44 赤心
エイドリアンの表情がみるみる引き締まった。
「そ‥‥それは、私の一存でお返事するわけには‥‥」
「もちろん。お父上のカルホース卿にご相談なさってください。カルホース家の武力がついた側が、この戦い勝つと見て概ね間違いありますまい。ですから‥‥」
とフェール卿はやはり子どもみたいな透き通った目でエイドリアンを見た。
「どうぞ、アナスタシア嬢をカルホース家へお連れください。」
え?
わたしは思わず2人の顔を見比べてしまう。
英人くんも驚いた顔をしていた。フェール卿だけがにこにこ笑っている。
「ど‥‥どういうことですか? 私がアナスタシア嬢を連れ去ったら、フェール卿には切り札がなくなるではありませんか。カルホースがそのままアノスタコビッチ家にアナスタシア嬢を送り届けてしまったら、どうするおつもりです? あるいはそのまま式を挙げて、カルホース・アノスタコビッチ同盟が強固になってしまったら‥‥‥」
は? そのまま式?
ちょ‥‥ちょっと、英人くん!
「ほっほっほ‥‥。」
とフェール卿が笑った。
「エイドリアン卿もまっすぐなお方ですなぁ。愛されていらっしゃるアナスタシア嬢が最も安全な方法はそれではありませんか。ですのに、私などの心配までなさってくださる‥‥。」
「わ‥‥私は、いえ、アナスタシア嬢でさえ、はなからガルディー卿などに味方する気などさらさらありませんが‥‥しかし、アナスタシア嬢をフェール公爵のところから保護してこいと言ったのは父で‥‥‥その父がアナスタシア嬢を得たあと、どういう判断をするか‥‥‥。」
「そこをエイドリアン卿、よろしくお頼み申し上げます。」
無茶だ。
とわたしにだってわかる。
いくらなんでも、この厳しい権力闘争の貴族社会で‥‥‥こんな人の良い態度をとってしまったら‥‥。
「わたくし、残ります!」
「杏奈‥‥スタシア嬢!」
「アリシアとわたくしとエイドリアン卿。いくらなんでも3人はチャッピーには乗れませんでしょう?」
「乗れるのは2人までだが‥‥。アリシアには徒歩で‥‥‥」
「アリシアどのには残っていただきたいですな。」
フェール卿がにこにこ顔で言う。
「アナスタシア嬢はカルホース家の軍勢に守られますでしょうが、私は心細いですからなぁ。」
え? そんな‥‥。離れ離れに?
わたしが思わずアリシアの顔を見ると、アリシアは何か含みを持たせるようにわたしに小さくうなずいて見せた。
「6歳の子ども1人なら、抱っこで一緒に乗れますかな? エイドリアン卿。」
「子ども?」
そのあとフェール卿が連れてきたのは、イリスという女の子だった。
フェール公爵の末娘だという。
「イーリ、ドラゴンに乗ってお空を飛んでみないかい?」
女の子はぱっと目を輝かせた。
「ほんとにいいんですか? おとうさま。」
これは!
カルホース家に人質を差し出すということではないか!
わたしにだってわかる。
そこまでするのか? こんな小さな子の命を‥‥‥。貴族同士の権力闘争とは、こんな酷いことをしなくてはならないものなのか?
わたしは英人くんがわたしとの婚約解消を「そんな簡単なことじゃない」と言った意味を、今さらながら腹に丸太を打ち込まれるような思いで悟った。
「アナスタシアお姉さまが抱っこしてくださるのですか?」
瞳をきらきらさせて言うイリスに、わたしは泣きそうになってしまう。
「そうよ。」
しかし、わたしはそれを懸命にこらえてイリスに微笑んだだけだった。
わたしが抱っこ紐で抱っこして、エイドリアンとの間に小さなイリスを挟むようにしてチャッピーに乗った。
鎧に足を入れ、鞍の取っ手にしっかりとつかまる。
なぜかチャッピーのにおいを「臭い」と思わなかった。
「さあ行くぞ、チャッピー。」
「ごおぅ。」
チャッピーは乗せてるのが誰かわかるようで、そぉうっと舞い上がってくれた。
「わあ! お城があんなに小さく!」
イリスが楽しそうにはしゃぐ。
その声を聞きながら、わたしは強く決意を固めていた。
必ずカルホース伯爵を説得する!
この子のためにも。王国のためにも。
アリシアのことも心配だけど、今はそれぞれ役割を果たすべきときだ。
「さあ行くぞ、チャッピー。」
このセリフ知ってる人、手ぇ挙げて。。(^^)/




