59 それぞれの思惑
ノブルスは身動きがとれなくなっている。
ドラゴンで自領へ戻り、兵を動かすことも考えたが、おそらくすでにアノスタコビッチの軍勢がカルホースを挟み撃ちにするべく王都に迫ってきているであろう。
今から戻ってフェール軍を動かして、間に合うのか?
それに、この切所において自分が王城内にいなければ、どのようなことになるやもわからない。
ことは軍事だけではなく、政治の闘いでもあるのだ。
この時になって初めて、ノブルスはアリシアを連れてこなかったことを悔いた。少なくともカルーネンを1人、連れて乗り込むべきだった。
斥候1人放つこともできない。城の外の様子がわからない。
王への目通りを願い出続けるしか方策を思いつかないが、王が会おうとしないだろうこともこの先読みのできる男にはわかってしまっている。
もしもガルディーがカルホース勢を退けて王城内に入ってきた時には、「フェールに目通りを許さなかった」という事実が王の身をかろうじて守るだろう。
「従者を持たぬ貴族など無力だな‥‥。」
ノブルスは立ちつくしたまま、苦笑いとともにつぶやく。
* * *
ゴローニャンはとにもかくにも王都に向けて出発した。
兵の数は1万7千ほどに減ってしまっている。
これでカルホースの強兵に勝てるのか? とも思うのだが、行かねばあのガルディー卿のこと、のちにどんな目にあわされるかわかったものではない。
しかし‥‥、もしアナスタシア嬢の言うように、これがガルディー卿による謀反だとするなら‥‥‥。
進軍すれば自分はそれに加担した将軍という汚名と共に処刑される危険性さえある。下手をすれば一族もろともに。
ガルディー卿が勝てばまだいい。
しかしガルディー卿に反旗を翻したカルホース軍は2万というではないか。
斥候の話ではガルディーの兵は王城を守るようにしてカルホース軍と対峙しているという。
どちらが本当の反乱軍なのだ?
思案の末にゴローニャンが到達した結論は、とにかく王都へ行く。そして情勢を見て、ガルディーが劣勢ならアナスタシア(カルホース軍)側について一緒にガルディーを討つ。
何にしても2万5千を1万7千に減らしてしまった上にカルホース軍にてこずったとなれば、たとえ勝ってもあのガルディーのこと、その不守備と罪をゴローニャンに問うに違いない。
ならば‥‥‥いっそのこと、この際‥‥。
それにアナスタシアお嬢様もアノスタコビッチなのだ。
ゴローニャンがそちらに味方してもガルディーをちゃんと討ちとることができれば、アノスタコビッチ家に不忠であったことにはならないであろう。
弱い方を討てばいいのだ。
ゴローニャンは軍を進めながら、俺は頭がいい、と誰かに誇りたくなった。
* * *
「引き続きドラゴンを借りられませんか?」
フェール城にリリアナ様を送り届けたあと、アリシアは留守居の者にそう頼んだ。
アナスタシアお嬢様が最前線でガルディー卿と対峙している。
フェール家の斥候は王城には近づけないものの、その程度の情報はフェール城にもたらしていた。
お嬢様が、最前線にいる。
アナスタシアお嬢様を護りに行かなければ! 今すぐに!
アリシアの中に恐怖に近い焦燥感が五臓を締めつけるように湧き上がってきて止められない。
戦いの最中でも、こんな恐怖を感じたことなどなかったのに‥‥。
「それはできませぬ。アリシアどのにはリリアナ様の救出のためにドラゴンを使わせるように、というのがご当主様の命令であれば‥‥。それ以上のことは、私めでは‥‥‥」
留守居の者は困じ果てた様子でそう言うのみだ。
「しかし。斥候の話を総合すれば、戦局は一刻を争うはず。ここから王都まで馬では半日はかかってしまう。ノブルス卿は王城内にいらっしゃるのでしょう?」
諜報能力に優れたアリシアには、斥候の話だけで事態がありありと立体的に見える。
デジタルも電子的手段もないこの世界において、諜報力とはすなわち、わずかな情報から全体の構図を想像できる想像力であろう。そしてそこからただの妄想を排除する論理力。
「卿から何か連絡はないのですか?」
「あ‥‥ありません。お1人でドラゴンに乗って行かれたとか。」
ならばなぜ、ドラゴンで領内に戻り、兵たちに下知をなされないのか? カルホースのみに戦わせておくおつもりだとは思えない。だとすると‥‥‥
「ノブルス卿は戻れないのではありませんか? たとえば、ドラゴンで王城内に乗り付けたことを罪に問われて。」
留守居が狼狽の色を見せる。
「斥候の話では、ガルディー卿は寡兵ながら王城の門を守るような形で布陣しているといいます。王城の兵は門を閉ざして籠ったままだとも。王は日和見をなされているのでは? もし‥‥‥」
とアリシアは声をはげます。
「カルホースが破れるようなことがあれば、卿もフェール家も無事ではすみません。」
「カルホース」と言ったが、アリシアの本心は「アナスタシアお嬢様」である。居ても立ってもいられない。
ここにきてようやくアリシアは自分の恐怖の正体を知った。
アナスタシアお嬢様にもしものことがあったら‥‥。
それは護衛としての義務感などではない。
アナスタシアを、お嬢様を‥‥‥失うことが怖いのだ。
お嬢様だからではなく、アナスタシアという少女がアリシアにとって‥‥‥天にも地にもたったひとつの大切な存在だからだ——と気がついたのだ。
「ドラゴンを、王城までお借りしたい。」
「そ‥‥‥それは‥‥」
「ならぬとなれば奪うまで。」




