驚きを隠せていなかった。
「遥陽ちゃんだから教えたんだよ。それに、美術部を引退するから、来れるのも最後になりそうだからね。」
地べたに座ってキャンパスを開く。慎二君とメモられた欄の空白に青と白の空の下、屋上の景色をスケッチしていく。
「ここは私のお気に入りの場所なんだ。誰も来ない。爽やかな風と温かい光が気持ちを落ち着かせる。何よりもここは――」大切な人のお気に入りの場所。
ここに来ると今でも脳裏に兄弟二人の姿が浮かぶ。
軽やかに動いていく腕。鉛筆の濃淡で示した景色が私を夢の景色へと連れていく。
夢の中に現れる一人の少女――中西玲。
彼女はじっとそこに立っている。
彼女には申し訳ないけど、今や罪悪感を感じていなかった。脅えることもなかった。逆に、呪いに怒ることも恨むこともなかった。突き放すことも、近寄ることもなく、ただ真っさらな気持ちで眺めていく。
虚ろい世界で彼女は消えていく。
パッと現実世界へと引き戻された。
「何、寝てるんです?」
「あまりに気持ちよくて眠ってた。」
「見れば分かりますよ。まあ、眠りたくなる気持ちも分かりますけどね。」
青い空を後にして私達は準備室への階段を降りていった。ゴチャっとした空間が戻ってきたことを伝えてくれる。
「前言ってた描かなきゃいけない絵はどれ程になったんです?」
「後、一枚ぐらいで終わりそう。けど、描き直したいのが幾つもあって、今は描き直しに時間を割いてるかな。」
「ふーん。まっ、頑張りなさいよ。」
廊下の窓の向こう側に見える夕暮れになりつつある秋空に向かって微笑む。少しずつ雲は確実に流れている。昔だったら、見逃していた視点だ。
――――――
皿に乗ったお菓子を摘む。チョコレートの甘い味が口の中に広がった。
「小蓬さんって二年生の時の文化祭から変わったよね。なんか絵に目覚めたって感じ。」
確かにその通りだ。きっとみんなは文化祭で絵に触れて目覚めたと思っているだろうが、一番のきっかけは乾の存在だ。それを理解されると思ってもいないので口は閉ざす。
「もっと早くに目覚めれば、部長になれたのにね。」
「部長にならなくても、絵が描ければそれだけでいいから……。」
「ほんと小蓬さんらしいっちゃらしいわー。」
部長は笑いながらお菓子を摘んでいた。
私もお菓子に手を伸ばす。
今度は新部長が目を輝かせてやって来た。
「どうやったらあんな絵を描けるようになれるんですか。」
「伝えたいことを伝えようとしたら描けるようになってただけなの。私にとって絵は、伝えたいことを絵で伝えるためにあるから。ある意味、コミュニケーションの一つかな。」
彼女とその友達はそれを聞いて喜んでいた。その言葉に何の価値があるのだろうか。疑問ではあるが、気にしようとも思わなかった。
私がそこにいなくても、未来に残っていく通話が絵なのだと思っている。スマホなどでは残せない価値がそこにはあると信じ込んでいる私がいる。
その会の終わりに貰った色紙。後輩からの熱いメッセージが絵と共にそこに書かれてある。
ずっと一生懸命ひた走ってきた。今も尚、走っている中にいる。だから、関わりもそこまで気にしていなかった。話しかけられたらそれっぽく話しを返す。中身なんて無い。それぐらいだった。
愛せない呪いにかけられた私にとって、下手な人間関係は怖いというのもあったと思う。だから、私は何の感情もなく関わっていたから何にも感じていなかった。
けど、振り向けば確かに関わりが存在した。気付けば後輩に慕われていた自分がいた。
色紙を大事にしまう。
まさか私が美術部を続けているとは。一年生の頃には想像できない状況だ。けど、その裏には慎二君の消失が絡んでいるとなると、ふと悲しくなる気持ちも芽生える。
この日をもって私は美術部を引退した。
私はお別れ会用のキャンパスを大切に持った。タイトル名は『大口慎二』。モスグリーンの淡い霧が印象的なお気に入りの作品だ。
後輩に見送られながら、部屋を後にした。
そのまま昇降口には行かずにわざわざ遠回りする。上の階へと行き、静けさが売りの廊下へ。第二美術室の前は懐かしい匂いを感じさせていた。
