41 絡み合った糸(意図)
グレバらしい男がフェール公爵家に出入りしているらしい——。
そのウワサがガルディー・アノスタコビッチの耳に入ったのは、カルーニエットよりやや遅れてだった。
「カルーニエットめが裏切ったか!」
はじめガルディーはそう思った。
‥‥が、少し冷静に考えてみると、そうではないように思える。それならばガルディーが問い詰める前から、あれほどの怯えは見せないだろう。あの怯えは本心だとガルディーは見た。
本心からグレバが消えたことに怯えていた。つまり、カルーニエットはグレバをグリップできなくなったのだ。
だとすると‥‥‥。
グレバが単身カルーニエットとガルディーを裏切ってフェール公爵についたのか?
それならば、皿の企みにあのお人好しのフェールが気がついたというのも説明はつく。皿の毒について知っているのはグレバとガルディーだけなのだ。
しかし、それもどうもしっくりこない。
グレバは残忍で情け容赦のないカルーネンではあったが、利に転ぶような腰の弱いやつではない。
そのあたりの人物鑑定にはガルディーは自信があった。
グレバは数えきれないほど人を殺してきた殺人者だが、どこかに一誠を持っていた。それがあればこそ、ガルディーもグレバを護衛として、ときに裏仕事をさせる暗殺者として雇い続けることができたのだ。
もし腰軽に裏切るような男なら、いかに強いカルーネンであろうと傍に置いたりはしない。
フェールのような人が良いだけの男が、そんなグレバを転がすようなことができるものだろうか?
人はどれほど優れた能力を持っていても、己れの世界観の外から他者を見ることはできないものなのかもしれない。
ガルディーは人物眼に自信を持っていたが、その自信がかえって見えない角度からの人の姿というものを想像することをさせなくしていた。
有能すぎることによる死角というものだろう。
ノブルス・フェール公爵は決して人が良いだけのボンクラではなかったし、機械のように無慈悲に人を殺してくるグレバにも秘めたる人の心というものがあったのだが。
だが、ガルディーは自らの人物鑑定をもとにしてこの事態を計算した。
「これは、フェール卿。ご機嫌麗しゅう。最近ヴァイオレット嬢のお加減はいかがですか? お顔を拝見できず、寂しい思いをしておりますぞ。」
ガルディーは王宮の廊下ですれ違ったフェール公爵に、慇懃に腰をかがめて挨拶しながら話しかけた。
「あれはまだ少し体調がすぐれぬようでしてな。」
フェール公爵はいつも通りの温厚な笑顔で応える。
しかし、ガルディーはその目の中のわずかな陰りを見逃さなかった。
「ところで、近ごろお屋敷に妙なならず者が出入りしていると街のウワサで耳にしましたが‥‥。」
「ならず者?」
フェール公爵の表情に変化はない。
「元カルーネンだったとか‥‥。」
「はて。カルーネンでしたら何人か雇っておりますが‥‥。ならず者というような者は‥‥。何かの間違いでは?」
フェール公爵はとぼけて見せたが、その目の奥に「してやったり」というような勝った側の優位の色がよぎったのをガルディーは見逃さなかった。
「さようですか。では、何かの間違いなのでしょう。公爵家ともあろう方のお屋敷に不逞の輩が出入りしては、お家の名にかかわりますからなぁ。」
この会話はそれだけで終わった。
‥‥が、ガルディーはこれで確信を持った。
グレバはフェール公爵家にいる。
ガルディーは王都の邸宅に戻るとすぐカルーニエットに使いを出した。
「今すぐ来い! 来なければこちらから軍勢を差し向けるぞ。」
だがカルーニエットは応じなかった。
怯えたのであろう。
ただ使者を送って「私はアノスタコビッチ卿を裏切ってなどおりません」という返事だけを口頭で言わせた。
ガルディーは眉も動かさず、センドラに命じた。
「使者の首を切れ。」
カルーニエットは震え上がった。
アノスタコビッチに送った使者が首になって帰ってきたのである。
血まみれの使者の首を持ってきたのはアノスタコビッチ軍の将、正式の騎士だった。
馬から降りもせず、血の滲んだ布に包まれた使者の首を無造作にカルーニエットの前に放り出した。
騎士がガルディーから持たされたという口上は1つ。
「『裏切っていないのなら出てこい』というものです。拒んだらその場で切り捨ててよいと命じられております。」
言葉は丁寧だが、馬上で長剣の柄に手をかけている。




