22 簡単じゃない
ひと通りの説明をして、ストラッドが状況をのみこんだとと見たところで、わたしはほくほくの顔で英人くんに言ったのだ。
「じゃあエイドリアン。わたしとの婚約を解消して、麻耶と婚約してあげてね。」
まもなく麻耶も到着するだろう。喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。
しかし‥‥
「そんなに簡単な話じゃないよ‥‥。」
英人くんは深刻な顔をしている。
「杏奈も13年もこちらで生きた記憶があるなら、わかるだろう? 貴族社会において、結婚は家と家の結びつきなんだ。好きな者同士が一緒になるというような簡単な話じゃない。」
「だからって‥‥諦めるの? 麻耶に諦めろって言うの?」
「僕だって‥‥! 僕だって、麻耶が‥‥!」
そこにマイア嬢が到着したという知らせが入った。
わたしたちは顔を見合わせる。
「と‥‥とにかく招き入れて、杏奈‥‥アナスタシア‥‥。会いたい! 会って伝えたい。どんなに僕が‥‥」
英人くんが泣き出してしまった。
ストラッドが驚いている。たぶん、こんなエイドリアンを見るのは初めてなんだろう。
わたしだって英人くんが泣くところなんて初めて見た。
わたしはシンシアに指示を出す。
「ここに来てもらうよう伝えて。婚約者に紹介したいとわたしが言ってるから、ドレイクだけをつれて入ってくるようにって。」
それからわたしたちの護衛2人に、念のため言っておくことにした。
「2人は再会を喜び合って抱き合うかもしれないけど、大目に見てあげてね。向こうでは同じ16歳の婚約者同士だったんだから。」
「な‥‥?」
エイドリアンが赤くなってわたしを見る。
そうでも言わなきゃ、この世界では恋人程度じゃ関係が弱すぎるでしょ——という意味を込めてわたしは英人くんにアイコンタクトを送る。
「わたしはあちらでは、2人を結びつけた仲人だったの。」
これで一応、こちらの価値観でも納得してもらえそうかな?
思ったとおり、英人くんも麻耶も自分を抑えることができず、ひしと抱き合って互いの転生と再会を喜び合った。
ほらね。
2人の話から、麻耶を庇った英人くんを串刺しにした鉄骨が、そのまま麻耶の胸も貫いたことがわかった。
うっわ! 痛そ‥‥。
そんな2人が泣きながら抱き合って再会を喜ぶ姿に、シンシアなんかもらい泣きしている。
わたしもうるうるしてしまう。
よかったなぁ。絶対この2人が結ばれるべきだよ。
「英人くんが見つかってよかった。あとは‥‥」
とわたしはハンカチで鼻を押さえながら言う。
「わたしとの婚約を解消して、麻耶と婚約するだけだね。」
え? という顔をしたのはシンシアとストラッドとドレイクだ。アリシアはすでに、理解した、という顔をしている。
英人くんが顔を歪めた。
「だから‥‥それは‥‥」
「簡単じゃないってか? じゃあ、英人くん、麻耶を突き放すのか?」
「そんなことは‥‥!」
麻耶が不安そうに英人くんを見上げる。
「でも‥‥! この婚約は、当主同士が決めてきたことなんだ。辺境に位置するカルホース家はアノスタコビッチ家の後ろ盾が必要で‥‥それで、父の方からお願いして第三令嬢の君との婚約を伯爵に認めてもらったという経緯まであるんだ。」
エイドリアンは絶望的な表情で首を振った。
「アノスタコビッチにすれば、変人で通っている三番目の問題児を払い下げてやるだけで傘下の貴族が1つ増える。悪くない取り引きだと考えたわけだ。」
16歳の杏奈の記憶と知識を持っている今のアナスタシアには、その辺の薄汚い事情もわからないではない。
「いや、そ‥‥、変人だなんて‥‥」
「気にしなさんなって。この世界じゃアナスタシアは自由奔放すぎるんだ——。」
わたしは、ふっとため息が出る。
21世紀の日本は生きやすい世界だったなぁ——。
「だからといって、わたしはエイドリアンと結婚する気なんかないし、麻耶と英人くんには幸せになってもらいたい! 絶対に諦めるつもりはない。」
わたしは唖然としている6人の前で、マイアとエイドリアンの肩に手を添えて宣言した。
「だから、みんなで婚約解消の方法を考えよう。」




