34 手の中の爆弾
「それほど強い毒にはならないと思うよ。滲み出る程度だから。ただ‥‥」
「ただ?」
「日々それで食事をしているとすると、徐々に体に蓄積されてゆく。鉛やカドミウムがね。」
エイドリアンの言葉に、わたしとマイアは口元に手をやって頬を引きつらせた。
「ヴァイオレット嬢が体調を崩して健康を取り戻せなくなれば‥‥実際、鉛中毒やカドミウム中毒は簡単には治らない。というより、治らないよ。腎臓に障害が出るからね。——ヴァイオレット嬢はお世継ぎを産むのに不安がある——ということになって、王太子妃の候補はナルツィセ嬢に絞られるだろう。」
「‥‥ひどい‥‥。」
「すぐにヴァイオレット嬢に知らせなければ! アリシア。使いに出て‥‥」
「待て! 杏奈!」
エイドリアンがわたしの腕をつかむ。
「公爵家の令嬢、それも最も有力な王太子妃候補に毒を持ったんだぞ? 公爵家といえば王家の親族。これは‥‥」
エイドリアンの顔から血の気が引いてゆく。
「反逆罪とも受け取られかねない事件だ。アノスタコビッチの家族全員が打首にもなりかねない! アナスタシア、君もだ。」
「いやっ! 杏奈‥‥」
マイアが青ざめる。
「お嬢様! わたしが‥‥変なものを見つけたばかりに‥‥」
アリシアが泣きそうな顔をしている。
打首‥‥? ギロチン‥‥?
やだよ。たとえ次の転生先があるとしても‥‥。わたし、何にも悪いことしてないじゃんか。
しかし‥‥‥
「だからといって‥‥ヴァイオレット嬢を放っとくわけには‥‥」
もしかしたら、日々回復不能な健康被害を受けてるかもしれないのに‥‥。
「杏奈らしいなぁ‥‥」
エイドリアンがため息をついた。
「自分の身の安全を冒しても、誰かが知らずに健康を害されてゆくのを黙って見てられない——か。うん。杏奈らしい。」
しばらく黙ったのち、エイドリアンがまた口を開いた。
「たしかに‥‥放ってはおけないなぁ。鉛中毒もカドミウム中毒も、いったん症状が出てしまったらこの世界の医療では回復不可能だ。ただ問題は‥‥」
とエイドリアンが顎に親指をそえる。
ああ、このしぐさ、英人くんのままだなぁ——とわたしは妙なところで嬉しくなってしまう。
「どうやって杏奈に類が及ばないようにしながら知らせるか——だ。」
「わたしがこっそりお父様に耳打ちしてやめさせる‥‥とか? それをネタに婚約解消‥‥は無理か。」
「ばか。そんなもん、君が殺されるだけで終わりだ。公けに暴露しても、知っているぞと脅しても、どっちにしても杏奈の身は危ない。」
「よしましょう。‥‥この情報は危険すぎます。」
アリシアがすがるような目でわたしに言う。
「じゃあ、ヴァイオレット嬢が弱っていくのをただ見てろというのか!」
そうは言って見たものの、じゃあ自分の命を賭けられるのか——と問われれば、その覚悟はない。
とんでもない爆弾を手にしてしまった。
「杏奈、とりあえず僕との結婚を急ぐか?」
「は?」
「アノスタコビッチ家のアナスタシア嬢ではなく、カルホース家のアナスタシア婦人になっておけば‥‥アノスタコビッチ家の罪は杏奈にまでは及ばない‥‥。」
「母は? 母はどうなるの? アノスタコビッチから引き離して引き受ける方法がないんじゃないの? 今のままでは、母は間違いなく主犯の妻だよ?」
「う〜〜ん‥‥」
「だいたい、マイアはどうするの? 英人くん。」
「わたしはっ‥‥杏奈が無事ならそれで‥‥」
マイアが必死の目で言う。
「とりあえず‥‥」
顎に親指を当てて考えていたエイドリアンが、少し明るい声で言った。
「最も波風の立ちにくい方法として、僕を次の大宴会に招待してもらえるようお父上に頼んでみてくれないかな?」
「それが、どういうふうにこの陰謀を止めることにつながるの?」
「僕が偶然ヴァイオレット嬢の皿を見てしまったという体で、こっそりアノスタコビッチの誰かに耳打ちしてみる。——これは東方の技術ですね。うちにも同じような皿があります。ただうちの皿は飾り皿なので食器には使わないよう、東方の商人が念を押してゆきました。絵の具が溶け出して体によろしくないから、と。おそらく伯爵はご存知なかったのでしょうが——といった感じでね。
これなら、いきなり反逆罪には問われないだろう。まずいと思ってやめるかもしれないし。」
なるほど!
「すごーい! エイドリアン。さすが年長者!」
「よせやい。杏奈と同じ高校生だったじゃないか。中身、変わってないよ?」
そうだった‥‥。
「でもこれでも、僕の身は危ないよ。絵の具が溶け出すことを知っていたその陶工は、それを周囲に言わないように口を封じられてしまったんだろ?」
このあたりでサテライト作品『託されたもの』の方へ道草していただくと、さらに内容が深まって面白くなっていくと思います。
なぜアリシアは生還できたのか——その謎が描かれています。
全然毛色違う作品ですけどね。




