23 謀略の浄化槽
「僕‥‥私の父は、私がどうしてもマイアと一緒になりたいと言えば‥‥認めてくれるとは思うけど‥‥」
そうい言いながらも表情は暗い。
「申し込んでおきながら解消したいなどと言い出せば‥‥アノスタコビッチ伯爵を怒らせることになる。今この王国でアノスタコビッチ伯爵を怒らせて無事でいられる者なんかいないだろう。王でさえ遠慮しているくらいなのだ。」
「そっちから申し込んだから解消が言い出せないなら、わたしが振っちゃうという手も‥‥」
言いかけて、それは無理か‥‥と気がついた。
権力欲に取り憑かれたうちの当主が、せっかくなびいてきた大きな武力を持つ辺境伯を、わたしのワガママくらいで手放すわけはないか‥‥。
縛りあげてでも送り届けるだろうな‥‥。
「無理だな‥‥。当主の意思なんだ。わたしの意思なんか関係ない‥‥。」
そこで、いつもはおとなしいマイアが発言した。
「英人くんが‥‥こまるなら‥‥わたしは‥‥」
「そんなんダメだ! 諦めんな、麻耶! わたしがなんとかするから! そうだ! 麻耶‥‥マイアをわたしのお付きとしてイヴァーシナ家からもらい受けて、一緒にカルホース家に行くってのは? わたしは名目上だけの正妻だし——!」
「それはいくらなんでも無茶だろう。」
英人くんが眉をひそめる。
「マイアはイヴァーシナ家の長女なんだ。いくら家格が下だといったって、貴族なんだぞ? それを、いかにアノスタコビッチとはいえ、下女によこせなんて‥‥。イヴァーシナ男爵の面目は丸つぶれじゃないか。」
「だったら‥‥」と言いかけて、だったらどうするんだという案がまるでないことに気がついてわたしは黙った。
‥‥‥‥‥‥
「わたしが‥‥何か、婚約解消に相応しいほどの不祥事を起こせば‥‥」
「それはなりません! お嬢様!」
激しい声で静止したのは、驚いたことにアリシアだった。
「に‥‥ニホンとやらがどんなところだったのかは存じ上げませんが、この王国では事と次第によっては死罪ということもございます。そのような危険を冒されるようなことは‥‥! ご‥‥護衛として、わたくしはっ‥‥!」
アリシアが半泣きの顔をしている。
ああ‥‥。そうだよね。
わたしばっかり、アリシアに体を大切にしろって言ってるだけなんて‥‥。
ありがとう、アリシア‥‥。
「そう‥‥ですね。わたくしも身を大切にしなければ‥‥。」
わたしはアリシアにうなずいて見せた。
少し冷静にならなくては。
「わたしが内部から探ってみるよ。アノスタコビッチの権勢にかげりが出る程度の何かを‥‥。」
「家格も釣り合わない‥‥」
マイアがうつむき加減に寂しい微笑を見せた。
「辺境伯は伯爵家といってもその武力も大きくて‥‥小さなイヴァーシナなんて‥‥エイドリアンさまのお父さまがきっとお許しにならない‥‥」
「家格なら上げる方法はあると思う。」
わたしはマイアとエイドリアンを見る。
「カルホースに見合う『伯爵』の称号を受けられるほどの手柄をイヴァーシナ家が立てればいいんだ。」
「しかし‥‥今、世は平和で戦もない。王国に目覚ましい貢献をするような手柄など立てる機会は‥‥」
エイドリアンが年長らしい表情で言う。
「王国の水環境問題と衛生問題を一挙に解決する技術を開発したなら、どう?」
マイアが、あっ、というような顔をした。
「それをイヴァーシナ家がやったとしたら?」
シンシアとアリシアとドレイクも、あっ、という表情になる。
エイドリアンとストラッドだけは、何の話かわかっていないようだ。
「浄化槽のプロトタイプをイヴァーシナ家に作ろう! プロジェクトリーダーはイヴァーシナ男爵ってことにして。」




