33 エイドリアンの推理
皆がう◯こまみれになってろ材をかき出しているとき、わたしは第一槽の新しい設計図を描いていた。
すごく申し訳ないが、それくらいしかやれることがない。
第一槽には固体のろ材は入れず、ロープを編んだ粗い網を数多く上から垂らす。これが微生物のろ床だ。
厨房からの排水は、排水溝の勾配をゆるくして40センチほどの高さから第一槽に落とす。というやり方に変えた。
これで第一槽の中が常にかき回され、汚物の分解が早くなるだろう。
「終わりましたよー! アナスタシア様。」
ドレイクが半ばヤケクソ気味な笑顔でそう言ったとき、わたしは思わず90度以上の角度でお辞儀をしていた。
「お疲れさまです!」
「皆さん、お湯と石鹸を用意いたしました。体を清めてくださいませ。」
マイアがいつの間にかたくさんの桶に透明なお湯を用意していた。
あ、こういう気のつきかたはさすがマイアだなぁ。
「こ‥‥これは、あの魔法の甕で作ったきれいな水ではありませんか! そんな、我々ごときにもったいない! 我々は川で流してまいりますから!」
ドレイクが勢いよく言う。
いや、その川‥‥下流うちの領地だから‥‥!
「いえ、ここで流していただければ、減った分の水がちょうど戻りますから。」
わたしは急いで兵隊たちにお願いする。
「マイア。殿方は良いとして、アリシアのために浴室お借りしてもよろしいかしら?」
「もちろんですわ、お姉さま!」
マイアがほとんど嬉しそうに両手を胸の前に持ってくる。
「女護衛の身ながらこんなに頑張ったんですもの。お姉さま、お背中くらい流して差し上げて♪」
「え? え? え‥‥?」
アリシアが赤くなってわたしとマイアを交互に見る。
勘づいてたのか、マイア。
わたしは軽くマイアに目だけでお礼を言った。
「うん! 行こう、アリシア。」
「ちょっ‥‥え? お嬢様。お手が汚れま‥‥」
浄化槽補修を口実に、わたしは数日イヴァーシナ館にとどまることにした。エイドリアンにも使いを出した。
3人で絵皿の謎について考えてみたいと思ったのだ。
それには、場所としてイヴァーシナ家がいい。アノスタコビッチの秘密を暴く話をわたしの実家でやるのは危険すぎる。
陶工が殺され、アリシアが襲われたほどなのだ。
翌日エイドリアンが到着すると、わたしは例の陶片をエイドリアンにも見せた。
「どういうことだと思う、エイドリアン? こういうものをヴァイオレット嬢に贈ったとして、それのどこが陶工を口封じに殺さなきゃならないほどの秘密になるんだ?」
「そういう宮廷政治の機微を僕みたいな辺境の貴族に聞かれても‥‥。ただ‥‥」
そう言って、エイドリアンは陶片を手に取って眺めた。
「うちにも、これに似た色鮮やかな皿があるけど‥‥これほど鮮やかじゃない。東の方で作られた皿で、珍しいものとして飾ってある‥‥。どんな賓客が来ても、それに食事が盛り付けられたことはないなぁ。」
それからエイドリアンはしばらく考え込んでいた。
「21世紀では、どんな色でも出せるけど‥‥。この世界の今の技術でこんな鮮やかな色を出すのは並大抵じゃない。」
「その技術が他に漏れることを恐れた‥‥?」
「そんなことで陶工を殺したりはしないだろう。むしろアノスタコビッチ家で抱え込んじゃった方がいいんじゃないか?」
たしかに‥‥。技術を独占したいなら、うちが抱え込めばいいだけだ。
「気になることがある。かなり危うい話なんだけど‥‥」
そう言ってエイドリアンは眉間にシワを寄せた。
英人くんもそうだったなぁ——とわたしは思い出す。
「21世紀の日本では、古い陶器で色の鮮やかなものは——骨董品なんかだね——食器に使ってはいけないと言われていた。理由は古い技術では発色を良くするために低温で焼くから、鉛やカドミウムが釉薬から溶け出して体内に取り込まれてしまうからだ。」
「それって‥‥つまり‥‥」
「この絵皿もおそらく、低温で焼くことでこの色を出しているんだろう。その陶工が誠実な人なら、食器に使ってはいけないと言ったはずだ。これは飾り物だと——。」
わたしたちは、しばし沈黙した。
「それって‥‥つまり‥‥アノスタコビッチが、公爵家のヴァイオレット嬢を毒殺しようとしてるってこと‥‥?」




