43 密談
「イヴァーシナ卿に?」
英人くんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
「こうなれば、ちゃんと正直に話をした方がよさそうですね。中へ入りませんか? ここでは‥‥」
フェール卿が誘うと、エイドリアンは少し迷ったような目で私の方をちらと見た。
「入りましょう、エイドリアン卿。疑心暗鬼はむしろリスクを増やします。わたくしはフェール卿がそんなに悪い方だとは思っていませんことよ。」
ふふふ。お嬢様言葉だ。ちゃんと忘れていないよ?
わたしがエイドリアンに婚約者らしく手を差し伸べると、彼はその手を取ろうとしてからちょっと躊躇した。
マイアのこと気にしてるんだ。いいね。
わたしもさりげなくその手で入口の方を指し示す。
「アナスタシア嬢のような方にそう言っていただけると嬉しいですね。」
フェール卿はそう言って先に立って歩き始めた。
エイドリアンは近くの木にドラゴンの口紐をくるくると巻きつける。
「チャッピー、ここで待っておいで。」
「ゴアゥ!」
チャッピーっていうんだ? ‥‥その見かけで。
「なに?」
「いえ‥‥別に‥‥。」
「小さい時はもっとかわいかったんだよ。ピイピイ鳴いて。」
「うん‥‥。」
そう‥‥なんだろうね。(^^;)
フェール卿の書斎で4人だけで話をすることになった。
4人‥‥とは、フェール公爵とエイドリアンとわたし、そしてわたしの護衛であるアリシアだけだ。
フェール公爵にはこの場に護衛がいない。
なんという度胸だとわたしは舌を巻く。
もっともエイドリアンだって、単身ドラゴンでここに乗り込んできているのだが。
「この毒皿事件はですね‥‥」
とフェール卿は穏やかな顔で話し出した。
「取り上げようによっては王一族への反逆事件という形にすることもできるんですよ。証拠と証言さえそろえられれば、アノスタコビッチ家をつぶしてしまうことも‥‥。」
それから卿は優しげな目でわたしを見る。
「しかしその単純なやり方では、アナスタシア嬢を巻き込んでしまう。イヴァーシナ卿はそれを避けたいと私に言われたのです。」
フェール公爵は王家のためにアノスタコビッチとの宮廷戦争を戦うつもりだと静かに言った。
声音や態度は静かだが、その目には不退転の決意がみなぎっている。
「そこで私とイヴァーシナ卿は一計を案じて、グレバが私のところにいるらしい——というウワサを流させたのです。」
アリシアがぴくりと表情を動かす。
「案の定、アノス‥‥ガルディーもカルーニエットも恐れから動き出しました。もしグレバが証言すれば、ガルディーもカルーニエットも極刑は免れないでしょうからね。」
フェール卿が「アノスタコビッチ」と言わなかったのは、わたしを気遣ってのことなのだろう。
その気持ちを、わたしはありがたいと思う。
「私たちの目的は、ガルディーとカルーニエットを焦らせて馬脚を現せしめることです。人は焦ればミスを犯しますからね。」
「当然‥‥」
とフェール卿は続ける。
「彼らはグレバの口を封じようと動き出します。そこにいるお嬢さんがグレバを斃してしまったと知らないわけですから。力のある暗殺者を送り込んできたりするかもしれません。」
そんな危険を犯して‥‥。こんなわたしを守るためだけに‥‥?
「あの‥‥‥わたし‥‥」
「ですから‥‥」
とフェール卿は少し情けなさそうに眉を下げた。
「正直なところ、アリシアどのに傍にいていただけると安心なのですよ。私のわがままですが‥‥。もちろん、浄化装置の建設も大事なお願いですよ。」
「あ‥‥あの! わたしが‥‥父を暗殺すれば‥‥」
わたしは思わずそう口走ってしまった。
正確には、アリシアに命じて——だが‥‥。
「それではアナスタシア嬢、あなたが親殺しで死刑になってしまいます。最低でも実行犯のアリシアどのは無事ではない。」
そうだった‥‥。何を浅はかなことを‥‥。もし「よろしく頼みます」などと言われてしまったら、とんでもなく危険なことにアリシアを巻き込んでしまうことになるところだったじゃないか。
しっかりしろ、杏奈!
「それに、ガルディーが死んだだけではアノスタコビッチの権勢に翳りは出ても、すぐには弱まったりしません。それでは王家のおためにはならんのです。あとを継がれることになるお兄様方は民や王家のことを思われるような方々ですか?」
わたしは言葉に詰まってしまう。
兄たちの行状を思い出して、思わず耳が熱くなった。
「ひとつ間違えば、ガルディーは王国を乗っ取るクーデターさえ起こしかねません。それだけの力を蓄えさせてしまったのは、ひとえに我らが不甲斐ないからなのですが‥‥。」
フェール公爵は少し視線を落とした。
それから再び視線を上げた時には、その目は子どもかと見まがうほどに澄んだ光を宿していた。
「そこで、エイドリアン卿。わがままついでにお願いがあるのですが‥‥」
急に名前が出てきて、エイドリアンは目を丸くしてフェール卿を見た。
「いざという時には、カルホース家におかれましては王家の側にお味方いただけませんかな?」
それは、アノスタコビッチを裏切ってフェール公爵家についてくれ——という意味だ。




