37 疑惑
ヴァイオレット嬢が大宴会への出席を断ってきた。体調がすぐれないからだという。
あれが効いてきたのか‥‥? とガルディー・アノスタコビッチは思ったが、後でどうもそういうことではないらしい——と思い直した。
フェール公爵の態度がどうもおかしい。あの忠義一辺倒の男に、何者かが入れ知恵したとしか思えない。
アノスタコビッチに逆らってそんなことをするやつは‥‥と見渡してみても、思い当たるような勢力がない。
その少し前くらいから休みを取っているグレバも出仕してこない。代わりのカルーネンが護衛として私に張り付いている。
ガルディーはカルーニエットを呼び出して詰問した。
「グレバに払っている金が足りないのかね?」
「い‥‥いえ、決してそのようなことは‥‥」
「ではなぜグレバをよこさない? 私はあれが気に入っているのだ。」
状況がどうにもキナ臭い。正確な情報を得るためにもグレバの力が必要だ。
彼が優秀だ、というだけではない。あのことを知っているのはガルディーとグレバだけなのだ。状況を理解した上で情報を分析できるのはヤツしかいない。
「それが‥‥その‥‥」
とカルーニエットは歯切れが悪い。
何かに怯えているようだった。
ガルディーがさらにカルーニエットを問い詰めると、彼はついに白状した。
グレバが行方不明だというのだ。
「なんだと?」
極めてまずい状況だ。
いや‥‥信じたくはないが、もしかして‥‥。フェール公爵にたれ込んだのは、やつか?
「裏切ったのか?」
「そ、そ、そ‥‥そのようなことは‥‥っ!」
「裏切り者は必ず処刑されるから、カルーネンは裏切ることはない——とおまえは言ったな?」
「そ、そ‥‥その処刑人が、グレバだったのです。」
カルーニエットは怯えきっている。
まあ、そうだろう——とガルディーは一方では冷静に考えている。
グレバがそういう役割で、もし彼が裏切ったのなら、カルーニエットも無事では済むまい。
だが、ガルディーにはどうにも違和感がある。
第一、そんな裏切り方をして彼に何のメリットがある?
ガルディーはこの数年、グレバという人間を間近で見てきた。ガルディーは人物を見定める目には自信を持っている。
そういうガルディーから見て、彼がそんなバカな裏切りをするような愚か者には見えなかった。
違和感はあるが、しかしガルディーはあらゆる方向から可能性を考える男だ。ガルディーがこの貴族社会でのし上がってこられたのは、そういう考え方をしてきたからである。
「空いているカルーネンを全部雇おう。これで足りるか?」
ガルディーはカルーニエットの前にずしりと金貨の袋を置いた。
この事態は甘く見るべきではない。
何か大きな動きが水面下で起こっている。表面に出てくる前に、手を打たねばならない。それには護衛と諜報活動の強化が必須だ。
「グレバを探せ。探してここに連れてこい。あるいはヤツの死体でもいい。それとも‥‥おまえの死体で代替するか?」
「ひっ‥‥!」
カルーニエットは金貨の袋も忘れて部屋を飛び出していった。
グレバはフェール公爵の側についたのか?
何のメリットがあって——?
グレバは処刑人を任されるだけあって強かった。
あれがもし裏切るかもしれないなどと思ったら、恐ろしくてカルーニエットでさえとても傍に置けるものじゃなかろう。
グレバはいずれカルーニエットの後を継ぐと思われていた。そういう待遇も受けていた。何が不満で裏切る必要がある?
必然性がない。
だとしたら、グレバは殺されたのか? あの男を殺せるような手だれがいたというのか?
もしいたとするなら、そいつは誰に雇われているのだ?
フェール公爵家では、ノブルス・フェール公爵が深刻な表情をしていた。
「これは‥‥宮廷戦争になるな‥‥。」
かねてからアノスタコビッチは王家にとって危険なヤツだと思ってきたが‥‥。まさか、ここまでやるとは‥‥。
王太子妃の座に娘をつけるため、最も有力視される公爵家のヴァイオレットに毒を盛るとは‥‥。
知らなかった——などというのは言い訳に過ぎまい。言い訳ができる手段を選んだということだろう。
東方の陶器の技術など、この国で知るものはほぼいないのだから。
イヴァーシナはよく知らせてくれた。
アノスタコビッチの権勢は大きいが、これは王家のためにも我が家が戦わねばなるまい。
「宮廷戦争になるな‥‥」
ノブルスは末娘のイリスを抱き上げた。今年6歳の誕生日を迎える。
この子のためにも勝たねば。
負けた方が一族もろとも首を刎ねられることになるだろう。




