58 王都攻防戦
アリシアがリリアナ様を護って戦っている頃、王都とアノスタコビッチ軍にもそれぞれ異変が起きていた。
レグルス・カルホース卿はさらに3千の兵を王都に侵攻させ、合計8千人の軍勢で王都の各地からアノスタコビッチ軍を駆逐し、王城へと迫っていた。
郊外に残る1万2千は後方から攻めてくるであろうアノスタコビッチの本軍——当のガルディーは王都内にいるが——に備えさせている。
他にも王都警備に派遣されている他家の兵もいるにはいるが、それぞれの王都邸に篭って邸の警備に当たるだけでじっと様子を見ている。
王兵5千も王城の中に門を閉ざして籠ってしまっており、王都の往来で動いているのはカルホースの兵とガルディーの兵ばかりだった。
他勢に無勢。しかもカルホースは強兵。
辻々で戦闘を繰り広げながらも、ガルディーの兵は次第に追い詰められていった。
街の住人たちは息をひそめてその様子を窺っている。
現状は形としてはカルホース軍がガルディー率いる3千を押し包む形になってはいるが、一方でガルディー軍は王城を背にして王城の門を守るような形にもなってしまっていた。
王軍が門を開いて打って出てくれればあっという間にガルディーを踏みつぶせるが、王城が門を閉ざしている限り王都の庶人たちの目にはカルホースの反乱から王城を守るアノスタコビッチというふうに映るだろう。
レグルス卿は攻めあぐねた。
ガルディーもそれをよくわかっていて、王都中に聞こえよとばかり大声を張り上げていた。
「王よ! 決して門は開けられるな! このガルディー・アノスタコビッチ、一手で防いでみせまする!」
その王城の中ではノブルス・フェール公爵が、機を逃さず門を開いて打って出るよう進言しようと王に再度の目通りを願っていたが王家側はそれに応えようとしない。
なおガルディーを恐れているのだ。
「今ならば間違いなくガルディーを討つことができます!」
そう取り継ぎに伝えても、取り継ぎの者は「お伝えはします」と言うばかりだ。
伝えてはいるのだろう。
だが、王は恐れているに違いない。
万が一、ガルディーが勝ってしまったら‥‥‥
そのときは‥‥‥
「大義であった。よくぞ王城を守り通した。」
そう言って褒美でも与えて機嫌をとるおつもりだろう。
門を閉ざしたことについては、すでにガルディー自身が「開けるな!」と叫んでいるから言い逃れはできる。
フェール公爵家は犠牲になるが、少なくとも王の命まで取られることはないだろう。
長い平和の中で自ら軍を率いたことのない現王は、目と耳を塞いで布団に潜り込んでいるような状況に違いない。
王兵は王にしか動かせない。
それをやることで後戻りの道が絶たれることを王は恐れていらっしゃるのだ。
それはわかるのだが、しかし今を逃せばどのみちもう後戻りの道はない。殺されるのが早いか遅いかだけの違いだ。
ノブルスはそれを王にわからせたいのだが‥‥‥
目通りが許されないまま、兵を率いているわけでもない単身のノブルスには打てる手がなくなってしまった。
一方こちらはアノスタコビッチ領境。
アナスタシア嬢からの檄文が届いたすぐ後に、今度は王都に向かって進軍するようガルディー卿からの命令が届いた。
アノスタコビッチ軍は混乱した。
アナスタシア嬢の檄文にはガルディー卿の罪の数々が挙げられていた。その下手くそな文字は間違いなくアナスタシア嬢の直筆である。
そこに書かれている内容は軍の将軍ですら知らないようなことで、これが本当ならアノスタコビッチ家は王家を敵に回したということだ。
つまり‥‥‥クーデター‥‥。叛逆という大罪だ。
一方、ガルディー卿からの使者の口上では、カルホースがアナスタシア嬢をたぶらかして反旗を翻したというものだった。
王都郊外にたむろするカルホース軍1万をガルディー卿率いる王都軍5千とで挟み撃ちにせよ——と言う。
もっとも、ガルディー卿のこの情勢伝達には実際にはかなりの誇張がある。現実にはガルディー勢は3千しかなく、追い詰められた状況であった。
ただそれをそのまま伝えれば、2万5千の軍を率いるゴローニャン将軍は動くことを躊躇うかもしれないと思ったのである。
このあたり、ガルディーは人をよく見ている。
しかしそれでも、アノスタコビッチ軍2万5千を預けられているゴローニャン将軍は迷った。
そもそも。
ゴローニャン自身はカルホースは同心していると聞いていたのだ。同盟軍である——と。
今回の軍事行動は、フェール公爵家の力を削ぐための圧力である——と。
それが突然、王都においてカルホースが寝返り、しかもカルホース軍の旗頭があのアナスタシアお嬢様だというこの構図が、ゴローニャンにとってはまるで狐につままれたような話であった。
あのお嬢様が?
たしかに変人ではあられるが、しかし、こんな無茶なことをやられるようなお方には見えない。だいたい政治むきのことにはとんと無関心だと聞いている。
一方で、迂闊に他人に乗せられるほど馬鹿でもない——とも。いったい何がどうなっているのか?
「斥候を放て。」
いったん立ち止まって状況を把握しようとした。迂闊な動きをすれば一族もろとも反逆者として弾頭台に送られかねない。
ゴローニャンのこの一瞬の逡巡が、アノスタコビッチ軍の弱体化につながった。
その夜のうちに兵の3分の1が脱走してしまったのである。




