9話(中編)
外に展示されたアートを眺める。一年生の演し物だった。人の形となるモザイクアートだった。
それを見るだけでその人がどんな人か分かるような気がした。「愛されてるんだろうな」と強く感じる。それと同時に遊び心がありそうな雰囲気を絵から感じられる。
「世界史Bの先生だな。面白い先生でさ、愛されキャラの先生なんっすよ。」
日本史を選んだ私は知らない先生だけど、乾の話から先程の感想は正しいんだと思った。上手な絵だと思った。上手な絵は、見る人にその伝えたいことをしっかりと伝えられる。
頭の中に思い浮かべていく慎二君の絵。私はこの演し物を見て良かったな、と思った。ポケットにしまったアンケート用紙。一位の欄にその絵のクラスを書いた。ちょっと微笑ましい気持ちになった。
「次、お化け屋敷行こうぜ。」
隣のクラスの演し物に参加する。
黒のカーテンで遮られた教室はとても真っ暗。闇の中で突如人の気配が現れる。驚きと同時に後ろに後退すると、さらにそこに幽霊役が襲う二段構えだ。流石にそれには驚いた。
血みどろの床。乾いた赤い液体を飛び越えていく。その先には布で覆われた四角い台があり、そこには何かが書かれていた。
「上を……見よ?」
顔を上げる。そこにあったのはお化けを模した布だ。やはり、振替休日の時に行ったスパーランドと比べてしまえば断然クオリティに劣る。まあ、生徒の手作りなんだから当然と言えば当然だ。
「グヴアギァヴ。」
台の中から飛び出してきたお化け役。まさかそこから飛び出してくると思わず大声で叫んでしまった。そのまま尻もちを着く。これには感服だ。
それが最後の仕掛けであり、お化け屋敷の出口へと来た。
「愛南、すっごい驚いてたな。……愛南?」
少しボーッとしていたみたいだ。ちょっといじるための言葉が素通りしていた。ある意味ラッキーではある。
「怖くて涙出たんすか。」
「だって、びっくりしたんだもん。」
その言葉は否定せずに返す。けれども本当は違う。涙を流した理由は別にあるが、乾に伝えても何も伝わらないから、ただ言葉を飲み込む。
アズアズが生きていたらきっと――。
もしかしたら本当の幽霊になっていて私達を見守っていたのかも知れない。私達がただアズアズを視認できないだけで。
涙をサッと拭き取り、特進クラスの演し物を見に行くことにした。
コンセプトカフェ――。
教室に立てかけられている看板には『火星へようこそ・マーズカフェ』と描かれてある。
教室に入り、用意された席に座る。
教室内の内装や装飾はまるで宇宙の中にいるような雰囲気を作ろうとしている。銀河の模様と火星っぽいくすんだ赤が目につく。
「いらっしゃいま――」
そこに来たのは遥陽ちゃんだ。
突然、乾は立ち上がり、その場にしゃがみこみ、そして爆笑した。申し訳ないけど、私は顔を伏せて咳き込みした。笑いを堪えられない。笑わない方がおかしい。
「いつまで笑ってるんですか!」
「だって。もう、だって」と言葉になっていない。
宇宙人のコスチュームを着ている人を産まれて初めて見たかも知れない。あまりの奇天烈さに笑いの壺を刺してくる。
「今だけSMカフェにして、いたぶってやりたい……。」
屈辱そうに握り拳を作る姿がさらに笑いを誘う。ここまで面白いものを見たのはいつぶりだろうか。頬が痛くなる。
ぐぬぬ。そんな効果音が聞こえてくる空耳。
「あー、笑った。笑った。じゃ、俺はファンタのグレープっす。」
「わ、私はなっちゃんで。」
彼女は仕切られたバック裏に行き、コップに入ったジュースを運んできた。
爽やかな橙色の液体が揺れる。ただ、すぐには口に含むことができなかった。今、飲めば吹き出す自身があった。
笑いを堪えようとも笑いを堪えられない。
どうしようか……。
「ねぇ、乾。なんかつまらない一発芸やって。」
「なんなんっすか。つまらない一発芸って。面白い一発芸しか無理っすよ。」
ため息つきながら「分かった。じゃあ面白い一発芸やって」と成り行きでやらせて見る。笑いを堪えたいのに、さらに笑ったら駄目じゃんと思う所だが、ここでじゃあ止めてとは言い出せない。
「ダックスフンドの顔真似。」
「……。」
オレンジジュースが体の中に注がれていく。平穏を保ちながら周りを見渡す。先程までは面白い一辺倒だったが、冷静になった今だと宇宙をテーマにしているだけあって内装や装飾はどこか神秘的なものにしようと心掛けられているのが分かる。
飲み物の甘い匂いが心を安らかにさせる。
気付けばコップの中の飲み物は飲み干してしまっていた。
遥陽ちゃんに別れを告げて、二人で退出する。
非日常的な空間の度合いが強すぎて、賑やかな非日常的な文化祭最中の廊下だとしても現実に戻った感じを受けてしまう。それだけあの不思議空間の没入感が凄かったということだ。
私達は体育館へと向かった。
体育館には人がそれなりに密集していた。消灯が消されて暗幕がかけられた暗闇の中に腰をかける。
三年生の演し物が二つ行われる。
一つ目のクラスは演劇だった。
それは忍者の物語だった。主人公の猿飛佐助が武田さんと言う人と出会うことで、物語は始まり、強敵風魔小太郎を倒すまでの物語だった。
