49 2人だけの軍議
「父上。」
アナスタシアたちを寝所に行かせ、父と2人きりになったときエイドリアンは父レグルスに問いかけた。
それというのも、アナスタシアとの会談中、父はしきりにアナスタシアに好意を見せながらも最後まで言質を与えるようなことを言わなかったからだ。
一抹の不安があった。
父は個人的好意は別にして、カルホース家の将来のためにアノスタコビッチと結ぶ選択をするのではないか?
レグルス卿はしばらく返事をせずに宙を見つめていたが、やがてその視線をエイドリアンに移した。
「おまえはどう思う? フェール公爵はガルディー卿に勝てると思うか?」
「王都の司法権は王家と公爵家のみが持っております。」
「その司法権の裏付けは最終的には軍事力だ。俺の見るところ、勢力の点ではアノスタコビッチが圧倒している。」
「しかし、アノスタコビッチに心服しているような諸侯は多くはありません。ガルディーを恐れているだけです。」
「そのあたりは間諜の報告からもわかっている。フェール公爵が立ち上がったことで日和見を始めた諸侯が現れてきたそうだな。」
「父上。カルホースの武力がどちらにつくかで、この勝負は決まるのでは? それならば、王国の民にとって良い方向に‥‥」
「実はな‥‥」
とレグルス卿はそんな息子の言葉を途中でさえぎった。
「昨日、ガルディー卿から使いが来ていたのだ。王都に軍勢をよこせ——と。」
エイドリアンは驚いて目を見開いた。
「行くべきか、否か‥‥。」
「そ‥‥それは‥‥‥」
カルホースがそれに応じれば、もはや勝敗は決まったも同然。
「あやつはクーデターを起こすつもりのようだ。それに乗るが良いか、逆らうが良いか‥‥。カルホースにとってどちらが良いか? これは見極めねばならないが、王都から遠い辺境の悲しさだな——。情報が少ない。」
それでフェール公爵家からアナスタシアを連れてこい、とドラゴンを使わせたのか。
この状況で息子の婚約者をフェール公爵家に置いておくのは危険——と判断したのだろう。
「それでおまえにアナスタシア嬢を迎えに行かせたら、なんとイリスまでくっついてきた。フェール公爵はただのお人好しの忠義者というだけではないな。なかなかの策士だ。」
レグルス卿は額に手をやって苦笑いする。
「こうまで‥‥、仔犬が腹を見せて甘えるような姿を見せられては‥‥。あのイリスを殺せるわけがなかろう。」
「父上がフェール公爵にお味方されれば、戦力は拮抗します。」
「拮抗というだけだ。フェール公爵はガルディー卿に勝てるのか?」
もしフェール公爵側についてフェール公爵が負ければ‥‥あのガルディーのこと、今度は王国中の諸侯を率いてカルホースを討ちにくるだろう。
軍を出せばアノスタコビッチに与することになる。だが、あのガルディー卿の下に入ることが、長い目で見てカルホースのためになることなのかどうか——。
かといって軍を出さねば、それは即ガルディー卿に対する叛逆と見なされるだろう。
「ただひとつ、面白い情報が手に入った。アナスタシア嬢に来てもらってよかったよ。」
レグルス卿はそう言って目を光らせた。
「?」
エイドリアンには父が何を言おうとしているのかがわからない。
「アナスタシア嬢がどこで何をしているのか、ガルディー卿は自分の家の中にことについてはまるっきり無頓着のようだな。」
「それが、面白い情報なのですか?」
「アノスタコビッチは内側から腐り始めていると見た。」
「では、フェール卿にお味方を?」
エイドリアンは勢い込んでそう言ったが、レグルス卿の答えは予測すらしないものだった。
「俺は隠居する。カルホース家の当主はおまえが継げ。王への申し出と取り次ぎはフェール卿に頼む。執政権のある家だからな。」
「は?」
驚いているエイドリアンの肩をぽんと叩いて、レグルス卿はいたずらっぽい笑顔を見せた。
「頑張れよ、若当主。」




