19 魔法の術式
翌日、アリシアはいくつかの新しい情報を持ってきた。
それによると、エイドリアンには最近変化があったらしい。
「魔法をお使いになるようになったということです。」
「魔法? どんな?」
「宮廷の白魔法師と同じような。お妹様が熱病に冒された時、何やら調合した魔法薬でお治しになったとか。」
ああ、英人くんならそのくらいのことはやるだろう。なにしろ化学オタクだったからな。
「他には?」
「紙に呪文のようなものや魔法陣のようなものを書きつけていらっしゃったのを侍従が見たとか‥‥。噂だけですが。」
それはたぶん化学式だ。わたしの推測が合っているなら。
「誰かを探しているような噂は?」
「そういうものは聞きませんでした。
‥‥‥‥‥‥
そうか‥‥。
「ありがとうアリシア。ぶっ通しで働いてて、寝てないんじゃないか?」
「大丈夫です。」
「大丈夫じゃない顔してるぞ? ここで少し寝なよ。昼間は誰も入ってこないから、律儀に護衛してなくても‥‥。」
「そ‥‥そのようなことは‥‥」
「そのようなことをして——ってわたしが言ってるの。アリシアには健康でいてほしいって言ったでしょ? わたしのベッド使っていいから。」
「と‥‥と‥‥と‥‥とんでもない! 床でけっこうですから!」
「それじゃ休まらないよ。じゃあ、毛布くらいは使って。」
わたしはベッドから毛布を取って、床に敷いてやる。
「ほら。」
アリシアはおずおずとベッド脇の隅っこに横になった。わたしはそのアリシアに残った部分の毛布をふわりとかける。
アリシアの頬が赤く染まった。
「どうしたの?」
「な‥‥なんだか、恥ずかしゅうございます‥‥」
「わたし見てないから。あっちで本でも読んでるから。ぐっすり眠って疲れを取って——。」
アリシアは毛布にくるまったまま、小さくうなずいた。
さて。
とわたしは本棚を見る。
これといって面白そうな本はないな。ガールズラブの小説とかもなさそう。‥‥あたりまえか‥‥。
それにしても‥‥。
エイドリアンが英人くんの転生者である可能性は高くなった。‥‥が、だったらなぜ、彼は麻耶を探そうとしない?
それとも同じ事故で死んだ別人の転生者なのか?
しかし、あの共通項で考えるなら、やはりエイドリアンは英人くんの転生者と考えるのが自然だ。
薬を調合しちゃう化学オタクぶりも、いかにも英人くんらしい。
エイドリアンをわたしが見たのは、彼が幼年学校の上級生だった時に図書館で一度だけだった。その時の印象は、おとなしい人だ——という感じ。
でも人の話では、文武両道だと聞く。そのあたりも英人くんと重なる。
これは、会って確かめたいな。
婚約者なんだから会っても不自然ではあるまい。
カルホース伯爵は辺境伯だからその領地とお城は少し遠いが、行って行けないことはない。同じ王国の中なのだ。
いや、この世界では女がそんな遠方まで行くものではないというのが常識だ。いかに変わり者と思われているとはいえ、あまりに常識はずれなことをするのも問題がありそうだ。
しかも三女とはいえ、伯爵令嬢がそんな遠方へ出かけるとなれば護衛の数も多くなって仰々しい騒ぎになってしまいかねない。
ここはやはり、殿方から来てもらうのがいいか。
ちょっと呼びつけるみたいで申し訳ないけど‥‥。
わたしは、まだちゃんと会ったこともない婚約者にお茶のお誘いの手紙を出すことにした。
来てくれるだろうか?
本棚から目を離してふと背後を見ると、毛布にくるまってアリシアが小さな寝息をたてていた。
ほら、やっぱり疲れてたんじゃない。
アリシアがこんなふうにわたしの部屋で安心して無防備になってくれるのは、わたしにはとても嬉しい。
数日後。
エイドリアン・カルホースから「明日にでも伺いたい」という、早馬の使いが来た。
わたしもすぐに使いに返事を持たせる。
『お待ちしております』
この反応。
あの暗号が効いたかな?
だったら、エイドリアンは間違いなく英人くんだろう。
わたしが手紙の最後に書き添えた暗号。それは‥‥
2H₂+O₂→2H₂O
この世界にはまだない魔法の術式。
魔法の術式、ちゃんと表示されていますでしょうか?
もし表示されていない方がいらっしゃいましたら、この感想欄にその旨書いてください。
別の方法で見えるようにいたします。
(「なろう」にはこうしたものを直接打ち込む機能はないようですので、デバイスの環境によっては表示されないかもしれません)




