57 守りたいもの
この57話はサテライト物語『託されたもの』を読んでいないと、少しわからない部分があるかもしれません。
長い沈黙が続いた。
その間リリアナが何を考えているのか、その表情からはうかがえなかった。
「あの方は‥‥、13年前はああではなかったのです。」
リリアナが青白い顔のままで口を開いた。
「奉公人であったわたくしを見初められたとき、あのお方は重圧に苦しんでおられました。毎夜わたくしの部屋にやってきて、赤子のように丸まって眠ったのです。結婚を申し込まれたとき、あの方は『一生傍にいてくれるだけでいい』とおっしゃいました‥‥。」
今もリリアナ様のところにおいでになりますか? と言いそうになって、アリシアはぐっと言葉を呑み込んだ。
「今は‥‥もうすっかり忘れられたような有様ですが‥‥。それでもわたくしはあの方を裏切ることはできません。」
「では‥‥アナスタシア様をお見捨てになさいますか?」
「そ‥‥そんなことは‥‥‥」
アリシアは声を励ます。
「殉死なさりたいなら、止めはいたしません。ですが今、お母上が人質に取られてしまえばアナスタシア様は戦えません! 今はアナスタシア様のもとに! その後のことはその時に考えればよろしいでしょう!」
「アリシア! 不敬だぞ! 己れがカルーネンの身分であることを忘れたか!?」
トトラが色をなした。
「わたしはアナスタシア様の護衛のカルーネンです!」
トトラが剣を抜いた。
「およしなさい、トトラ。」
リリアナがそんなトトラを制した。
「剣を納めて。今は、アリシアの言葉に従いましょう。」
トトラには馬でフェール城に向かうよう頼み、アリシアがリリアナ様と2人でドラゴンに乗るべく館の外に出たとき、1人の体格のいい男が3人の前に現れた。
「アリシアか。こんなところで何をしている。リリアナ様をどこへ連れてゆくつもりだ?」
センドラ・カルーネンだ。
追いつかれた。説得に時間がかかり過ぎた。
トトラがリリアナを庇うようにして剣の柄に手をかけて身構える。
「ふっふ‥‥。トトラ、おまえでこの俺に勝てると思うか? リリアナ様、どうぞこちらへ。ガルディー卿がお待ちです。」
その言葉に、リリアナの目にふと揺らぎが起こる。
「トトラ。リリアナ様をお護りして。わたしが戦う。」
アリシアが短剣を抜いて前に出る。
「無理だ、アリシア。センドラ相手では2人がかりでないと‥‥。」
「だから、あなたはリリアナ様を護って!」
アリシアの殺気がふくれ上がった。
センドラも大剣を抜く。この男でなければ振ることができないような大きな剣だ。鎧の上から当たっただけでも骨が砕かれるだろう。
その剣が殺気と共にアリシアの脳天に襲いかかった。
次の瞬間。
そこにアリシアの姿はなかった。
大剣が空を切り、センドラは一瞬アリシアの姿を見失った。
センドラの左上方から鋭い殺気が襲いかかってくる。
センドラは大剣を軽々とそちらに上げて、アリシアの剣を防ごうとした。‥‥が、そこにアリシアの剣もアリシアもいない。
「——!?」
アリシアは左下にいた。
剣を上げたセンドラの腋をくぐるようにして、アリシアの剣がセンドラの喉をめがけて襲いくる。
それなのに殺気がない!
殺気はセンドラの顔の正面からやってきた。
センドラは混乱した。
‥‥が、混乱したままでも体を捻り、かろうじてアリシアの剣が喉をかき切るのをかわした。
このあたり、さすがセンドラというべきだろう。
だが、アリシアの動きも意表をついている。
その上、襲いくる殺気とアリシアの身体の動きが一致しない。
どうなっている?
まるでアリシアが2人も3人もいるようだ。
それどころか、目でとらえるアリシアの実体ですら霞がかかったようで動きの先が読めない。
アリシアの殺気がさらにふくれ上がった。
正面から短剣を構えて突進してくる。
「ッらあ!」
センドラは1歩引きながら、突進してくるアリシアめがけて大剣を振り下ろした。
アリシアの身体が真っ二つになった。
‥‥‥と見えたとき、アリシアはそこにいない。
アリシアはセンドラの振り下ろした剣の上を滑るように跳んでいた。
アリシアの短剣がセンドラの脳天に突き刺さり、そのままアリシアが空中でくるんと体を回転させる。
ずるん。
と短剣がセンドラの頭から抜け、そこから血がぴゅうーっと吹き出した。
センドラの目が、ぐりん、と白目になる。
センドラは理解できないという顔のまま、前のめりに、どう、と倒れた。
「さ! お母上、今のうちに早く! ドラゴンに乗ってください!」
アリシアが短剣の血を拭きながら言う。
「ア‥‥アリシア‥‥。おまえ、いつの間にそんなに強くなったんだ? 今おまえが倒したの、あのセンドラだよな?」
アリシアはリリアナ様を手伝ってドラゴンの鞍に乗せながら、ただひと言を言っただけだった。
「師匠のおかげだ。」




