54 王都攻防戦
わたしたちはガルディーを取り逃がした。
ガルディーの護衛の中に、異様に強い男がいたのだ。
その男1人であっという間に10人のカルホース兵を斃し、兵たちが怯んだところでガルディーのあとを追いかけて撤退していった。
引き上げ間際に、そいつは凄まじい目でわたしを睨みつけていった。
わたしの背中に冷たい汗が吹き出る。
あいつはこのあと、ガルディーが安全な場所に逃げおおせたらわたしを殺しにくるのでは‥‥?
あの目は、そんな目だった。
「アナスタシア様。このレグルス、命にかえましてもあのような者からはあなたをお守りいたしますゆえご安心を。」
レグルス卿は頼もしげにそう言ったけど‥‥。わたしの恐怖は少し薄らいだだけだった。
血まみれの兵士の——たぶん遺体——が後方に運ばれてくる。
腰から下の力が抜けていくようで、わたしは馬にしがみついた。
しっかりしろ、杏奈!
ここは21世紀の日本じゃないぞ?
やると決めたんなら、途中で腰が折れちゃだめだ。
「5千! 私についてこい! 王都に入る! 残りはここで我が命があるまで待機。隊形を乱すな!」
レグルス卿が命じると、あらかじめ決められていた精鋭だろうか、5千の兵が見る間に卿を囲むようにして隊列を作った。
「アナスタシア様はここでお待ちになりますか?」
たぶん真っ青になっているだろうわたしに、レグルス卿は少しだけ微笑むようにして言った。
「いえ。王城にまいります。わたしがいなくては、説得力に欠けるでしょう。」
そう言ったとたん、わたしの腹の中に何かがずしりと据わった。
恐怖がすうっと消えてゆく。
もう一度顔を上げてレグルス卿を見たとき、わたしの目から怯えは消えていたと思う。
レグルス卿は愉快そうに歯を見せた。
「行きましょうず!」
* * *
ガルディーは自軍に逃げ帰ったそのままの足で、王城に馬を駆けさせた。
カルホースを討て——の王命を出させなければ。
ところが。
王城の門が閉まっている。
「ガルディー・アノスタコビッチだ! 火急の用で王にお目通りがしたい。城門を開けよ!」
しかし中から返ってきたのは信じられない返事だった。
「開けられませぬ。」
「わたしはアノスタコビッチだ。火急だと申しておろう! 開けよ! 誰の命で門を閉ざしておるか!」
「王命である。ガルディー卿を入れるな——と。」
王命だと?
あの王に単独で私に逆らえるような力も度胸もない。
誰が王城に入って王を唆した?
王都内は我が兵が警備している。使者の1人も王城内に通すなと言ってある。
「誰か門を通ったのか?」
ガルディーは門を警備していた兵に聞いた。
「いえ。誰も入ってはおりません。突然『王の命である』と言われて門を閉められました。」
ガルディーは狐につままれたような感覚になった。
フェールとカルホースが王家と共に、以前から今日のことをしめし合わせていたとでもいうのか?
しかし、そんな同盟の話が進んでいるなら、その兆候があるなら、我が家の間諜が見逃すはずがない。必ず何かをつかんでくるはずだ。
なぜ末っ子の変人娘がカルホースにいるのだ? あれはイヴァーシナ男爵のところで泥遊びに興じていたはずだが‥‥?
たしかに、あれはカルホースの長男と婚約させた。だから、カルホース家に招かれていても不思議はないが‥‥。
そんな話は聞いていない。
あの田舎者のカルホースが、遠大な乗っ取り計画の一環として我がアノスタコビッチ家との縁談を望んできたとでもいうのか?
いや‥‥それはありえん。あのカルホースにそこまでの知略の能力があるとは思えん。所詮は田舎貴族。目先の軍略ぐらいはできても、10手も20手も先を見据えた策などできるとは思えない。
ならば、絵を描いたのはフェールか?
あのお人好しにこの私を出し抜くような手が打てるとも思えないが‥‥。
思考がそこまできて——。
あっ! グレバか!
とガルディーは得心した。
ガルディーのやり方を間近で見てきたグレバがフェールに入れ知恵したなら‥‥‥この事態もありうるかもしれない。
しかし‥‥グレバはなぜ裏切った?
「手勢の3千で王城に攻め込む。王をたぶらかしている君側の奸を取り除く!」
ガルディーは自軍に命じた。
「領境にある我が軍に進行するよう使いを出せ。カルホースを後方から攻めるように伝えよ。あー、待て。使者にはセンドラを同行させよ。ヤツならばカルホース軍の隙を突破できよう。」




