8話
真っ暗闇を照らす足元の仄かな灯り。
パッと妖しげな光に包まれて現れるはおどろおどろしい姿の機械。
こういう時、私は、きゃー怖いみたいな感じで振る舞えば良いだろうか。うん、そうだろう。
「私、ちょっと怖く――」
「嘘つけ」と素早い突っ込みだ。
いつもボケ側なのに、この時に限ってはツツコミ側に回るのが早い。彼に問いたい。本当にそれであっているのだろうか。いや、あっていない。
薄暗い道は一本道。決められた順路を守って進む。
少しずつ温かさすら感じる光が見え始めていた。そこへと近づいていくと出口が見えた。
出口で待つ二人と合流する。そのままお化け屋敷の建物に背を向けて次のアトラクションへと向かう。
ふとアズアズが肘を軽く当ててきた。そして、コソコソと呟く。
「お似合いじゃん。あんたらのカップル、似合ってるよ。」
「やめてよ。そんなんじゃないって。」
赤面しかける所だった。危なかった。
私達はカップルでも何でもない。それなのに囃し立てられると、意識してしまうではないか。私が恋をしてはいけないと知りながらの蛮行だ。意地が悪いと思ってしまう。
水に飛び込むジェットコースターが散らす水飛沫。渋りがちな彼女を置いてジェットコースターに乗り楽しんだ。
売店の前へと来た。
美味しそうな写真を眺める。
「俺、チュリトス食べよっ。」
彼はそれをそのまま頬張った。
「やっぱ定番のポテトかなぁ。」
私はポテトを購入した。箱の中のそれを全部食べたいとも思わない。買ったポテトでシェアしていく。自然なポテトの食感とほんのりと感じる塩味が口の中で溶けていく。
アズアズはチュリトスに加えてクレミア――コーンがお菓子でできたアイスクリームだ。美味しそうにカブリと食べている。よく食べれるな、と感心さえ覚えていきそうだ。
お腹を満たしたアズアズは元気いっぱいとなり先頭でみんなを導いていく。
見渡せばてんとう虫を模した機械が可愛く動いている。海驢の機械が動いている。長い耳で飛んでいる象の機械もある。
「乾は、あーいうのが似合いそうじゃない?」
「俺は子どもじゃねー!」
彼はいじられながらもそれなりに楽しい表情を浮かべていた。
バイキング。海賊船を模した船に乗り、前後ろへと揺られていく。降車後、半井がダウンする。突然の休息タイム。相変わらずアズアズはアイスを買って食べていた。「よく食べるな……」と呆れられていた。
ハイブリッドコースター。一人見学の中、それに乗り込む。スリリングな勢いに心から悲鳴を上げていく。少し解放された気分になれた。
それなりに楽しんだ。
そして、売店へと入り私達は思い出の品を買うことにした。
「みんなでコレ買おうよ」の提案に「いいね」と返す。手に取った白い鯨のミニぬいぐるみキーホルダー。購入したお揃いのキーホルダーだ。白い鯨がぽっちゃりと可愛く目に映る。
この思い出はきっと消えない――。私はそう胸の中で思った。
パーク内を出入口に向かって歩いていく。
今日の一日を楽しく感じる。私は少し微笑みかけた。
「えっ?」
ふとアズアズが立ち止まる。それを受けて私達も立ち止まり彼女を見る。
彼女の視線の先にはパッとしない感じの眼鏡をかけた男だった。暗い雰囲気の奥に強い生命力を感じた。その隣には二人の似たような感じの男がいる。同じ会社で働く人同士で来たのだろうか。
彼が彼女に気づくと「ん?」と言葉を落とした後、すぐに「もしかして」と続けた。何の関わりだろうか。
突然、踵を返してどこかへと走り出したアズアズ。あっという間に姿が見えなくなった。
「どうしたんだ?」と言われ「何でもない。行こうぜ」と返す男達。そのままどこかへと向かった。
突然の出来事にあっけらかんとしてしまう私達がいる。顔を見合せた後、すぐにスマホを開く。
「連絡が通じませんね……。」
メッセージは既読せず、着信にも出ない。仕方なくパーク内を探し回ることにした。
そこまで人混みはいないためか走り回りやすいものの、一向に見つからない。ハァハァと息を切らしながら、周りを見渡していく。
一体どうしたんだろうか。何も分からないために不安ばかり想像されていく。いや、そんなことよりもまずは見つけ出さなきゃ……。
巨大な観覧車の下。
ようやく対象者を見つけた。多分、私が一番のりだ。
「ようやく……見つけた。」
「ごめん。ちょっとね……。」
少し含みを残したトーンだった。
少し呼吸を整える。
スマホを開いた。二人に見つけたって連絡しなきゃ。メッセージで見つけた事を報告した。
「まなみん……。二人きりで、アレに乗らない?」
二人に悪いという気持ちと彼女の思いを無下にはしたくないという気持ちがぶつかり合う。そして、私は後者を選んだ。
待ちの無かった観覧車にすんなりと乗れた。
二人きりの揺られていく箱の中で段々と小さく見えてくる景色を眺める。空の景色が私達を包み込んでくる。春の優しい雰囲気に包まれていく。
「呪いの効果が出ずに、ずっと本物の愛を探して人生の失敗をしたんだよ。やっぱりアズアズには分からなかったんだよねー。ほんと嫉妬しちゃう。まなみんが羨ましいよ。人を好きになれる心があって。おかげで好きだって思われる。」
「そんな心持ってないよ、私。」
彼女は「そう?」と呟いて外の景色を見ていった。すぐに「あっ」と呟いていた。
「乾っちと遥ちゃんが仲良く手を繋いでるね。カップルみたい。」
乾と半井が――?
