29 カルーネン
アリシアは貧しい少年に扮して王都にいる。
アノスタコビッチ伯爵が使っている食器は特別製ではあったが、ヴァイオレット嬢に使わせているような鮮やかで美しいものではないことがわかった。
さらに聞き込みを続ける中で、同じように美しい食器のセットを伯爵がヴァイオレット嬢に贈ったこともわかった。
何をやっているのだろう? とアリシアは考える。
シンシアが勘ぐったような色恋沙汰ではあるまい。
アノスタコビッチ伯爵の関心は権力への野心だ。
ヴァイオレット嬢は王家と血縁のある公爵家の令嬢で、しかも王太子妃候補とも取り沙汰されている美しい女性である。
当然、同じように王太子妃の座を狙うアノスタコビッチ家のナルツィセ嬢のライバルでもある。
そういう女性に伯爵自ら珍かな贈り物をする。
動機はくだらない色恋沙汰ではなく、伯爵がさらなる権力を手に入れるための布石だろう。
アリシアは、食器を作った陶工を探した。話を聞くためだ。
貴族は自分で何かをするわけではない。必ず使用人や町の工人などに実際の仕事をやらせる。もちろん彼らはその目的など知るわけもないが、しかし政治的機密などというものとは無縁に暮らしている彼らは仕事の愚痴だろうと噂だろうと口さがない。
そういうところで聞き込んだ情報の断片をつなぎ合わせ、全体像を作り上げる。
アリシアの諜報のやり方は、そういうものだった。
「ああ、残念だったなボウズ。そいつならひと月前に死んじまったよ。東から流れてきた流しの陶工でな。どうやったらあんな色が出せるのかって聞いても、絶対教えようとしなかった。ついにわからずじまいさ。」
アリシアが話を聞いた陶工はそう言った。
「酔っ払って川に落ちてな。普段あんまり酒飲むようなやつじゃなかったんだがなぁ。飲まなきゃいられないようなことでもあったんかねぇ。」
アリシアは、その流れの陶工が使っていたという小屋に行ってみた。
粘土が乾燥しただけの作りかけの器が放置されていて、失敗作のかけらがいくつか落ちていた。
落ちているかけらを見れば、たしかに‥‥鮮やかな美しい色だ。こんな色の焼き物は見たことがない。
間違いない。
アノスタコビッチがヴァイオレット嬢に贈ったという食器を見たわけではないが、この陶工が納品したものだろう。
そいつが1ヶ月前に川に落ちて死んだ。
事故ではあるまい。おそらく口封じだ。
やったのはアノスタコビッチの手の者に違いない。何を隠そうとしたのか?
アリシアは、その美しい色の焼き物のかけらを大事そうに布で包んで袋にしまった。
まだアノスタコビッチが何を隠そうとしたのかわからないが、ここまでする以上これはかなり危険なにおいがする。
アリシアはその日のうちに、アナスタシア嬢の待つ城へ戻るべく道を急いだ。
徹夜で道を歩くつもりである。
賑やかな中心部を過ぎ、人通りも少ない王都のはずれあたりに来た頃。陽は落ちてあたりは暗がりが増えてきた。
アリシアは先ほどから背後をつけてくる気配に気づいている。
その気配は、微かだが殺気すら放っていた。
アリシアは気づかないふりのまま、路地の角を曲がり、暗がりの中に身を潜めて気配を消す。
路地の入り口で男の影が迷いもなく止まった。
通りの薄明かりを背景に黒々としたその影は、影だけでも鋼のような筋肉を持っていることがわかる。
男はゆっくりと路地の中に入ってきた。
アリシアが潜む暗がりの6フィートほど先で足を止める。見えているはずはないが、戦闘の間合いだ。
アリシアはそっと刀の柄に手をかける。
ギン!
という刃のぶつかる音と共に火花が散った。
瞬間。アリシアの小さな影が背後へ跳躍し、間合いの外へ出る。
「やはり、カルーネンか。」
男の影が低い声で言った。
声から判別するに、30代後半から40代といったところか。
「何を探っている? 雇い主は誰だ? 言えばおまえは見逃してやってもいい。同じカルーネン同士だ。」
アリシアは答えない。
こいつもカルーネンか。
この男の雇い主ははっきりしている。アノスタコビッチだ。あの陶工を殺したのもこいつかもしれない。
アリシアは覚悟した。
こいつは必ず殺さねばならない。
同じアノスタコビッチ家に雇われている以上、どこかで顔を合わせることがあるかもしれない。そうなれば、アナスタシアお嬢様にまで類が及ぶ。
アリシアはアナスタシアの個人護衛なのだ。
それが、陶工を殺してまで隠蔽しようとした秘密を探っていたとなれば‥‥。




