39 絡み合った糸(意図)
「なんという難しい状況を持ち込んでくれるのだシエン、君は‥‥‥」
「申し訳ありません、公爵。」
そう言いながらもイヴァーシナ卿はにこにこ笑っている。
「単純に、アノスタコビッチの王家一族に対する不忠、裏切り、という構図にすることはできんというわけか‥‥」
「はい。」
「たしかに‥‥。あの子がガルディーのやつと一緒に断頭台に上げられる図などは、想像したくもないな。‥‥‥私にそう思わせたくて、彼女をここに来させたのか? 君は‥‥。」
フェール公爵は苦笑いしている。
「それもありますが、この魔法の浄化装置を考案したのはアナスタシア嬢なんですよ。川の水をきれいな水に変える浄水甕も。」
あえて共同設計したマイアの名前は出さない。
「アナスタシア嬢はこの装置によって邪気を良気に変え、疫病の蔓延を防ごうと考えておられます。実際、私のところではこの浄化装置に汚物を流し込み、あの甕でできたきれいな水で節目ごとに手を洗うという儀式をするようになってから、使用人たちにも1人も病人が出ていません。」
「それはまことか、シエン? 年端もいかぬように見えるが‥‥いくつなのかね、アナスタシア嬢は?」
「13歳です。うちのマイアの1つ上ですから。」
「天才‥‥なのか。見た目ではとてもそんな鋭さが見えぬが‥‥‥」
それは当たっている。
杏奈の成績は中の上くらいだったのだ。進学校とはいえ。
「どちらかといえば、素直でまっすぐなお嬢さん‥‥という感じだな。とてもあの欲と野心の塊みたいなガルディーの娘とは思えぬな‥‥。」
「彼女は‥‥アナスタシア嬢は、前世の記憶を一部持っているのです。そこで得た知識のようです。」
「なんと!?」
「アナスタシア嬢は、王国の中でこの技術を普及させられれば、これまで何度も王国の民を苦しめてきた疫病の蔓延を防げるのではないかと考えておられます。」
「そ‥‥そんなことができれば、それは王国にとって一番の功労者とさえ言えるぞ。それならば、その功を盾にアナスタシア嬢を連座から外すことはいとも簡単‥‥‥」
「しかし彼女の母君はそうはまいりますまい。ガルディー卿の妻ですからね。この毒皿事件は反逆罪とさえ言える大罪。いかに王といえど、情だけでアノスタコビッチに対する裁きを緩めるわけにはまいりますまい。‥‥‥母君が連座すれば、アナスタシア嬢は悲しみます。」
イヴァーシナ男爵とフェール公爵は、またそろってアナスタシアの方を見た。
少女はそんな話がされているとも知らず、お日さまのような笑顔で人夫たちと話していた。
「シエン。何か腹案があるのだろう? そうでなければ私にこんな話はするまい?」
フェール卿は少し困ったような顔でイヴァーシナ卿に訊ねた。
正直、このままなかったことにしたいような気持ちになりかかったが、あのガルディーを相手に甘い対応をすればこちらが滅ぼされかねない。
「アナスタシア嬢の隣で働いている少女が見えますか?」
「ああ。彼女も明るい笑顔の少女だな。アナスタシア嬢よりは少し年上に見えるが‥‥。」
「彼女は助手ではなく、アナスタシア嬢の個人護衛です。アリシア・カルーネンといいます。」
「カルーネンなのか?」
「それも凄腕の戦士であり、諜報員です。あの皿のカケラを見つけてきたのは、アリシアです。」
「——!」
フェール卿は驚きを隠せない。
「ヴァイオレット嬢の健康を心配して私に相談してきたのは、他ならぬアナスタシア嬢なのです。自らの生命の危険さえあるというのに‥‥。この一事でも、アナスタシア嬢のお人柄がわかるというものでしょう?」
「アノスタコビッチの家の中でも、何か争いが起きているのか?」
「そうではありません。ガルディー卿はアナスタシア嬢がそんなことをしているとは、つゆほども気づいていないようです。気づかれたらアナスタシア嬢の命は危険です。ガルディー卿は、我が娘だからと情をかけるような人物ではありません。」
「わ‥‥私は、どうすればいい?」
フェール卿は頭を抱えてしまった。
「グレバという凄腕のカルーネンが行方不明になっていることはご存知ですか?」
イヴァーシナ卿は全く関係ないようなことを言い出した。
「ウワサくらいは‥‥。ガルディーの個人護衛だったとか。雇い料はものすごく高いらしいな。」
「あの皿のカケラをアリシアが手に入れたとき、グレバが彼女を襲ってきたそうです。アリシアはそれを返り討ちにして斃しました。」
「なんと!?」
「本人から直接聞いたことです。死体は始末したため、グレバは行方不明ということになっているのです。」
「毒皿事件にカルーニエットも一枚かんでいるのか?」
「いえ、おそらく知らないでしょう。知っていたらグレバを引き上げさせたはずです。ここまで危ない話にカルーネンが関わってしまえば、自身の身も危なくなりますからね。」
カルーニエットにとってはカルーネンは商売道具なのだ。王家一族でさえ大事な顧客なのである。
「おそらく、グレバはガルディーから怪しい動きをする者を消せ——と命令を受けていたのでしょう。そこで、フェール公爵。一計があるのですが‥‥‥」
イヴァーシナ卿は驚いているフェール卿に意味ありげな笑顔を見せた。
「グレバがフェール公爵のところにいる——というウワサを、それとなく流していただけませんか? 公爵自身が何かをおっしゃる必要はありません。ただ、町の口さがない連中が『それらしい男が公爵家に出入りするのを見た』と噂するだけでいいのです。」
フェール卿も何かを悟ったらしい。少し面白そうな目をしてイヴァーシナ卿の目を覗き込んだ。
「すると、どうなる?」
「いろいろと面白い動きが出てくると思います。」




