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伯爵令嬢のわたしは婚約を破棄されました  作者: Aju


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53 大人になること

 わたしはこの数ヶ月で成長した。

 自分でもそう思う。


 高校生だったわたしは日本にいた頃、自分のことだけを考えていた。

 ()()の麻耶と楽しくおしゃべりして、テストの点数に一喜一憂し、推しの動画を見ることが楽しみだった。

 他人(ひと)のことといったって、せいぜいが英人くんと麻耶がうまくいくように働きかけるくらいのことだった。

 それだってひょっとしたら()()()()()を誤魔化す意味合いがあったかもしれない。結局、()()()()()だ。


 こちらのわたし(アナスタシア)だって自分の父親が何をやっているかなんてまるで興味がなく、ただ幼なじみのマイアたちと楽しくやっていられればそれでよかった。

 自分がなぜこんな贅沢をさせてもらえるのかなんて、考えたこともなかった。


 杏奈とアナスタシアの意識が混ざり合ったことで、わたしはこの世界の矛盾や問題点に気がついた。


 最初に浄化甕を作ったときだって、透明で臭わないお湯に浸かりたい、という()()()()()のためだった。

 でも、アリシアのひと言でその意味が変わった。

 シエン卿(麻耶のお兄さん)の言葉もわたしを後押しした。


 浄化甕や浄化槽——この技術を、王国中に広めたいと思った。


 わたしは今、アリシアを愛おしいと思っている。

 マイアやエイドリアンやシンシアを大切だと思っている。

 小さなイリスやオプタートを守りたいと思っている。


 だから、愛しい人や大切な人が暮らすこの世界を——守るためにわたしにできることをしようと思っている。

 できることだけで構わないから——。


 それが——大人になる——ということなんだろう。


 たしかに、カルホース軍というリスキーな場所に身を置いてはいる。

 直接戦うわけではないといっても、怖くないといえばウソになる。


 でも、大切な人のためにご飯を作ったり部屋を掃除したりするのと本質的には変わりないだろう、とも思う。

 大切な人の住む世界を守りたいから、道端のプラスチックゴミを拾うことときっと同じことだと思う。


 大人になる——とはこういうことだ。

 と、今わたしは思う。


 兜を脱いだわたしの顔を見てあんぐりと口を開けたガルディー(おやじ)を見下ろして、この男の野望を砕くことがアリシアの、マイアの、エイドリアンの、オプタートの、イリスの‥‥そして多くのこの王国の民の未来と平和につながるのだと思った。


 わたしは言うべき言葉、するべきことを、この行軍中ずっと考えてきた。

 今、それを、ここで解き放つ。



「ガルディー・アノスタコビッチ卿。」

 わたしは彼が父親であるにもかかわらず、そのように呼んだ。


「あなたがヴァイオレット嬢にしようとしたこと、この王都の法を冒した所業をしていること、わたしは全て知っています。」


「ア‥‥‥アナスタシア。おまえは何を言っている? 私はおまえの父親だぞ? 馬を降りてこっちに来なさい! カルホース卿。これはいったいどうしたことですかな?」


 ガルディーは事態が飲み込めないという顔をしている。

 レグルス卿は黙っている。馬から降りようともしない。


 これより前、わたしはいくつもの手紙を書いてレグルス卿に頼んで使者を送ってもらっていた。

 1つはフェール侯爵に。

 ()()()がガルディーに反旗を翻すこと。そしてアリシアをこちらに寄越してほしいこと。


 1つは後方のアノスタコビッチ軍に向けて。

 現当主(ガルディー)の非を挙げ、そのこと王の臣として許し難い。よってアナスタシア(われ)は王国に忠誠を誓う者として我が父(ガルディー)の罪を問う。

 アナスタシア(われ)に従う意思を持つ者は、決して領堺を越えるな。


 そして帰趨に迷っているであろう諸侯に対する檄文では、内容はほぼ同じながら最後の一文のみ変えた。

 アナスタシア(わたし)と志を同じくするものは、郊外のカルホース軍に合流するように。


 これらの全てについて、迂闊にもガルディーは気付いていなかった。

 ガルディー(おやじ)だって間諜は多数放っていただろう。

 しかしそれらに気取られぬよう、使いを放つのは王都郊外に着いてからがいい——。そうアドバイスをくれたのは百戦錬磨のレグルス卿だった。

 そのタイミングなら、たとえガルディー(おやじ)の間諜が何かに気付いてもガルディーまで報告する時間がない。

 レグルス卿が軍の指揮官たちに、その行動目的と敵が誰であるかを明かしたのもそのタイミングだった。



「父上! わたしは今、アナスタシア・アノスタコビッチとして、あなたの罪を問う!」


 それでも、そう言ってしまってからわたしは膝が震えてくるのを抑えられなかった。

 もう、後戻りはできない。


「カルホース! きさま、娘をたぶらかして何をしようとしている? 血迷ったか! きさまごときが王都でこのわしに取って代われるとでも思ったか!」


 ふっ‥‥

 とわたしの口から笑いがもれる。

 この人は‥‥他者を自分の価値基準でしか測れないのだ。


 わたしがレグルス卿の方に顔を向けると、卿も私の方を見て苦笑いをしていた。


「それ! ガルディーを捕らえよ!」


 レグルス卿が叫ぶのとガルディー(おやじ)が脱兎の如く逃げ出すのが同時だった。

 駆け出したカルホース軍の兵たちの前に、少数だが親父(ガルディー)に従っていた護衛たちが前に出てそれを防ごうとする。

 たちまち剣戟の音と兵たちの喚き声が起こった。


 それを見て、わたしの膝はさらに震えを増した。


 命じたのはレグルス卿だ。

 でも‥‥その意思を決めたのは、わたしなのだ。

 この人たちの命を削らせているのは‥‥‥。



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