思わず「は?」と零す。胸の中に現れる蟠。心が歪んでいくのが分かる。歪むせいで酔いのような気持ち悪さと溢れていく憎悪のようなもの。その憎悪への嫌悪感が心をさらに圧迫する。
「ごめん――嘘。」
その一言で少し気は緩んだ。けれども、パッと回復する訳でもなく、徐々に回復するため、未だに邪念が取り払えない。
「なんでそんな嘘をつくの?」
「ね。まなみんは恋をしてる。あたしにはない感情……だよ。」
「……?」
「嫉妬したじゃん? 紛れもなく好きだって気持ちじゃないの?」
私……嫉妬してたの?
その感情に少し動揺を隠せない自分がいる。ずっと恋をしてはいけないという理性が何とか打ち勝っていたと思っていたのに、その理性が負けていたことを信じられずにいた。
「ごめんね。それでもあたしは抑えきれないみたい。ねぇ、まなみんのこと寝取っていい? あたしとさ、禁断の恋をしない?」
観覧車はもう半分ぐらいの高さまで着た。この中を見ている人なんていない。私達の距離は凄く近くなった。
「前も言ったっけ? アズアズは関係リセット界隈だって。けど、まなみんは特別……。分からないけど、そんなあたしを変えてくれるような気がする。だって、まなみんといると安心するんだ。……心からさ。まなみんだけだよ、あたしを満たしてくれる人なんて。だから――。」
膝の上に乗られた。顔がとても近い。けど、嫌な気はしなかった。
「――奪っちゃうね。」
観覧車はもうすぐてっぺんを迎える。
思わず目を瞑った。
唇と唇が触れ合う感触。艶やかな感覚。忘れかけていたあの接吻の味を思い出しそうだ。
目を見開いた。
花と光になって溶けて徐々に消えていく姿が眼前に存在した。チラッと私の手を見ても何も起きていない。
「やっぱり問題があったのはあたしかー。愛の行為を幾つも試した所で呪いが発動しないのはあたしが愛しきれないからだったんだね。人生の最後にそれが知れて大満足大ハッピーだよ。」
ゆっくりと消えていくアズアズ。私の愛がそこまで足りていなかったからか、それとも同じ呪いにかかった者だからか、理由は分からないけどゆっくりと効果が現れている。
「駄目、消えちゃ駄目!」
迫真の思い。
まあ、どれだけ思いがあってもどうにかなるものではない。
「あたしさー、愛されたかったんだよねー。だけど実態はさ、他人を愛すことができないのに、他人から愛されたいだけの愛着欲求モンスターなんだよね。与えることはないのに、ずっと与えられたいと思ってきた。そんなわがまま通じる訳もないのにね。だけど……。」
ついに観覧車は最も高い位置へとやって来た。
彼女の優しく微笑む姿が、光に包まれていてとても神秘的に感じた。
「呪いは愛されることで消える効果。一目瞭然で分かるよ、あたしは愛されたんだって。こんな嬉しいこと今までで一度もなかった。他人を愛せないようなこーんなあたしも愛されていいんだって。――だから、ありがと。」
もう体の半分も存在しない。
私の膝に置かれた白い鯨のキーホルダー。
「これ、アズアズの、上げるね。アズアズからのプレゼント。」
春の陽光に照らされながら目の前のアズアズは消滅した。確かにそこにあったはずの白い鯨のキーホルダーもそこから消え去った。
私の分のキーホルダーが虚しく揺れる。
揺らめく箱の中。そこには私一人だけ。嗚咽のような声も箱の中にだけ反響して外には出ず、きっと誰も気付きはしない。
もう大地が近い。
窓が開く。虚しく降りる。そこに駆けつける二人。
「突然どうしたんだよ。急に走り出したりして。」
彼女が逃げ出した記憶はこの世から消えた。何の因果か私が逃げ出したことになっていて、それを二人は心配してくれていた。
「そんなに観覧車乗りたかったんです? 言ってくれれば乗りましたのに?」
「ううん。何でもない。」
