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伯爵令嬢のわたしは婚約を破棄されました  作者: Aju


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62/64

62 捨て身

 王城に向かって降下してくるドラゴンを見て、ガルディーは不審の念を持った。


 なんだ、あれは?

 どこの領主だ? ドラゴンに乗って王城に降りてくるなどという常軌を逸したことを演っている馬鹿は?

 間違いなくその場で打ち首だぞ。

 それとも王家の者か? 王家の人間は今、1人も外にはいないはず‥‥。


 ガルディーが怪訝な表情でそう思ったとき、ドラゴンの上の小柄な人影が叫んだ。


「ガルディー卿ッ! 推参!」


「ゴアアアッ!」

と竜が吠え、王城の門のすぐ外に巨体をぶつけるようにして着地した。

 ガルディーの周りを固めていた兵の何人かが、声も上げられずにその足に踏み潰された。

 ガルディーは衣服を爪で裂かれただけでかろうじてその攻撃をかわす。

「お‥‥おまえは、アリシア! 何をしている! 下郎の分際で!」


「それ! ガルディーを逃すな! この機に討ち取れ!」

 レグルスが間髪を容れず下知を飛ばす。

 カルホース兵がわっと押し出し、城門前が乱戦になった。


「暴れろ! ガルディーを踏みつぶせ!」

 アリシアはガルディーの怒声など聞こえてもいないようにドラゴンに命じた。

 この男さえ殺せば、大勢の命が助かる!


 ドラゴンはアリシアの命令によく従い、まるで一体の主従であるかのように暴れ回った。その緑色の目が、あたかもガルディーの顔を知っているかのように逃げるガルディーを追い、そこへ向かおうとする。

 周りの兵が槍や剣で止めようとするが、そんなものがドラゴンの硬い鱗に歯が立つはずもない。ドラゴンが戦闘用に使われるわけである。


 レグルスはこれにも目を剥かざるを得ない。

 ドラゴンは気難しい生き物だ。この人こそ主人(あるじ)——と思い定めた者の命しか聞かないことが多い。それゆえ、各家とも調教に苦労するのだ。

 一方本気でドラゴンが惚れた相手の(めい)には、まるでその者の意思がのり移ったかのように働く。

 ドラゴンはアリシアを(たぐい)まれなる主人(あるじ)と認めたようだった。


 アナスタシア様といい、アリシアどのといい、この娘たちはいったい‥‥何者なのだ?



 王城の庭でドラゴンの鞍に足をかけたまま、ノブルスはこの城門外での騒ぎの音を聞いた。


「そうか‥‥!」

とノブルスは一瞬にしてそれまでの常識のタガが外れた。この生真面目な男の思考が飛躍した。


 兵ならここにいるではないか!

 ドラゴンのグレネードとこの私。ノブルス・フェール!

 たった1匹と1人だけの兵。しかしその戦闘力は——!


 おそらく、門の外でアリシアどのに従って暴れ回っているのは我が家のドラゴンのパイナップルだ。

 叫び声でノブルスにはそれがわかる。


「行くぞ、グレネード! パイナップルの加勢に——!」

 ドラゴンがノブルスを乗せて舞い上がった。



 その後のガルディー軍は惨めなものだった。

 多勢のカルホース軍を食い止めようとする兵とアリシアの操るドラゴンを止めようとする兵の後ろ、まだ兵の(かたまり)のある中にいたガルディーめがけてフェール公爵のグレネードが空から襲い掛かったのだ。


 ガルディーはグレネードの足の下敷きになって(うめ)いた。

 グレネードは上手に爪を立てて、ガルディーを足全体で踏みつぶさないよう押さえつけている。


「ガルディー・アノスタコビッチ。王都騒乱、および謀反の罪で捕縛する。観念せよ。」

 グレネードの上からフェール公爵が厳かに宣告した。


「な‥‥何を言われるか! 反乱軍はそこなカルホースよ。私は王城を守って戦っていただけではないか!」

 ガルディーがドラゴンの足の下から(おめ)くのを、レグルス・カルホース伯爵が冷ややかに見下ろしている。


「申し開きは王の前でされるがよい。王兵の方々! ガルディーは取り押さえ申した。引き立てるゆえ、城門を開かれよ。」

 フェール公爵がそう呼ばわってしばらくすると、城門がゆっくりと開いた。

 王兵たちが恐る恐る、こちらを覗き見ている。

 そして。ドラゴンの足に踏みつけられたガルディーを見つけると、皆一様に安堵と歓喜の表情を見せた。

 ガルディーにとって、これほどの屈辱はない。


「殺せ! 殺せぇー!」


 喚くガルディーにフェール公爵は穏やかな声で言い渡した。

「今ここでは殺しませぬ。王の裁きを受けていただく。」



 一方、アリシアの視線はドラゴンの上からカルホースの軍勢のあちこちを彷徨(さまよ)っていた。

 アナスタシア嬢がいない。お嬢様はどこへ?


 そんなアリシアの必死な視線にレグルス卿が気がついた。

「アリシアどの。アナスタシア様は後方に。アノスタコビッチの本軍を食い止めるとおおせられて——。行っておあげなさい!」


「アリシアどの!」

とフェール公爵も声を張り上げた。

「そのままパイナップルに乗ってお行きなさい。私が使用を許可します!」


「お、お心配(こころくば)り感謝いたします! おまえ、パイナップルっていうのか。かわいい名前だな。」

 アリシアはドラゴンの首をポンと軽く叩いた。

「ごああう!」


「頼むよ、パイナップル。全速力だ!」

 ご無事でいてください、アナスタシア様!


 パイナップルは大地を蹴って凄まじい勢いで飛び上がった。

 翼の巻き起こす風で、兵数十人がなぎ倒された。




実は「グレネード」も「パイナップル」も兵器の名前からとりました。

「パイナップル」は手榴弾の通称なんですね。(一寸トリビア)(^^)


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