16 イヴァーシナ家での一夜
夕食時間の途中でドレイクは交代時間になり、女性の護衛侍従に任務を引き継いで宿舎に帰っていった。
護衛侍従といってもアリシアほど武術ができるわけではない。まあ、多少武術が使えるメイドさん、といった程度だ。
イヴァーシナ家では、夜の護衛は隣室に控えるだけになる。入り口の見張りを兼ねるのだ。
アノスタコビッチ家と違って、個人個人の警備体制を強化するほどのお金はないのだろう。
わたしにはむしろ落ち着けていい。
アリシアも遠慮して、マイアの護衛侍従と一緒に隣の部屋に控えていることにした。
夕食後も麻耶とわたしはマイアの部屋で土壌浄化設備の細部についてできる範囲で詰めてみた。
2人の記憶が曖昧な部分は、実際に作ってみて試行錯誤するしかない。
「とりあえず‥‥」とわたしは最終案の書かれた便箋をまとめて立ち上がった。
「この案で一度作ってみて、上手くいくか試してみよう。」
「父が期待してますから、うちで作ってもよろしいんですよ? お姉さまのところの庭で作ることはお許しが出るのですか?」
マイアはお嬢様言葉を上手に使っている。わたしも気をつけないとな。
でも、こういう話を2人だけでしていると、つい高校生だった頃の杏奈と麻耶のやり取りに戻ってしまう。
「うち、敷地広いから——わたしは変人で通ってるし、誰も気にしな‥‥しないと思いますわ。データと改善点が出そろいましたら、イヴァーシナ男爵様のご期待にもそえると思いますわ。」
あー、このしゃべり方めんどくさ。でも普段からやっておかないと、さっきみたいにうっかり地が出ちゃったりするからな‥‥。
「それでは、わたくしはお部屋にまいります。おやすみなさいませ。」
わたしが出て行こうとすると、マイアの視線が奇妙な感じで絡みついた。
「‥‥?」
「あの‥‥杏奈。‥‥‥‥一緒に‥‥寝る?」
「は? な‥‥何を‥‥?」
マイアの頬が少し赤く見えるのは、明かりの加減?
「杏奈の‥‥あれ‥‥。冗談なんかじゃないって、わかってた‥‥。わかってたのに‥‥わたし、応えられなかったのに‥‥杏奈ったら、わたしと英人くんとの間を‥‥え‥‥英人‥‥」
麻耶の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ出す。
「英人くん‥‥わたしを庇って‥‥」
「こっちに来てるよ! 英人くんも。絶対!」
わたしは慌てて、思わずそんなふうに口走った。
確証があるわけじゃない。でも‥‥。
「麻耶もわたしも、ここにいるんだもの。英人くんだって必ず近くにいるって!」
麻耶がわたしの胸にしがみついて泣き出した。
わたしは、そんな麻耶の髪をそっと撫でる。
それで十分。わたしには‥‥。
「探そう。」
わたしがそう言うと、麻耶は顔を上げた。
お化粧、ぐちゃぐちゃになってるぞ?
「転生した英人くんを探そう。明日から本気で情報集めるぞ。あ、浄化槽製作も本気だけどな。」
わたしは麻耶の肩を持って麻耶の体をそっと離す。
「おやすみ。わたし、麻耶に無理してほしいわけじゃない。笑顔になってほしいんだ。」
「杏奈‥‥」
「アリシアはああ見えて、なかなか情報集めるの上手いんだよ?」
隣室に控えていたそのアリシアを伴って、わたしはイヴァーシナ男爵にあてがわれた部屋に向かった。
アリシアはいつもみたいに剣を抱えて、わたしの寝室の壁にもたれて座る。
「アリシア。今日くらいはベッドで寝たら? アリシアの分も隣室に用意してくれてるようだし。」
「わたしはここで十分です。」
「少しは体を休めなよ。今日は1日、交代なしでついてるじゃないの。」
「大丈夫ですよ、お嬢様。」
わたしはそう言うアリシアの頬を両手で挟む。
「わたしがアリシアには健康でいてほしいの。」
「そ‥‥そんなもったいないお言葉‥‥」
「もったいなくなんかない。健康でなかったら護衛もちゃんとできないでしょ? ほら、ベッドで寝ておいで。」
わたしがにっこり笑ってみせると、アリシアは少し頬を染めた。
「それでは、お‥‥お言葉に甘えまして‥‥」
アリシアが出て行った後、わたしはイヴァーシナ家のふかふかのベッドに潜り込んだ。
毛布を口までかぶせて天井を見上げる。
簡素な装飾。
灯りは消したのに、月明かりでその白い漆喰のコテ絵が見える。
天使を表現したんだろうか。シンプルだが魂のこもった職人の仕事だなぁ‥‥と感心する。
‥‥‥‥‥‥
なんでだろう?
1人で寝ていると寂しいと思ってしまうのは‥‥。
そのときだった。
微かな音がして、わたしの警戒心がMAXに跳ね上がった。
体は動かさないようにして、目だけで音のした方を見る。
そこに人影があった。何かを抱えている。
人影は音を忍ばせて、静かに中に入ってきた。
床の月明かりの反射がその人物を闇の中から浮かび上がらせると、それがアリシアだとわかってわたしはほうっと体の力が抜けた。
アリシアは毛布を抱えて忍び足で歩き、部屋の隅に行っていつものようにうずくまる。
「アリシア?」
わたしが声をかけると、アリシアはビクッとしたようにこちらを見た。
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「起きてましたよ。ベッドで寝ないの?」
アリシアは黙って少し微笑む。
「隣の部屋では、いざという時‥‥」
「体休めてって言ったのに。だったらベッド広いから隣で寝る?」
わたしが体をにじらせると、アリシアは月明かりでもわかるほど真っ赤になった。
「そ‥‥そ‥‥な‥‥! も‥‥もったいのうございます!」
ベッドで寝れば楽なのに‥‥と思ったが、アリシアは言うことを聞かない。
「もったいなくなんかないよ。じゃあ、せめてこのベッドにもたれかかって眠らない? わたしも近くにいてくれた方が安心だし。」
アリシアはおずおずとやってきて、わたしの寝ているベッドにもたれかかって座り、毛布を首元までかぶった。
むこうを向いているので、顔の表情までは見えない。
でも不思議なことに、それだけでわたしの中の寂しさは消えてくれた。




