21 エイドリアンと護衛
「エイドリアン・カルホース卿がお着きになりました。」
侍従がそう告げるのとほぼ同時にドタドタという階段を駆け上がる音が聞こえ、1人の青年が侍従を押しのけるようにして部屋に飛び込んできた。
今にも噛みつきそうな勢いだ。
栗色の巻き毛に碧い瞳。背はさほど高い方ではないが均整のとれた体躯。見た目は好青年と言っていい。
雰囲気は‥‥英人くんのままだった。
「マ‥‥人払いをしてもらえるか?」
わたしは侍従に目で合図をし、それからアリシアとシンシアにも外へ出るように言った。
「ストラッド。お前も出ていてくれ。ち‥‥ちょっとアナスタシア嬢と2人だけで話がしたい。」
エイドリアンは逸る気持ちを抑えるように、少し震えた声で護衛に命じた。
護衛の青年は少し驚いたようだったが、すぐに(ああ、そうか)というような顔で部屋の外に出ていった。
何か勘違いしたな——?
誰もいなくなり、扉をしっかり閉めると、エイドリアンは振り向いて泣きそうな顔になった。
「麻耶か? 麻耶なのか?」
よかった。英人くんはまだちゃんと麻耶のことを愛してくれていた。
わたしは思わずにっこりする。
「麻耶! 麻耶! 守りきれなかったのか‥‥? でも、ちゃんとこちらに転生できてたんだな?」
「残念、英人くん。わたしは杏奈だよ。でも麻耶もちゃんとこちらに転生してるよ。マイア・イヴァーシナ——イヴァーシナ男爵の長女として。」
エイドリアンは抱きしめようとした手を止めて、泣き笑いのような顔になった。
「わたしは13歳。麻耶なんか12歳になっちゃったけどね。英人くんは16歳のままで転生できたんだ。よかった‥‥麻耶が喜ぶよ。」
「そうか‥‥。イヴァーシナ男爵家のマイアが‥‥。そうか‥‥、そうだったのか‥‥。」
「麻耶もここに呼んであるから、もうすぐ来ると思うよ。本当は英人くんより先に来て待ってるはずだったんだけど、英人くん神速なんだもん。」
わたしがそう言って笑うと、英人くんも照れたように笑った。
その速さは麻耶への想いの強さだから、わたしも嬉しい。
さて。それはさておき‥‥
わたしは、英人くんが先に着いてしまったので周りに対する取り繕いに困ってしまった。
わたしが婚約者と2人きりでいるところへ、幼なじみだけが入ってくる‥‥というのはいくらなんでも無理がある。
そこは、幼なじみは遠慮すべきである——というのは誰しもが考える常識だろう。
それを乗り越えてしまうのは、さすがにマイアとエイドリアンの世間的な評判を下げてしまうことになる。
しかし、だからといって護衛や侍従たちの前で麻耶と、特に英人くんが初対面みたいな顔をして挨拶するなんて‥‥できるとは思えない。
お互いに転生していたことを知ったなら、抱きしめ合いたいはず。
だからこそ、シンシアだけを同席させて幼なじみとお茶をしているところにエイドリアン卿を丁重に迎え入れる——護衛には遠慮してもらって——という筋書きを考えていたのだが。
「英人くん。あの護衛は口が固い?」
「ストラッドのことか?」
「さすがに婚約者2人だけのところへ幼なじみを招き入れるというのは不自然すぎる。わたしの護衛のアリシアと侍従のシンシア、それに麻耶の護衛のドレイクはわたしたちが転生者であることを知っている。だから彼らの前で英人くんと麻耶が再会を喜びあっても誰も違和感は抱かないと思う。問題は、英人くんの護衛のストラッドさんだ。」
「その人たちには、どうやって理解してもらったんだ?」
「ありのままを話して。わたしたちがあちらでは同級生だったことも。」
「ストラッドは僕の幼年学校からの親友で、口も固い。どんなことだろうと、僕が秘密だと言えば墓まで持っていくようなやつだよ。そこは信用していい。」
わたしは部屋の扉を開けて、外にいた3人に中に入るように言った。
アリシアとシンシアはいつも通りの表情で中に入ってきたが、ストラッドだけは少し怪訝な顔で入ってきた。
(むつみごとをしてたわけじゃないのか?)という顔だ。わたしは笑ってしまいそうになる。
そんなストラッドに、エイドリアンが親友としての目で話しかけた。
「ストラッド、これからこの中で君だけが知らない話をする。秘密は守れるな?」
ストラッドはちょっと驚いた表情を見せてアリシアとシンシアを見た。
アリシアとシンシアは状況をのみこんだ——という顔で、少しストラッドに微笑を見せる。
ストラッドはそれだけで何事かを悟り、すぐに謹直な表情になって小さく頭を垂れた。
「墓場まで持っていきます。」
なるほど。とわたしは思う。
信用できる人だ。




