25 不祥事
王国はこの地域では大国の地位にある。
平和が続くとそういう国の権勢家は腐りやすいと言うが、わがアノスタコビッチ家も例外ではないようだった。
ただのアナスタシアであった頃にはそういうことにほぼ興味がなかったが、杏奈としての意識を持った今なら嫌になる程そうした話は耳に入ってくる。
最初はアリシアやシンシアに探ってもらおうと思っていたのだが、わざわざ探るまでもなく、気をつけていればいくらでもそんな話は耳に入ってきた。
上のお兄様が婚約者があるにもかかわらず下女に手を出しているとか、下のお兄様は2つの伯爵家の令嬢を二股かけていて「婚約者」にさせたい親(伯爵)から貢ぎ物競争をさせている‥‥とか。しかも家内の下女にも手を出しているというからヘドが出そう。
ただ、こういうものがアノスタコビッチ伯爵家の家格に傷をつけるほどのスキャンダルにはならない‥‥ということもわかってきた。
なんとなれば、現当主の伯爵が手を出した下女がわたしの母で、その結果わたしは第三令嬢になっているわけなのだから‥‥。
もし兄たちの行状が不祥事なら、わたしは不祥事の結果ではないか‥‥。
あ〜〜〜。
メンタルやられそう‥‥。
「どうされました? お嬢様。」
アリシアが珍しく元気のないわたしに心配そうな目を向ける。
「なんか‥‥いろいろ知ったら、自分の存在の肯定感が下がってきた‥‥」
「何をおっしゃいます。お嬢様のお母上は下女として奉公されていたとはいえ、ナイトの称号を持つ立派な家のお出ではありませんか。わたしなど‥‥」
そうだった。
アリシアの姓「カルーネン」は彼女の家族の名ではなく、人身売買をも生業とするカルーニエット家の貸出奴隷であることを表す記号だった。
政商カルーニエットは、口減らしなどで売られてきた子供を戦士や間諜として育て、貴族の家に貸し出すという商売をしている。
アリシアもそうしてアノスタコビッチ家に貸し出された奴隷だ。
彼女自身に落ちる手取りは少なく、アノスタコビッチ家が支払う給金はほとんどカルーニエットの懐に入る仕組みだ。
「この世界、女は搾取されてるな‥‥。いや‥‥アリシアの場合は女だからってわけじゃないか。」
「わたしはアナスタシアお嬢様にお仕えできて幸運です。」
結局、貴族の令嬢といったところで21世紀の杏奈の目から見れば、この世界の「女」は政争の道具だ。
女が自らの意思を通す立場を得るには、高い身分の男と結婚してその家の世継ぎを産む以外にないのかもしれない。高貴な身分の者の母となるしか——。
上の姉などは王太子妃の座を狙っているらしい。本人の意思なのか、父上の意思なのか、その両方なのか。
あ———、嫌な世界だ。
漫画なんかで見てたような華やかで優雅な世界じゃないよぉ。
とにかく、こんな不祥事(ですらないのか、この時代の価値観では)ではアノスタコビッチは揺らぎもしない。
何かこう‥‥汚職とか、王家に対する不敬とか‥‥。そういったものでも出てこない限り、飛ぶ鳥を落とす勢いのアノスタコビッチの力を弱めるようなことにはならなさそうだった。
このままでは、わたしはエイドリアンに嫁がなければならなくなってしまう‥‥。
エイドリアンは確かにいいやつだけど‥‥でも、「男」だぞ? しかも「お世継ぎ」を産まなきゃならない義務までついてくるんだぞ?
冗談じゃねーぞ?
「わたしが何か探ってみましょうか?」
「無理はしないで、アリシア。この屋敷にいるカルーネンはあなただけじゃない。危ない真似だけはしないでね。」
「大丈夫です、お嬢様。わたしもカルーネンですから、その手の訓練は受けています。」
そういうことじゃないよ、アリシア。




