9 クピドの気持ち
勇魚麻耶はわたしの幼い頃からの友人——いや、親友といっていい。
そう‥‥。親友。
すっごく引っ込み思案な女の子だ。好きな男の子に話しかけることもできないんだ。
幼年学校でのマイアはもう少し社交的な女の子だったと思うけど、それはたぶん生育環境の違いかもしれない。
それはわたしだって同じだ。アナスタシアも杏奈も本質部分では何も変わらない。お貴族様の世界に順応しなければならなかったか、21世紀の自由な世界に生きてきたかの違いなんだろう。
麻耶はそんなふうだったから、わたしは麻耶から「好きな子がいる」って聞いたとき、麻耶を応援しようって思ったのだ。
実は少しだけショックを受けながらも‥‥。
だって麻耶にはずっと笑顔でいてほしいから——。
本当は、わたしにとっては麻耶は親友以上の存在だった。いつの頃からそれを意識したんだろうか?
でも‥‥。いや‥‥。
今となっては‥‥
麻耶はごく普通に男の子に恋心を抱くタイプだったんだ。仕方ないよね。
わたしは一度だけ、麻耶に告白(に近いこと)をしたことがある。
そのとき麻耶は涙目になって
「わたしは‥‥杏奈とずっと友達でいたかった‥‥」と言われてしまった。
友達‥‥
って、残酷な言葉だったんだね‥‥。
わたしは麻耶にずっと笑顔でいてほしいし、そのためには友達‥‥なら友達でもいいし‥‥。たまに手をつないで歩けるなら、それだけでもいいし‥‥。
だからわたしは笑ってこう言ったんだ。
「やだなぁ。ジョーダンだよ。麻耶ったら、真に受けてぇー。」
一瞬でわたしは失恋した。
でも‥‥。大好きな麻耶にはずっと笑顔でいてほしい。
だからわたしは、麻耶が好きだと言う同じクラスの男の子=刈穂英人くんと麻耶を結びつけるために立ち上がることにしたんだ。
わたしはまず刈穂英人の情報を集め、研究するところから始めた。
いきなり「ちょっとあんた、わたしの友達の勇魚麻耶がさあ——」とか切り出したって、成功する確率は極めて低いのだ。
たしかに、刈穂英人は勉強もできるしスポーツもそこそこできるし、性格も誠実そうではある。
うむ! わたしから麻耶を奪うには中身としては申し分ない。
ただ見た目は、どう贔屓目に見ても「イケメン」とは言えなかった。ありきたりな顔に黒縁のメガネ。
そして女子にあまりモテたことがないもうひとつの理由は、運動部で華々しく活躍するのではなく、オタク系の科学部で日々訳のわからん化学実験をやっていることだった。
なんで麻耶がこんなのを好きになったのかよくわからんが、そこは乙女心というものなんだろう。(わたしにはよくわからんが)
ライバルがいなさそうなのは、麻耶にとってはラッキーといっていい。
理系の大学に進学希望ということで、先生の評価も合格間違いなしの太鼓判だったから、まあ、将来まで考えればなかなかいい選択かもしれない。(麻耶にそういう打算があるようには見えないが)
同じ理系頭ということで、わたしはまずそこから彼に接触することにした。
わたし自身は男の子に話しかけることに何の抵抗もない。話題が共通なら、なお話がしやすい。
そして話していくうち、麻耶がなぜ英人くんに惹かれたのか少しわかってきた。
派手なイケメンなんかが苦手な麻耶には、こういう男子がちょうどいいのかもね。
なんか一途で一生懸命で、この人だったら麻耶を一生幸せにしてくれるかもしれない‥‥と思える。
あーだこーだやって、3人のデートを重ね、ようやく英人くんと麻耶がいい感じになってきた日のことだった。
ロープウエイで眼下に広がる夕景を眺めながら、隣でいい雰囲気になってきている麻耶と英人くんを目の端にとらえて——。
よしよし、にわかキューピッドも成功したわい。と悦に入っていたとき、突然ゴンドラが大きく揺れて‥‥。
あの事故があって‥‥。わたしと麻耶はこの世界に転生した。
もしかして‥‥英人くんもこっちに来てたりしないだろうか?
麻耶は自分が死んだ時の最後の記憶について話したがらない。