今度こそ帰路に着く。変わったのは四人が三人になったことだ。
乗り物が揺れている。
「もし大切な人が死んでしまって、自分以外の誰もがその人の存在を忘れてしまったら……どうすればいいと思う?」
「哲学的な話です?」
「なんかの漫画の話じゃないっすか?」
移ゆき揺らめく景色。窓ガラスの向こうには薄らと私の姿も写していく。
「どうしても私には……その後を追って死んであの世で一緒になることしか思い付かなくてさ。」
四人目の死を受けて、私はもう動揺しづらくなっていた。ただ淡々と悲哀を消化していた。結局、生きる希望と価値を見いだせずに終わりそうだ。
「死ぬのは"逃げ"です。私ならその人の分まで生きてあげたいです。その人が成し遂げられなかった夢を代わりに成し遂げたいです。まあ、理想論ですけど……。」
「まー、そうだよなー。知ってるか。人がいつ死ぬのか。それは――人に忘れ去られた時なんだぜ。」
思わず「深い……」と聞き入ってしまった。乾にしては確りとした重みのある言葉だ。
「なんかの漫画で見たんす。何の漫画かは忘れたっすけど、昔からある有名な漫画だったのは確かっす。」
それに対して半井はちょっぴりため息を吐いていた。
「全く……。漫画なんかの言葉、参考にならないじゃないです?」
「そうっすか? 漫画でもアニメでも心に響いたんなら、人生の教訓や生き様はソレでいいんじゃないっすか。」
「そうだね……。人の『教訓や生き様』は漫画やアニメとかでいいかもね。ありがとう。」
ずっと忘れていた。窓の外の景色はゆっくりと淡くなり暗くなる。その色は多くの人が黒っぽい色を使うだろう。けれども、私がそれを青色と思えばこの景色は青でいいんだ。なんでそんなこと忘れていたのだろう。
乾の放った言葉が心に残る。アズアズは世界から消されても、まだ私の中で生きている。例え、彼女に繋がるものが消されて絶たれても、確かに紡いでくれた奇跡がここにはあるような感じがする。試すしかない。
「半井さんと私って友達……だよね?」
薄々、ゆっくりと聞いてみた。
「当たり前じゃない。ずっと前から友達でしょ?」
「じゃあさ、遥陽ちゃんって呼んでいい?」
「今頃……? まあ、いいですけど。」
半井遥陽。彼女と友達になるなんておかしな話だ。慎二君を巡って対立したままの関係だった。球技大会での事故の件でも友達にはなれなかった。けど、今は確かに友達だ。アズアズがいなければ私達は友達になれなかったんだ。
遥陽は……アズアズがこの世に遺してくれた唯一の奇跡なんだ。まだその糸を切るには早すぎる……そんな気がしている。
もう少しで私達の町だ。
あまりの凝縮された一日に少し吐き出したくなる。けど、私は無理やり飲み込んだ。
「体育祭は終わった。次の行事は確か……文化祭だな。まっ、随分と先っすね。」
「文化祭の演し物は一学期に決めて、夏休み中に完成させるんですけどね。そんなに先の話でもなくないですか?」
「一学期でも、終わりらへんっすよね。まだまだっすよ。」
「そうは言ってられないわよ。だって、もうすぐテストがあるんですから。テスト勉強してたらあっという間に時間が過ぎてるもんですからね。そしたら、すぐ文化祭――」
「なっ、テスト週間のこと頭になかった。今回はやべぇ。難しいから赤点取るかも知れねぇっす。」
私は笑って「ヤバいのはいつものことじゃん」と言ったけど、内心ヒヤヒヤした。赤点回避しなきゃいけないのは私も同じだ。
「全く……。常日頃から勉強さえしておけば焦る必要はないですのに。ただ、私も私で学年十位内に入る目標がありますから、勉強しなきゃ"ヤバい"人ではありますけどね。」
次元が違う――。
私も遥陽ちゃんを見習おう。そう思った。
私達は別れてそれぞれの家への帰路へと着いた。誰もいない家の中に「ただいま」を響かせた。




