15 イヴァーシナ家の食卓
「どうぞ、お召し上がりください。アナスタシア様。」
食前のお祈りのあと、イヴァーシナ卿はにこやかな顔でわたしに言った。
テーブルにはイヴァーシナ家の家族全員がそろっている。
「ありがとうございます。」
わたしは小さく首をかしげるようにして男爵に微笑んだ。
まじい‥‥。たいした手土産もなしで来て、こんなお呼ばれ受けることになってしまうなんて‥‥。
いや、それは日本人の庶民的感覚か?
こういう貴族社会では、家格の上のわたしを迎えている以上、こんなふうにもてなすのは当然のこととして受けていればいいのだろうか?
いや、それはないな。このお返しとして、我が家でもこれに勝るおもてなしをマイアに対してしなければ釣り合いが取れないのだろうが‥‥。
しかし‥‥我がアノスタコビッチ家では、わたしはハグレ者。
わたしの客(それもただの家格の低い幼なじみ)の接待のために、食事の間や応接間など使わせてもらえるはずがない。
困った‥‥。
イヴァーシナ家のダイニングテーブルは小さかった。
小さいといっても貴族様のそれなんだからクソでかくて、「ダイニングテーブル」で日本人の庶民が連想する大きさじゃあ全然ない。
それでも小さいと思うのは、アノスタコビッチ家の食卓テーブルが異様にでかいからだ。
当主である伯爵(つまりお父様)の座る正面から末席のわたしのところまではバカみたいに距離があって、表情なんかほとんどわからないくらいだ。
たぶんお目が悪くなっているお父様は、わたしがアッカンベーをしていても見えないだろう。(侍従たちが見てるからしないけど)
その点、イヴァーシナ家の食卓は小ぢんまりしていてアットホームな雰囲気だった。
家族が少ないこともあるかもしれない。
お父様でいらっしゃる男爵様とお母様、そして長女のマイアと弟のアレックスと男爵様の姪のリーリエ様の5人だけなのだ。
「ねえ、アナスタシアお姉さま。お姉さまはコケモモとベリーのどちらのジャムがお好き?」
小さなアレックスがジャムの入った2つの器を両手で持って聞いてくる。
かわいい!
末席のアレックスがわたしの席に一番近い。
「こぉれ、アレックス。アナスタシア様はご自分で選ばれますよ。ほら、器をお勧めして。」
「はい。どうぞ。」
うああ! かわいい!
イヴァーシナ家の食事はアノスタコビッチ家の食事と違って、にぎやかだ。そして、本当に家族団欒という感じ。
いいなあ。
うちなんて伯爵が格式張ったのが好きで、しかもたまに出る会話といったら、第一婦人や第二婦人やら大勢いる兄弟姉妹やらが、それぞれの立場を上げようと当て擦りみたいなことを言ったりするだけだ。
あ———! やだ、やだ、権力者の家って——。
「アナスタシア様。」
シエン・イヴァーシナ男爵が温かい笑顔でわたしに語りかける。
距離が近いから、表情がよく見える。
「アナスタシア様が考案してくださった水をきれいにする魔法道具、大変重宝しております。爵位を持つ以上、王のために軍備も整えねばなりませんが、予算が許せば領民たちのためにも数をそろえたいと思っております。」
じぃぃ〜〜〜〜ん。
なんて良いご領主様。
うちの伯爵とはえらい違いだわ。
「伯爵家のご令嬢に対してこのようなお食事では恥ずかしい限りですが、なにぶん小領主ゆえ‥‥」
「そんなことございませんわ! 美味しゅうございますし、わたくし感激いたしております!」
そうですとも。
こんな温かい食卓!
それに‥‥、領民の水環境を整える予算だって必要でしょう? そのためだったら、わたしの食事なんてカップ麺だって——あ、そんなものここにはないか。
「本日も、新しい水魔法の道具を考案するためにおいでになったのでございましょう? わが娘は少しはお役に立てておりますか?」
マイアのところは父娘でそんな話もできてるんだ。
「もう、めちゃくちゃ頼りになってます! あ‥‥」
お母様が口元に手を当ててお笑いになった。
やっちまった‥‥。
でも、なんか娘を見るような温かい目だったけど。
男爵が温かな声で話を続ける。
「もしよろしければ今夜は泊まっていかれませんか? 護衛がいるとはいえ、夜道をお城まで帰るのは物騒でしょうし、我が家としても伯爵家のご令嬢をお泊めできますことは光栄の至りにございますゆえ。」
マイアが小さく目配せをした。
わたしは男爵のお言葉に甘えることにした。
麻耶の家にお泊まりなんて、久しぶりだわぁ。
お城の方には男爵から使いを出すと言ってたけど、わたしからも念のため使いを出しておいた。
どうせ、どうでもいいような変人の三女のことなんか誰も気に留めないだろうけど‥‥。