◆
窓の向こう側では秋の風が吹いている。
寝室に置く『東杏』というタイトルのキャンパス。ここにノートに書かれた全ての人物の絵は完成し終えた。
まだ描き直しなどを考えると終わりを迎えてはいないものの、ひとまずの区切りとなった。
ノートをペラペラ捲る。書き忘れはいなさそうだ。
いや、一人忘れている。
私はとうに忘れ去られてしまっていた玲ちゃんの存在を思い浮かべた。
「玲ちゃんの絵も残そう……。」
ノートに彼女の名前を書いた。
今から行うのは彼女の情報収集。それ即ち、自身の犯した罪と向き合うということだった。
昔なら目を逸らしていたことも、今なら向き合える気がする。罪滅ぼしのためではなく、ただ忘れ去られていく彼女のことを記録したい、その一心で描くことを決めた。
呪いの影響で世界から消された訳ではないから、写真という媒体にも残っている。もちろん模写をしたい訳ではないので、単なる一情報にしかならない。
小学生の頃の記憶を頼りに、お気に入りと言っていたような店へと行ったり、小学校へ行きあの日の頃の思い出を思い出したりしたが、やはり情報が足りない。直接、家に伺うしか無さそうだ。しかし、そんなことして良いのだろうか。
戸惑いつつも、何もしない状態の私に妄想でできた亡霊が背中を押す。こんな所で立ち止まってはいけないんだ。
私は彼女の家へと向かった。
ピンポン。インターホンを鳴らす。中からお母さんらしい人が出てきた。
「小蓬愛南と言います。」
「懐かしい名前ね。上がってらっしゃい。」
私はそのまま家へと上がった。
「どうしたの? 突然。」
「私は今、大切な人についての絵を描いているんです。玲ちゃんの絵も描きたいと思っていて、きちんとした絵を描くために、もっと玲ちゃんの事について知りたいと思って訪ねました。」
「ありがとね。玲もきっと喜ぶわ。もう五年も前の事よね……。イジメがあったらしいとは聞いたけど、玲はそのこと何にも教えてくれなくてね。」
埃を被った簡易的な仏壇。私はそこに向かって手を合わせた。
母が彼女の遺品を持ってきた。
「ほとんど捨てちゃったけど、これだけは大切にしてたから捨てられなくてね。もし良ければどうぞ。」
ダンボールの中に入ったノート類。それをパラパラと捲った。
小学生の頃、遊んだシールブックやキラキラ自己紹介カード。沢山の思い出が詰まっている。他にも大切にされていた自由帳。中身を見ると小学生らしい絵が並んでいる。
中学生の頃の記録を見る。字は上手いとは言えない。バランスが悪く見にくいが丁寧に書こうとは意識しているのが分かる。
玲ちゃんは文字で伝えるのが苦手だったんだ。
私は持ってきたノートにダンボールの中の情報をまとめたものを書き込んだ。
「玲は無口だったから、学校のことよく分からないのよ。だから、玲のこと教えてくれると嬉しいわ。」
私は小学生の頃の思い出を語った。林間学校での出来事や高学年の時に遊んだ事など。
彼女は言葉数は少なく喋っても長くは話さない。
きっと言葉で伝えることが苦手だったのだろう。だけど、人と繋がりたい気持ちは存在する。だから、私達は繋がれた。それに恋に従って告白しようとしたのも、根底にはその気持ちがあるからだろう。もしかしたら苦手を克服しようとしていたのかも知れない。
文字や言葉で伝えるのが苦手。
それを克服しようとした矢先のイジメ。
悲哀の様子をスケッチブックに描き留めた。ここに来て良かったと切に思った。
「お邪魔しました」と挨拶をして家を出る。
まだ明るい内に、人気のない整備されていない山へと入った。
草木を掻き分けて山を登っていく。
以前にもやってきた玲ちゃんが命を落とした場所。あの時は私達の他にも霊媒師がいた。今日は私一人のみだ。
開けた場所へと出た。少し霧が出る。
目の前に現れていく影。
影は人影を象り、徐々に形作る。
「ようやく会えたね――」
私達は面と面向かって立ち会っていた。
ゆっくりと目を瞑って目を開ける。私には後悔も罪悪感も怨恨も憤怒も悲哀も存在していなかった。ただ慈愛の気持ちで向き合った。
「――玲ちゃん。」