テーマは受け継がれる意志。最後は大伴細人と呼ばれる大昔の仙人忍者が残した巻物から、技と心意気を貰い後世へと繋げるという展開だった。
例え血筋が途絶えたとしても、後世へと受け継ぐ手段は幾つもある。そういうことを伝える物語であった。
「いやぁ、楽しかったぁ。まあ、欲を言えばもっと戦って欲しかったっすね。」
戦いがメインだったが、スタントマンや〇〇ショーの中の人みたいなプロの人が行う訳じゃないので、戦いのクオリティは低い。迫力感はないけども必死さは伝わった。
「まぁ、いいんじゃない? 物語の伝えたいことは伝わったんだし。」
垂れ幕は閉じた。
ステージに人工の光が注いだ。
垂れ幕が上がるとそこには何人もの三年生が並んでいた。
「レディース、エーンド、ジェントルマン。さぁ、最強の舞台を見に来てくれて、ありがとなー!」
物凄くハイテンションな滑り出しだ。司会の人はとっても派手な服と派手な言葉遣いで周りを盛り上げていこうとしている。
私達の近くから聞こえる声は"意外"の二文字ばっかりだ。三年生の特進クラスらしく、勉学ができるのにこの変質さは意外とのこと。私達の特進クラスも宇宙人カフェという異質さもあり、この凪海での頭が良い人達は変質者ばかりなのだろうか、と思ってしまった。
「さあ、男装・女装ファッションショーに応募してくれた三年生に拍手をお願いしまーす。」
今から始まるのはファッションショーだ。
まずは男装コンテスト。武人やヤが頭文字につく三文字の人などの服装をカッコよく着こなす先輩達。あまりのカッコ良さに目が奪われそうだ。
「俺の方がカッコイイっすね。」
「はいはい。黙ってて。」
見た目のカッコ良さなら隣にいる乾よりも断然かっこいい。いや、よく見たら乾も恵まれた容姿だ。喋らなければかっこいいということに今気付いた。
「さぁ、拍手を一番!」と司会。優勝を決めるために、最も良かったものに一人一回拍手をする。そして、最も会場を賑わす拍手が行われた人が優勝となるみたいだ。
続いて女装グランプリだ。さっきは勝負って感じがしたが、これはおふざけ感が強い。体育館が爆笑の渦に巻き込まれていく。
もし慎二君が生きていたら、開催クラスであるが故に、きっとここに立っていたのかなと思う。思い浮かべようとしただけで笑ってしまいそうだ。
ふと慎二君の弟で女装姿をイメージする。より具体的なイメージを想像するためだ。
「ふっ――っっっっっっ。」思わず隣を見ながら吹き出しかけた。
「どうしたんすか?」
「乾の女装姿を想像したら面白くなっちゃって。」
「何、想像してんすか!」
駄目だ、笑いを堪えきれない。私も笑いの渦に紛れ込んだ。
先程と同様、拍手の時間がやってきた。そして、終わった。
優勝者が決まり、これで終わりかなと思いきや、なんとスペシャルゲストが女装すると言い出した。そこで現れたのは教頭先生と、私にとっては地学基礎の先生――主催の当クラスの担任の先生だった。
会場はドッと大賑わい。
「では、最後にボール投げを行います。スポーツ観戦のサインボール投げみたいな感じです。ただ、このボールはな、な、な、なんと!」
見ている三年生達が主導となって「なんとー」と掛け声が放たれている。
「このボールは運命のボール。取った人は恋が実ると言われるボールゥっ! これを取れば好きな人と結ばれるかもぉ~! このボールの名は!」
今度は歓声が湧き上がる。そして「その名はぁ?」と返されていた。
「ウェディングブーケボール。略して、WBB!」
その言葉には「ひーはー」と返されていた。私にはそのノリについていけなかった。まあ、これが三年生のノリなのだろう。
舞台に立っている優勝者二人と先生二人がボールを握った。
そして投げ入れられる。一つはすぐ近くに、一つは壁際に、一つは前側に山なりで投げ入れられた。
ボールを手に入れたいという欲求はない。ただ成り行きを見守るだけだ。
残り一つ。遊びみたいに天井付近にまで投げ入れられた玉。見上げると、天井に挟まったバレーボール付近にまで高く飛ばされていた。弧を描くように落ちていく。
「あたっ!」
まさかの私の頭に直撃。悔しいから、その玉を取ることにした。前に転がるそれに手を伸ばす。
手と手が触れ合った。ちょっと温かい手だった。
「あっ、ごめん。」
私は手を戻す。そのまま手を伸ばしていた乾がボールを手にした。WBBは乾に微笑んだみたいだ。
間髪入れずに私達――というよりも乾を囲むようにお祭り騒ぎになる。
その熱気についていけない。
お開きとなった体育館。そのまま自分のクラスへと戻る。隣では乾がいつもとは違う静けさ漂う雰囲気で歩いていた。
「愛南は占いとかって信じるか?」
「占い? 信じるよ。今でも毎朝欠かせずにヤフー占いみてるから。突然、どうしたの?」
「俺は気にしたことなかったけど、そういう不思議な力みたいなの信じよっかなーって思っただけっすよ。」
何故聞いたのか私にはあまりよく分からなかった。そのまま突然梯子を降ろされたかのように静まり返った廊下を歩いて教室へと向かっていった。




